アステカの提案
アステカ曰く、輸送でズベーラ国内を駆け回る馬人族には自然と『口減らし』、『訳あり』、『罪人』など、様々な理由で町や村を追われる獣人達の情報が集まってくるそうだ。
この情報を有効活用できないかと考えた彼は、一計を閃いたらしい。
『獣人国内で死ぬ運命でも、バルストであればどのような形であれ生き延びることはできる。ならば、彼等をバルストに輸送してやればいい。運が良ければ今よりも良い暮らしもできる可能性もゼロではないだろう』
試しに輸送の傍ら『口減らし』で死にゆく者達を集め、バルストに運び込んだところ先方の反応は上々だったそうだ。
上機嫌に語る口調に僕達が顔を顰めると、彼は不敵に笑って両手を広げた。
「リッド、アモン、クリス。俺のことを酷い奴なんて思わないでくれ。お前達も見てきたはずだ。各部族領にあった光と影をよ」
「それは……」
鋭い指摘に僕は思わず言い淀んでしまった。
各部族領を訪れて領内を案内された時、煌びやかな中心街の影で貧しさに飢えている人達が見え隠れしていたからだ。
部族長達も何かしらの対策はしているんだろうけど、領内をはじめズベーラ全土の経済が豊かになって有効な政策が実行されないと根本的な解決は難しい。
僕が各地で提案した施策が上手くいけば、ズベーラの問題も解決に向かうと思う。
ただ、それは徐々にであって、急激に改善するわけじゃない。
彼は灰皿に置いてあった葉巻を手に取って深く吸った。
そして、僕に向けて息を吐く。
「セクメトス、ルヴァ、ギョウブ達が奔走して昔より少しは良くなったんだがな。トーガとの小競り合いもあって常に不足する物資、貧困と食糧難による治安の悪化、各部族との連携不足……挙げればきりがねぇ。もちろん、馬人族領だってそうだ。見ず知らずの他人を、口減らしされた奴を救える余裕なんてねぇのさ」
「……だから、我々の同族をバルストに運んだということですか?」
アモンが凄みながら尋ねると、アステカは「あぁ、そうさ」と頷いた。
「一応、言っておくがよ。俺達がバルストに運ぶ時は事前に行き先を告げて、本人達も納得した上で運んだんだぜ。死にたくない、死にさえしなきゃ何とかなるって奴だけな」
「それは妙ですね」
切り返したのはクリスだ。
「今現在、バルディア家の第二騎士団所属となった団員達のほとんどは本人達の意思とは関係なくバルストに連れて来られたと言っていましたよ」
「そう話を急くなよ、エルフの姉ちゃん」
アステカは肩を竦めると、短くなった葉巻の先を灰皿に押し当てた。
煙が静かに立ち上がるなか、彼はゆっくりと手を組んだ。
「いま話した件、その後も何度かやったんだがな。エルバの奴に嗅ぎつけられてたんだよ」
「兄……いや、エルバにですか」
アモンが眉をぴくりとさせると、彼はこくりと相槌を打った。
「当時は参ったぜ。口減らしが国内で暗黙の了解となっているとはいえ、部族長の俺がバルストに同族を運んでいた事実。これは、どんな理由があっても外聞が悪くていけねぇ。公にされるとズベーラ国内での立場が危ぶまれるってもんだ。だが……」
「エルバが求めてきたのは『計画の横取りだった』ということですか」
僕が被せるように尋ねると、アステカは頭を振った。
「横取り、とは少し違うぜ。エルバが言ってきたのは『公にされたくなければ、俺の計画を手伝え』だったからな。俺はあくまで口減らしされた奴等に少しでも生き残れる道を示しただけだ。一方、あいつは自分の目的と欲望を果たすため、他人を食い物にしたのさ。まぁ、その結果……」
彼は含みのある言い方でにやりと笑うと、僕とアモンを見やった。
「リッドを呼び寄せ、あまつさえ部族長の座をアモンに奪われたわけだ。狭間砦の勝敗を知った時は大いに笑わせてもらったぜ。ざまぁみろってな」
