アステカの問い掛け
バルディア家は、商品開発力と生産能力はあるけど大陸全土に及ぶ販売網と商流はなくて輸送力も弱い。
クリスティ商会は、サフロン商会を含めた様々な商会との繋がりもあって販売網は広くて集荷能力もある。
ただ、商品開発力と生産能力は弱く、輸送力も限界がある
馬人族をまとめるゼブラート家は商品開発力、販売網は限定的だがすでにズベーラ全土に及ぶ輸送力を保持しており、長年に亘る経験で蓄積された知識や技術もあって潜在能力は高い。
それぞれの強みを生かし、弱い部分を補い、かつバルディア家が開発した木炭車が合わされば、いずれ大陸全土の輸送網を張り巡らせることができるだろう。
とはいえ、いきなり大陸全土は無理だからズベーラの馬人族領周辺、バルディア領、レナルーテ王国周辺から輸送網を確実に広げていく計画だ。
バルディアで開発した木炭車は輸送に向いているけど、細かい個別の配達となってくると使い勝手は悪い。
その点、馬人族であれば生まれ持った高い身体能力……特に脚力の強さがあるから個別配達にはうってつけの人材だろう。
流暢に語りながら部屋の様子を見渡すと、豪族達は揃いも揃って思案顔を浮かべて資料を見つめている。
アステカも葉巻を時折吸っているが、ずっと資料に目を落として読み込んでくれているようだ。
さっきまではおちゃらけた雰囲気を放っていたのに。
今の彼は厳格な部族長そのもので、気配はセクメトスと似た印象を受ける。
粗方の説明を終えると、僕は咳払いをして耳目を集めた。
「そして、ここからが重要です」
含みのある言葉で注目を浴びると、僕は改めて切り出した。
「バルディア家、クリスティ商会、ゼブラート家でそれぞれに同等の金額を出資して『輸送専門会社』こと『黒鹿毛運輸【くろかげうんゆ】』を設立したいと考えています」
「三者が出資した輸送専門会社、黒鹿毛運輸……?」
豪族達は顔を見合わせ、ざわめきながら首を傾げた。
共同出資という考えが存在しないわけではないけど、あまり浸透していないからだろう。
僕は畳みかけるように続けた。
「今後、木炭車を利用した輸送網は大陸全土に広がっていくでしょう。しかし、バルディア家とゼブラート家は国に仕えているため、あからさまに表に出れば各国の警戒や反感を買ってしまいます。その対策に三者が共同出資した『黒馬印の黒鹿毛運輸』という民間組織を新設。大陸全土に広がっていく輸送網を最大限有効活用できる下地を整え、得られた利益は三者で公平に分配する仕組みを作るのです」
豪族達から感嘆が籠もったような唸り声があがっていく。
さぁ、止めだと、僕はにこりと微笑んだ。
「将来的には巨大な物流倉庫を各国に建設。販売と一体化した運送業に発展させることも考えています」
この世界にネットはないけど、やり方次第で似たようなことはできるはずだ。
それこそ、前世で世界中に販売網を張り巡らせた巨大企業のように。
自信たっぷりに強い口調で告げると、会議室にしんと静寂が流れる。
ややあって、一人の拍手が部屋に響く。
見やればアステカが不敵に笑っていた。
「はは、リッドは面白いことを考えるな。だがよ、共同出資となれば組織を引っ張る頭はどうすんだ。三者でそれぞれ代表を選出でもするのか?」
「いえ、この手の組織で代表が複数存在することは必ずもめ事に繋がります。各国の警戒や反感を予想して考えれば、バルディア家とゼブラート家は補佐役の派遣に留め、代表はクリスティ商会が選出するのが妥当でしょう」
「あぁ? それだと、そこのエルフ姉ちゃんの一人勝ちになるんじゃねぇか」
アステカが眉間に皺を寄せてクリスを凄んだ。
でも、彼女は動じずに目を細めた。
「そのようなことにはなり得ませんのでご安心ください。そもそも、リッド様のご提案はバルディア家が開発した『木炭車』と第二騎士団による『道路整備』。加えて、ゼブラート家の誇る運輸業の経験と人材が揃って初めて可能となるものです。私達の商会が持つ『商流』もあってこそですが、三者の誰が欠けても実現は不可能。一人勝ちなどできるわけがありません。必要でしたら、毎年三者共同による監査をして利益配分の透明化も図りましょう」
「なるほど。それなら取りっぱぐれすることはなさそうだな」
アステカは納得した様子で頷くと、僕を見やって「それで……」と切り出した。
