守護十翼の戦い
「どう、お兄ちゃん。この辺ぐらいで見えるかな」
「ちょっと待ってね」
鳥人族領の遥か上空、僕とアリアは雲の隙間に隠れるよう少しずつイビ達が魔物と戦っている場所に近づいている。
僕が彼女から借り受けた双眼鏡で地上を見やると、牢宮【ダンジョン】から溢れ出たと思しき魔物の大軍と守護十翼【ブルートリッター】の面々が激しくぶつかり合っている様子が確認できた。
「……そうだね。この位置なら気付かれずに彼等の様子を見られそうだよ」
「よかった。じゃあ、この空域で待機するね」
「でも、危険を感じたり、ばれそうになったらすぐ逃げるからね」
双眼鏡を外して振り向くと、彼女は「はーい」と笑顔で頷いた。
「お兄ちゃんが地上を見ている間、私が周囲を見ておくね」
「うん、お願い」
僕は再び双眼鏡を通して地上を見やった。
遠目に見えた黒く歪んだ魔力の揺らめきは、やっぱり魔物の群れだったようだ。
地上には牢宮から溢れ出たと思しき夥しい数の魔物がひしめいている。
ゴブリンやオークを彷彿させる人型、獅子や熊を模した猛獣型、巨大蜘蛛や蟻みたいな昆虫型、龍や大蛇のような形をしたものなど、大小様々な魔物がいる。
共通点としては、どの魔物も全身が真っ黒でぎらぎらとした赤い目を光らせていて『生き物』という印象は受けず『魔力で生み出された生成物』という印象だ。
以前、ルーベンスや文献で伝え聞いたとおり、レナルーテの『魔の森』に生息している魔物とは全然違う。
この場合、クッキー達は『魔獣』と言ったほうが正しいような気がする。
初めて見る魔物の様子を観察していると、唐突に爆音と青白い火柱が立ち上がった。
ハッとしてそちらに目を向ければ、全身に青白い炎を纏ったレウスが魔物達の集団に突撃を仕掛けている。
彼が投げ放った分厚い大剣の『業灼剣【ごうしゃくけん】』は既に回収したようだ。
狼人族の獣化に羽が生えた容姿のレウスが剣を振るう度、魔物達は青白い炎に包まれて阿鼻叫喚の果てに黒い煙となっている。
牢宮で生成された魔物達は、限界を超えて損傷すると体を維持できずに霧散してしまうようだ。
それにしても、あの『青白い炎』に包まれる姿は、僕や父上、バルディア騎士団所属の騎士が扱う『身体強化・烈火』にそっくりだ。
性質的には似てるように感じるけど、烈火にはあれだけの破壊力増強の効果はない。
強化魔法は効果が高ければ高いほど、術者に反動があるものだ。
でも、レウスの動きはそんな反動を全く意識していないように見える。
また、彼の戦い方は武器や体術による接近戦が多い。
レウス・パドグリーは、獣化と謎の身体強化を用いた近接特化型といったところだろうか。
様子を伺っていると、彼の背後から人型の魔物が襲いかかっていくのが見えた。
危ない……⁉
一瞬、双眼鏡越しに肝を冷やしたけど、魔物はぴたりと動きが止まってしまう。
程なく、その魔物は網の目で切断されたかのように体が綺麗にばらばらに崩れて霧散してしまった。
「うえ……」
魔物だから血は出ていなかったけど、あまりに衝撃的かつ猟奇的な光景に思わず双眼鏡を外して嘔吐いてしまった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「い、いや何でもないよ。大丈夫、気にしないで」
「……?」
きょとんと首を傾げるアリアに、僕はにこりと目を細めると再び双眼鏡を覗いた。
すると、レウスの側にレイア・パドグリーらしき人物が見て取れる。
彼女は鼠人族の獣化に翼が生えている容姿をしているが、驚くべきはその戦い方だ。
関所で見た時も驚いたけど、彼女は自らの頭髪を自由自在に操れるらしい。
髪の強度も凄まじいみたいで、自身の周囲に入り込んでくる魔物達を次から次にばらばらにしている。
動きから察するに、魔物達の思考力は高くない。
多分、レイアがどうやって攻撃しているのかわかっていないんだろう。
闇雲に突っ込んでは、彼女の攻撃範囲内でばらばらにされているようだ。
仮に対人戦だったとしても、何も知らない相手であれば『初見殺し』であっという間にばらばらにされるか、簡単に拘束されてしまう。
やっぱり、多少の危険を冒しても守護十翼の力は知っておいた方がよさそうだ。
そう思った時、レウスとレイアがいる場所とは別地点で凄まじい砂煙が立ち上がる。
何事かと見やれば、背中の翼以外は全身鎧を纏った巨体が魔物達を踏み潰すように蹴散らしていた。
あれは、間違いなくレッドベア・パドグリーだろう。
熊人族部族長カムイ・マジェンタが獣化して巨大化した様子とよく似ている。
