馬人族部族長屋敷
「リッド様。そして、御一行の皆様。ようこそ馬人族領においでくださいました」
豪族達の大声で空気が震え、部族長屋敷の玄関に続く道は物々しい異様な雰囲気が漂っている。
道を囲んでいる豪族達をよくみれば頬、口元、額などところどころに傷があって誰も彼も厳つい顔をしていた。
隣に並び立っているアモンは、額に手を添えてやれやれと呆れている。
今まで様々な領地で各部族の獣人族達を見てきたけど、どの部族でも体の部位に傷を持ち、厳つい顔をしている人達はいた。
むしろ『武』を重要視する種族であるからこそ、自らの『武勇』を誇示するような意味合いも彼等にはあるようだ。
僕は盗賊や騎士達でこうした雰囲気に耐性があるけど、何も知らない人は萎縮すること間違いないだろうけどね。
ちらりと見やれば、僕達一行でもっとも一般人に近いメイドのニーナは顔を引きつらせて明らかに怖気づいてたじろいでいるようだ。
それでも、しっかりとクロードを守ろうと構えているところが気の強い彼女らしいと言うか、頼もしい。
一方で赤子のクロードは男達の大声で泣くこともなく、むしろ興味津々といった様子で目を輝かせている。
さすがはクロスとティンクの子といったところだろうか。
カペラやティンクの表情は特に変わらず、どちらかといえば半ば呆れているように感じる。
『権力誇示で悪趣味な……』とでも思っているのかもしれない。
車両から降りてきた子猫姿のクッキーは興味なさそうに四つ足を伸ばし、背中と尻尾をぴんと立てて欠伸をしている。
彼からすれば、この程度は恐るるにないんだろう。
クリスティ商会の一団を目を向ければ、クリスとエマが先頭に立っていた。
でも、二人は恐れるどころか、目を細めている。
商売で大陸を渡り歩く彼女達にとって、この手の脅しや威圧は慣れっこなのかもしれない。
「どうしたよ、リッド。まさかこんなことで怖気付く性格でもねぇだろ?」
アステカが挑発してくるようににやりと笑う。
僕はむっとするが、顔には出さないよう微笑んだ。
「そうですね。熱烈な出迎え、ありがたく存じます。折角の歓迎ですし、私なりの返事をさせてもらいますね」
「リッドなりの返事?」
アステカが小首を傾げると、僕は「はい」と頷いて身体強化・烈火を発動する。
周囲に魔波が吹き荒れて砂煙が舞い上がった。
ざわめく豪族達を一瞥した僕は軽く膝を折って身構え、頭を軽く下げて目付きを鋭くし、周囲を凄みながら右手を開いて前に出す。
「私【わたくし】、生まれも育ちも帝国マグノリア。辺境バルディアにて産湯を浸かり、性はバルディア、名はリッド。誰が呼んだか『型破りの風雲児』と異称を発します。私、不思議と素晴らしい縁に恵まれ、年端もいかず生まれ故郷を飛び出しました。とかく、東西を渡り歩き、土地土地のご紳士、ご婦人にお手間をかけがちなる童【わっぱ】でございます。以後、父母より受け継いだこの顔立ち、ご承知おかれまして、皆様には今日より向後万端【こうごばんたん】ご教授、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます」
僕が口上をつらつらと歯切りよく、胸を張って告げると周囲が静寂に包まれた。
豪族達は唖然とし、目を丸くして見開いたまま言葉を失っている。
前世で見た『人情映画』の口上を模倣した挨拶だ。
メモリーを介し、脳裏で確認したのである。
周囲の反応を見るかぎり、上手くいったらしい。
歯に歯を、目には目を、威圧には威圧をだ。
よし、決まったな。
そう思っていると、子猫姿のクッキーが身構えたまま足下にすり寄ってきて顔を擦りつけながら「んにゃ~」と鳴いた。
「……くっくく。あっははは」
突然、アステカが喉を鳴らし始めたと思ったら、大声で笑い出す。