アステカはそう告げると、大声で笑い始める。
彼の声が室内に轟く中、僕は咳払いをして切り出した。
「なるほど、話はわかりました。つまり、アステカはエルバの奴隷販売の片棒を担いでいた。ですが、決して自ら進んで協力していたわけではないから、誤解しないくれ。そういうことですか」
「そうだ、それが一つ目だ」
「一つ目……?」
僕が首を傾げて聞き返すと、彼は新しい葉巻を取り出してその先端を短剣で切った。
次いで、人差し指の先端で小さな火を生み出して葉巻に火を付ける。
葉巻を口に咥えて深く吸い、煙を吐くともったいぶりながら切り出した。
「ここからが本題さ。クリスティ商会を通じて、リッドにまた買ってほしいのさ。また、口減らしで行く宛のない奴等をな」
「な……⁉」
思いがけない要求に、今度はさすがに目を丸くした。
でも、アステカはにやにやと笑っている。
「そんなに驚くことはねぇだろ。エルバがバルストに同族を売ってからもう結構経つからな。彼方此方でちらほら『口減らし』され、行くあてのねぇ奴等が出てきているのさ」
「アステカ。それは私達獣人族の、ズベーラの問題だ。他国の、バルディア家のリッドに頼ることではないだろう」
アモンが声を荒らげるも、彼は呆れ顔で肩すくめた。
「青い。青いぜ、アモン。自国で問題解決できねぇから、未だに口減らしが発生しているんだよ。言っておくがな、狐人族でも『口減らし』は現実に今も起きているんだぜ」
「ぐ……⁉」
指摘に心当たりがあったのか、アモンは悔しそうに顔を顰めて下唇を噛みしめた。
狭間砦の戦い以降、狐人族領は飛躍的に活気を取り戻している。でも、それはあくまで中心地の話であって、小さな村々では未だ厳しい状況が続いている状況だ。
僕達も最善の注意を払って支援物資を届けているが、それでも限界がある。
事前に口減らしはしないよう通達を出して、どうしても止むを得ない場合はグランドーク家で引き取るという話もしているんだけど『罪に問われるのではないか?』という部分もあって、こちらに話がこなかったのかもしれない。
アステカは葉巻を灰皿に置き、「それに……」と続けた。
「エルバ達が行った長年の圧政で狐人族領の状況は厳しいだろうが。かといって、ズベーラ国内はどの領地も内情はどこも似たようなもんだ。どうこう言ったところで、解決策はでねぇ。だが、発展著しいバルディアであれば受け容れできる。おまけにズベーラの全部族に大きな貸しも作れるじゃねぇか。どうだ、リッド。この相談、引き受けてくれねぇか?」
「そう、ですね……」
さすがに『はい、わかりました』とは即答できず、僕は口元に手を当てて考えを巡らせた。
バルストからクリスティ商会を通じて第二騎士団所属となった子達を引き取った時は、初めての試みだったし、父上を通じて皇帝陛下へ事前に根回しをしたからできたことだ。
ここでの返答は正直、僕の分を超える話と言わざるを得ない。
「あぁ、ちなみに『口減らし』された奴の中には手の付けられねぇ犯罪人もいるが、その辺はこっちで処理する。リッドに引き受けてほしいのは、あくまで『若くて真っ白』な奴等だけだ」
「若くて真っ白、ですか」
話の流れからして、おそらく第二騎士団の子達と似た境遇なんだろう。
今後も発展を続けるバルディアにとって、将来有望な人材は喉から手が出るほどほしい。
才能は人それぞれだろうけど、獣人族の潜在能力は第二騎士団の子達によって示されている。
現時点で教養がなくても、その点は時間を掛けて補えば問題ないはずだ。
どう答えるべきかと、悩んでいたその時、第二騎士団で僕を慕ってくれている皆の笑顔が目に浮かんできた。
そして、彼等の前でファラに言われた言葉が脳裏に蘇る。
『ふふ、リッド様と皆さん。まるで家族というか兄妹みたいです』




