偵察の帰り道は超特急
「……ごめんね、アリア。まさか、ホルストが出てくるなんて思わなかったよ」
鳥人族領の空。守護十翼【ブルートリッター】と魔物の群れによる戦闘を観察していた空域をかなり離れ、ホルストの姿も見えなくなると僕はほっと撫で下ろしながら切り出した。
「ううん、大丈夫だよ。私もあの人が来るなんて思わなかったもん」
アリアの声は明るくて、さっきよりも安堵した様子が伝わってくる。
ホルスト・パドグリー。
イビの話では牢宮の対応に追われ、挨拶に来れないということだったけど『この近くで魔物を掃除していたので、様子を見にきた』と彼は唐突にやってきたのだ。
本当に近くで魔物を退治していたのか。
もしくは僕とアリアの存在に気付いてやってきた可能性もあるけど、真意はわからない。
気になるのは、ホルストとの会話中に意識がふわっとする感覚に襲われたことだ。
身体強化の出力を上げることで対応はできたけど、王都の件も含めて意図的にやってきたことは間違いない。
『近づくな、ということかもしれませんな』
王都でバルディア騎士団の騎士団長ダイナスが発した言葉が脳裏に蘇る。
「ホルストが出てきたのは、これ以上は深入りしてくるな、ということだったのかな」
おもむろに呟くと、アリアは頭を振った。
「私にもわからないよ。ただ、あの人はとても怖いの。私達の前でもいつも笑っていたけど、その目はいつも冷たくて、無機質だった。お兄ちゃんが『電界【でんかい】』って名前を付けた魔法でも、心は全く読めなかったの」
「そっか……」
僕は相槌を打つと、ホルストがいた方角を横目でちらりと見やった。
大分離れたから、ホルストの姿は当然見えない。
でも、不気味な視線を感じて背筋がぞくりとする。
鳥の視力。
特に猛禽類は並外れていて、三百メートル以上の上空から地上の鼠を視界に捕らえ、条件が整えばその視力は十キロにも及ぶ可能性がある……なんて話を聞いたことがあるけど、まさかね。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、何でもないよ。それよりも、早く皆のところに戻ろうか。思ったよりも遅くなったから、心配していると思うんだ」
「あ、そっか。じゃあ、下降しながら一気にいくね」
アリアはそう答えるやいなや羽を軽く折りたたみ、体の角度を鋭くする。
飛び方が飛翔ではなく、滑空による急降下に変わった瞬間だ。
「さぁ、いっくよー!」
「え……⁉ ちょ、待っ……⁉」
ぎょっとして彼女を制止するが遅かった。
有無を言わさず急降下によって速度が上がると、全身に受ける風圧が凄まじいことになっていく。
このままじゃ風圧に耐えられないかも……⁉
咄嗟に空気の流れを変えるべく、鋭利な角度で魔障壁を展開する。
形で言うなれば、二等辺三角形だ。
「うわぁ。凄いね、お兄ちゃんの魔障壁。どんどん早くなるよ」
「そ、そうだね。でも、もうちょっとゆっくりでもいいよ?」
情けない姿を見せたくなくて強がると、アリアはにやりと口元を緩めた。
「お兄ちゃん、ここはいっそ最速に挑戦でしょ。その魔障壁、ちゃんと張っててね」
「え、嘘⁉」
次の瞬間、アリアはさらに羽を折りたたんで体の角度を鋭くした。
もはや垂直急降下と評していいだろう。
僕は絶叫マシンもびっくりの超ド迫力な超特急で帰途につくが、垂直急降下の途中、魔障壁に衝撃が走って破裂音が轟く現象が起きる。
心臓が止まるんじゃないかというぐらい目を丸くしたけど、アリアは目をきらきらさせた。
「あっはは。何、今の。おっもしろーい」
「……このことは皆に秘密にしておこうね」
「えぇ。なんで⁉ すっごく面白かったのに」
僕は真っ青になってすぐに口止めするも、彼女は頬を膨らませてしまった。
「今の現象が本来はとっても危険だからだよ。ティンクとカペラが知ったら、僕とアリアも激怒されるだけじゃ済まないかも」
「えぇ⁉ わ、わかった。お兄ちゃん、このこと誰にも言わないね」