ちょっとした戦略兵器というか、もはや前世の記憶にある『巨大ロボット』が一番近いかもしれない。
レッドベアが地上を殴りつけると、大地から先端が尖った岩が生成されて周囲の魔物達を串刺しにしてしまう。
どうやら、彼は土の属性素質を持っているみたいだ。
串刺しになった魔物達が霧散して尖った岩が崩れ去っていくと、新手がレッドベアに襲いかかっていく。
でも、彼の背中から黒い魔力をうねうねさせた人物が飛び上がった。
あの目付きの悪さ、見覚えのある黒い魔力からして『エンディオ・パドグリー』だろう。
エンディオは狸人族の獣化に翼を生やした出で立ちをしており、うねうねさせた黒い魔力で魔物達を次から次に拘束している。
拘束された魔物達は今までのように霧散せず、エンディオが操る黒い魔力に飲み込まれるように消えていく。
魔物達はその光景を目の当たりにしても怯むことなく襲いかかっていくが次の瞬間、エンディオが巨大な黒い鞭を生み出し、魔物達を一気に薙ぎ払うと同時に飲み込んでしまった。
もしかすると、エンディオは魔物を魔力として吸収しながら戦っているのかもしれない。
魔力で生成された魔物とはいえ、術者の魔力として吸収するとはね。
吸収といっても何かしら条件があるんだろうけど、さすがにそこまでは確認不能だ。
魔法主体で戦う僕にとっては、天敵と言える相手かもしれないな。
レッドベアとエンディオの動きを伺っていると、彼等が何かを見て慌てた様子でその場から移動を開始する。
どうしたんだろうと、二人が視線を向けた方向を見やったその時、唐突に竜巻が巻き起こった。
周囲の魔物達は次々にその竜巻に吸い込まれ、無残に切り裂かれながら霧散している。
竜巻には風の刃が魔法で仕込まれているらしい。
よく見てると、竜巻の中心では桃色の髪を靡かせ、目を瞑りながら笛を吹いている女性がいた。
彼女は猿人族の獣化に翼が生えた容姿をしている。
多分、髪の色から察するに『ルザンダ・パドグリー』だろう。
彼女が目を開けて笛を吹くのを止めると、竜巻が一瞬で消えてしまう。
ルザンダは口角を上げ、尖った八重歯を見せながら笑い始めた。
遠目からでも狂気的というか、好戦的な目付きをしているのがわかるほどだ。
風の属性素質を使った魔法だろうけど、あそこまで大規模な竜巻を発生させるのは見たことがない。
僕もやろうと思えばできるかもしれないけど、おそらく発生はさせても自由自在に操るのは相当な鍛錬を積む必要があるはずだ。
感嘆していると、空を飛んでいるルザンダの足下を真っ赤な大鎌を抱えた影が走り抜け、新手の魔物達を辻斬りの如く切り裂いていく。
ただ、その動きがあまりに速いかつ変則的すぎて双眼鏡でも追い切れない。
ようやく動きが止まると、牛人族の獣化に翼を生やした容姿が見て取れた。
あの真っ赤な大鎌から察するに『テス・パドグリー』だろう。
彼は関所でおどおどしていた時と違って猟奇的な雰囲気を纏い、怪しい目付きに口元を歪めていた。
かと思えば、敵陣のど真ん中で頭を抱えてみたり、自らの体を抱きしめたりしている。
当然、その間も魔物達は彼に襲いかかっていくけど、赤い輝線と共に次々に真っ二つにされていく。
遠目では、太刀筋と動きが全くわからない。
程なく魔物達が徒党を組んでテスに押し寄せると、彼は地面に倒れ込んでしまった。
何事かと思えば、テスを中心に蔓が生えて魔物達を拘束する。
テスはゆらりと立ち上がって大鎌を構えると、赤い輝線を走らせて魔物達を切り捨てて霧散させてしまう。
僕は呆気に取られつつ、彼の予測不能な動きに『酔拳』という武術を彷彿させられていた。
あの手の輩は、対処が困難だから絶対に相手をしたくない。
テスの場合は予測不能な変則的な動きに加え、樹の属性素質による拘束魔法もある。
彼も『初見殺し』をしてくる手合いなんだろう。
魔物達を切り捨て次々と霧散させていくテスだが、唐突に頭を抱えながら蹲ってしまった。
好機とばかりに魔物達が襲いかかっていくも、彼を守るよう翼を持つ黒馬……いや、黒い天馬【ペガサス】が空から舞い降りて蹴散らしてしまう。
黒い天馬は魔物の大軍を睨みながら四つ足を地面にめり込ませると、口を大きく開けた。
新作投稿しました!
▽タイトル
『やり尽くしたゲームの悪戯王子に転生したけど、冒頭で国と家族を滅ぼされるのは嫌だから全力で抗います』
内容はタイトル通り、ゲーム転生ものです(笑)
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