馬人族部族長屋敷・来賓室にて
「……ということでね。共同出資金免除を受け容れ、口減らしの子供達をバルディアで引き取るつもりなんだ」
アステカとした交渉内容を語り終えるとティンクは唖然とし、カペラは無表情のまま首を横に振った。
「アステカ様がリッド様達とだけで話したいと申された時から嫌な予感はしておりましたが、まさかそんな条件を出してくるとは思いませんでした」
「カペラさんの言うとおりです。リッド様、恐れながらライナー様にこの件をどう説明なさるおつもりですか」
ティンクがずいっと身を乗り出し、凄い剣幕で顔を寄せてきた。
普段は綺麗に整った彼女の顔が、今は般若のようになっている。
僕は顔を引きつらせてたじろぎつつも「だ、大丈夫だよ」と切り出した。
「今回はバルストで第二騎士団の子達を保護した時と違って、あくまで馬人族部族長からの依頼なんだ。もちろん、父上は怒るだろうけど、理解もしてくれるだろうし、責任をとって怒られるのも僕の仕事の一つだよ」
「しかし……」
ティンクが不満を露わに口を尖らせるも、僕は咳払いをして畏まった。
「それに、この件が公になれば、バルディアはズベーラに大きな貸しを作ったことになるでしょ。世間には『部族長アステカに頼まれ、止むにやまれず政治の枠を超えて人の道を選んだ』と公表すれば帝国や周辺国の人達も何も言えないさ」
「それはそうかもしれませんが……」
「ティンクさん。済んだことをとやかく言ってもどうしようもありません。この件はリッド様の仰るとおり、ズベーラに大きな貸しを作ったと前向きにとらえましょう」
「カペラさん、私達はライナー様からリッド様の独断専行を防ぐようお目付役を仰せつけられているんですよ。そのように悠長なことを言っている場合ですか」
ティンクが珍しく噛みつくも、カペラが首を軽く横に振ってクリスを見やった。
「話し合いにクリス様も参加しておられました。恐れながら、何かしら考えがあったのではありませんか」
皆の注目を浴びると、クリスは目を細めて頷いた。
「はい。以前と同様、まずはこちらで全員を引き受けるつもりです。しかし、今回は彼等の引き取りに費用は発生いたしません。あくまで先方の提示は『共同出資金の免除』ですからね。ライナー様さえ許可してもらえればバルディアに移送するだけでよいでしょう。この部分は前回とは大きく異なります」
「大きく異なる……でも、それがどうしたというのですか? つまるところ、口減らしの子供達をバルディアが前回同様に購入する事実には変わりないような気がいたします」
ティンクが首を捻ると、僕は「えっとね……」と切り出した。
「つまり、今回の取引では表立って金銭のやり取りが発生しないんだ。内情を知らない国内外からすれば、表向きバルディアが『無償』で口減らしの子供達を受け容れたように見えるはずだよ」
旧グランドーク家が難癖を付けてきた『保護』の時と違って、今回は馬人族からお願いされた上で子供達を受け入れるんだ。
これには、難癖をつけることはさすがにできないだろう。
強いて言うなら、帝国貴族における保守派の『純血主義』が文句を付けてくる可能性があるぐらいだろうか。
何にしても『表向き』の情報だけでは、難癖を付けられる要素は皆無というわけだ。
まぁ、それでも父上は怒るだろうけどね。
「ティンク殿、私もリッドと同じ考えです」
助け船を出すように口火を切ってくれたのはアモンだ。
「アステカは先を読むのに長けた計算高い男のようです。そうした人物がバルディアにまったく利がない交渉をすれば、将来的にどうなるのか。わからないはずはありません。今回の話し合い、馬人族は共同出資金の免除を得て、バルディア家は名誉を得た、と考えるべきかもしれません」
「……なるほど、畏まりました。アモン様もそう仰るなら、これ以上は申し上げません」
ティンクはため息を吐きながらこくりと頷いた。
というか、僕よりもアモンの言葉のほうが信憑性があるみたいな反応だなぁ。
むぅっと頬を膨らませて彼女を訝しんだその時、部屋の扉が丁寧に叩かれた。
「リッド様、アモン様。懇親会の準備が整いました。ご案内いたします」
「わかりました。すぐに行きますね」
僕はちょっと大きめの声で返事をすると、その場でゆっくりと立ち上がった。
「さて、続きはまた今度話そうか。懇親会も重要な外交だから気持ちを切り替えないとね」
「畏まりました。しかし、懇親会の場では必ず側にいさせていただきます」
「私もお供させていただきます」
カペラがずいっと顔を寄せてくると、ティンクも同様に顔を寄せてくる。
二人から発せられる凄まじい威圧感に、僕はたじろぎながら頷いた。
「わ、わかったよ。そんな二人して睨まなくてもいいじゃないか」
「いえ、リッド様は何かしでかさないかを凝視するぐらいで丁度良いでしょう」
「そうですね。少しでも目を離すと、その隙にあっという間にとんでもないことを起こしますから。ある意味では赤子のクロードよりも目を離せません」
「それはいくら何でも言いすぎじゃない? 僕は父上から名代を任されているんだよ」
胸を張って告げると、カペラとティンクは互いに顔を見合わせて深いため息を吐いた。
「だからこそ心配なのでございましょう」
「ライナー様がどうして私とカペラさんをお目付役としたのか。その意味をもう一度、考えてくださいませ」
「あ、あれ……?」
がっくりと二人が肩を落として面を喰らっていると、「はは」とアモンが噴き出した。
「リッドのお目付役か。ティンク殿とカペラ殿も気苦労が絶えずに大変だな」
「本当ですよ。お目付役でない私ですら、リッド様の言動にはいつも驚かされますからね」
「クリス様とアモン様の仰るとおりです。それでも、私達は少し慣れたと思いますけど」
「ふふ、エマの言う通りね」
「エマ殿、上手いこといいますね」
エマの言葉にクリスが噴き出すと、アモンも釣られて笑みを溢した。
一方、カペラとティンクは頭痛でもするのか、額に手を添えて小さく首を横に振っている。
僕は周囲の状況にきょとんとしながら、何かを言わないといけないと思って「えっと……」と口を開いた。
「これってあれかな。僕、親の心子知らず、的な感じ?」
「リッド様。その言葉をご存じでしたなら、もう少し自重してください」
「私からもお願い申し上げます」
「えぇ……?」
カペラとティンクに頭を下げられ、僕は困惑しながら頬を掻いた。