カペラとティンクの名前を出すと、アリアはぎょっとして首を縦に振ってくれた。
僕のことよりも二人の方が怖いのか。
あれ、つまり僕って、ひょっとしてアリアに甘く見られているのかな。
どこか釈然としない気持ちがありつつも『まぁ、お兄ちゃんなんてそんなものか』と思うことにした。
メルも似たようなところあるからね。
でも、さっきの衝撃と破裂音は多分、アリアの飛翔速度が一瞬だろうけど音速を超えたんだろう。
ある意味、ホルストの登場よりも肝が冷える出来事だった……。
◇
「リッド様、おかえりなさいませ。アリアもお帰りなさい」
バルディアの一団が待機している地上にアリアと降り立つと、すぐにティンク達がやってきて出迎えてくれた。
「えっへへ。ただいま」
「あはは。うん、ただいま……」
アリアは明るく元気はつらつに微笑むけど、僕はちょっとげっそりしながら苦笑した。
「リッド様、いやにお疲れのようですが何かありましたか?」
カペラが心配そうに声を掛けてくれると、近くにいたアモンが眉間に皺を寄せた。
「もしかして、守護十翼の力が想像以上に驚異的だったのか?」
「いやいや、確かに守護十翼の実力は凄かったよ。でも、疲れたのは予定よりも滞空時間が長引いたからさ。上空って地上とじゃ温度も空気も何かも違うからね」
アリアと皆の手前、帰り道に『音速を超えてしまったから心身共に疲弊した』とは言えない。
そもそも、音速を超えるということを説明することも大変だ。
「へぇ、そういうものなのか。だけど、その様子だと守護十翼の力を見ることには成功したみたいだな」
「うん、そうだね。それと……」
「それと……?」
アモンが首を傾げると、僕は周囲をちらりと見やってから彼の耳元に顔を寄せた。
「上空で偵察中、唐突にホルストがやってきたんだ」
「な……⁉」
彼が目を瞬くと、僕は再び周囲を見渡してからこくりと頷いた。
「でも、ここだと誰に見られているかわからないでしょ。あとは被牽引車【トレーラーハウス】の中で話すよ」
「そうだな。わかった」
アモンが頷くと、僕は何事もなかったように目を細めてアリアを見やった。
「アリア、疲れているところ悪いけど、このまま僕と一緒に被牽引車にいいかな。アモンと皆に報告したいんだ」
「うん、わかっ……じゃなくて、畏まりました」
彼女はハッとして軽く舌先を出すと、威儀を正して敬礼する。
その姿が可愛らしくて、周囲の騎士達から「ふふ」と笑みが噴き出る声が聞こえてきた。
彼女とアモンが被牽引車に乗り込む中、僕はカペラに目配せして呼ぶと彼の耳元に顔を寄せた。
「……魔物の群れは本当だったよ。同時に守護十翼だけで対応できるというイビ達の言葉にも嘘偽りはなかった」
「左様でございましたか。やはり、鳥人族は底知れぬ力を持っているようですね」
カペラはいつも通りの表情で頷いた。
彼はどんな報告にも基本的に動じず、感情を表に出さない。
元暗部出身だからこそなんだろうけど、彼に報告をしているとこっちの気持ちも不思議と落ち着いてくるんだよね。
「うん、偵察は正解だったよ。暫くしたらイビ達が戻ってくると思う。そうしたら、すぐ僕に教えてと皆に伝えておいてもらえるかな」
「承知しました。騎士達には私から伝達いたしましょう」
「ありがとう。じゃあ、皆に伝えたら被牽引車にすぐきてね。カペラの意見も聞きたいからさ」
「畏まりました。すぐに参ります」
彼は会釈して顔を上げると、颯爽と警護してくれている騎士達のところに歩き出す。
彼の背中を見送ってから被牽引車に乗り込むと、僕はアリアと一緒に報告を始めた。
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▽タイトル
『やり尽くしたゲームの悪戯王子に転生したけど、冒頭で国と家族を滅ぼされるのは嫌だから全力で抗います』
内容はタイトル通り、ゲーム転生ものです(笑)
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