「共同出資額ってのは一人頭いくらを考えてんだ? 資料に載ってねぇぞ」
「あまり大っぴらにする金額ではありませんからね。カペラ、お願い」
僕が目配せすると、カペラは「畏まりました」と書類を持ってアステカのところに進んでいった。
アステカは書類を無造作に受け取ると、中身を改めて眉間に皺を寄せた。
「……リッド。この金額は本気で言ってんのか。うちの一年分の予算に匹敵する額だぞ」
「物流拠点の新造、木炭車の増産、人材育成などなど、全て込み込みですからね。ですが、当家とクリスティ商会はその金額よりも多く出資する予定です。今後の関係を踏まえた金額ですのでご了承ください。提示額の半額を頭金で支払っていただければ、組織立ち上げ後の利益配分から分割でのお支払いでも構いませんよ。まぁ、その時は新設組織内での発言力に影響が出る可能性は否めませんけどね」
「……は、借金にしては随分と聞こえの良い言い方するじゃねぇか。そもそも、この事業が成功するかどうかもわからねぇ。可能性があるのは認めるぜ? だがよ、これだけでけぇリスクを背負えとは初期投資の段階でやり過ぎだろ」
呆れ顔で肩を竦めるアステカに、僕は目を細めながらちょっと大袈裟に両手を広げた。
「『手は手でしか洗えません。得ようと思ったら、まず与えよ』という言葉があります。勝利や成功とは、大なり小なりリスクと等価交換で得るものでしょう。私達も相応の覚悟を持ち、リスクを承知で提案をしております。ご自身だけリスクを背負わず、勝利や成功をせしめようというのは……少々図々しいですよ」
「……ほんと、可愛い見た目のくせして食えねぇ野郎だぜ」
彼は舌打ちして葉巻に手を伸ばし、深く吸ってゆっくりと息を吐いた。
部屋に独特の香りと煙が漂うなか、アステカは豪族達を一瞥する。
「お前達は少し席を外せ」
「アステカ様、それは……」
「俺の言うことが聞けねぇのか?」
豪族の一人が困惑した表情を浮かべると、アステカは目付きを鋭くして凄んだ。
豪族はびくりと震え「か、畏まりました」と頭を下げた。
このやり取りを切っ掛けに、馬人族の豪族達が次々と席を立って退室していく。
やがて彼等がいなくなると、アステカは僕達を見やった。
「リッドとアモン、それにクリスとだけ話したいことがある。そっちも三人以外は席を外してくれ」
「……承知しました」
僕が頷いて目配せすると、ティンクとカペラ達も退室する。
なお、カペラは去り際に「何かあればお呼びください。すぐに対処します」と僕に耳打ちしていった。
対処って、元暗部の彼が言うと洒落になってない。
苦笑しながら彼等を見送ると、扉の閉まる音が室内に小さく響きわたった。
人払いまでして、一体何の話をするつもりだろうか。
まさか、値引き交渉をするため、とか? いや、それなら他の豪族達が居た方がアステカにとって有利なはずだ。
考えを巡らせていると、アステカは「さて……」と切り出して葉巻を灰皿に置いた。
「三者で手を組むの一考の余地がある提案だぜ。だが、これ以上話を進める前に伝えておきたいことがあってよ」
「伝えておきたいこと、ですか?」
「まぁ、いずれわかることだから言うんだけどな」
僕達が顔を見合わせると、彼はにやりと笑った。
「クリスティ商会を通じてリッドが買った……いや、保護だったか。まぁ、どっちでもいいや。何にしてもあの獣人の子供【ガキ】達。あいつらをバルストに運ぶ手筈を整えたのは……俺なんだよ」
「な……⁉」
アステカの暴露に、アモンとクリスが目を見開いて椅子から勢いよく立ち上がった。
この発言、彼が旧グランドーク家と暗い繋がりを示唆している。
つまり、狭間砦の戦いで討ち死にした前部族長ガレス・グランドークや現在行方知れずのエルバ・グランドークと深い親交があったということだ。
アモンとクリスが驚くのも無理はない。
僕自身も驚いてはいるけど、アステカが暴露してきた意図がまだわからない以上、下手に反応するべきじゃないだろう。
様子見、試されている可能性もある。
僕は驚愕の感情を押し殺して平静を装い、椅子に座ったままにこりと微笑み返した。
「面白いお話ですね。是非、詳しく聞かせてください」
「へへ、いいねぇ。そうでなくっちゃなぁ」
彼は口元を緩め、楽しそうに語り出した。