何事かと、豪族や僕達の周囲の注目を浴びた彼は、ひとしきり笑うと目をこすりながら僕の前に立ち、同様に身構えた。
「ご丁寧なるお言葉、痛み入る。改め、手前は馬人族部族長、性はゼブラート、名はアステカ。以後、万事万端よろしく頼む」
「ありがとうございます。どうか、お手を上げてください」
「いや、そちらからでいい」
「それでは困ります」
「じゃあ、同時に上げようぜ」
アステカの言葉に僕が頷き、二人揃って手を挙げながら立ち上がった。
これで、僕とアステカが同等の立場であることが示されたわけだ。
身体強化・烈火を止めて姿勢を正すと、アステカは「さて、リッド」とにやりと笑って首を捻った。
「一応、付き合ってやったが、この挨拶はなんなんだ」
「えぇ、この場では口上を述べて挨拶するんじゃないの⁉」
「誰だよ、そんなこと言った奴……」
アステカが肩を竦めると、僕は全身が急激に火照ってきた。
穴があったら入りたい。
顔を両手で覆い隠すと、彼の笑い声が聞こえてくる。
「まぁ、会談前の良い余興だったぜ。身構えてたあいつらも、リッドにどこか気を許したみたいだからな」
「え……?」
ハッとして顔を上げると、道を囲んでいた豪族達が揃いも揃って姿勢を正したまま口をへの字にしながら何かを堪えるように震えている。
「な、なな……⁉」
「どいつもこいつも、彼方此方から聞こえてくるリッドの活躍にびびっていたからな。道を囲んでの挨拶も、こいつらの提案だったのさ」
僕がたじろぎ、アステカが彼等を横目で見やったその時、豪族達の一部から失笑が漏れ聞こえてきた。
「ぐ……⁉」
顔がどんどん火照ってくるなか、肩を優しく叩かれる。
振り向けば、アモンがにこりと微笑んでいた。
「リッド、いまの口上。良かったけど、誰に教わったんだい?」
アモンがそう切り出すと、ティンクとカペラがこちらを見やった。
「私も気になります。誰でしょう、リッド様にこの場であのような挨拶をするようお伝えした者は」
「レナルーテで似たような挨拶する者達がいた気がしますが、リッド様はいつの間に知り得たのでしょうか」
「い、いや、それは……」
三人に詰め寄られ、僕は決まりの悪い顔を浮かべて目を泳がせた。
「そ、その、レナルーテで仕入れた本に書いてあったんだよ……」
誤魔化そうと思って苦し紛れに呟くと、アモンは「そうか」と目を細めた。
「しかし、ここはズベーラだ。他国の本で知り得た口上の使い方はもう少し慎重になったほうが良いと思うぞ」
「この一件につきましては、私もアモン様に同意いたします。リッド様、お気を付け下さい」
「そ、そうだね。次からは気をつけるよ」
アモンとティンクに続けて注意され、僕はがっくりと項垂れる。
「……いえ、あながち悪くはなかったかもしれませんよ」
カペラが思案顔で切り出すと、僕は「え……?」と首を傾げた。
「アステカ様はとぼけていましたが、おそらく挨拶の意図を理解しておいでだったのでしょう。見よう見まねの動きではありませんでしたから」
「じゃ、じゃあ、どうして素知らぬふりを……?」
聞き返すと、カペラは少し離れた場所でにやついているアステカを見やった。
「馬人族の中にも強硬派というか、リッド様との会談に身構えている者がいることは事実でしょう。そうした者達を宥めるため、リッド様の口上を利用したのかもしれません」
「な……⁉」
彼に言われてアステカを見やれば、彼は『今頃気付いたか』と言わんばかりに不敵に笑ってこちらにやってくる。
「さて、そろそろ屋敷を案内したいんだがな。ついてきてもらえるか、リッド」
「……わかりました。よろしくお願いします」
アステカ・ゼブラート、とんだ食わせ者だな。
心の中で吐き捨てつつ、僕は笑顔で応じた。
こうして、馬人族との会談の火蓋が切られたのだ。




