鳥人族領の空
「リッド殿、実力は示しました。これで私達に討伐をお任せいただけますね」
イビがそう言って間もなく、爆発地点から発生したと思われる突風が吹き荒れて砂が舞い上がる。
不敵に笑う彼女の赤髪がその風に靡き、不気味な圧を発した。
僕はごくりと喉を鳴らして息を呑んだ。
守護十翼【ブルートリッター】が部族長に負けず劣らずの力を持っている……いくら彼女達に自信があって自負があったとしても、さすがに言いすぎなんじゃないか。
そんな思いが僕の中にもあったけど、遠目に見える光景はその自負が真実であることをまざまざと現している。
「ちなみに悩んでいる時間は、もうありませんよ」
「どういうことです?」
訝しんで聞き返すと、彼女は魔物の集団がいると思しき黒く歪んだ魔力が立ち上がる場所を見やった。
「レウスの一撃によって、あの集団はこちらに敵がいると認識したはず。半分近くは消滅したでしょうが、残りはこちらに向かってくるでしょう」
「あの集団が……⁉」
イビの言葉で周囲の騎士達がざわつき、場が緊迫した雰囲気に包まれる。
でも、彼女は悪びれることも、動じることもなく僕達に視線を戻した。
「残念ながら関所に引き返す時間はもうありません。リッド殿、どうか対応を我らにお任せ下さい」
「……わかりました、お任せしましょう。ですが、必ず無事に戻ってきてくださいね」
「当然でございます。あのような烏合の衆に遅れを取る我らではございません」
イビは会釈して顔を上げると、僕達に背を向けて空へと舞い上がる。
「お前達、ようやく許しがでたぞ」
彼女の威勢の良い声が空から周囲に轟くと、どこからともなく守護十翼の面々が集結した。
はるか上空か、雲の中に隠れていたのかもしれない。
「ホルスト様の命令どおり、リッド殿達には指一本触れさせるなよ。守護十翼の名に賭けてな」
イビの言葉に頷くと、彼等はそれぞれに黒く歪んだ魔力に向けて飛翔していった。
守護十翼の面々が飛んで行ったことを確認すると、イビが追いかけるように最後尾を飛んで行く。
彼女達が飛翔する度、地上には突風が吹き下ろされて砂や落ち葉が舞い上がる。
飛んで行った彼女達を見送ると、カペラが「リッド様」と切り出した。
「我らも念のため防御陣形を敷いたほうがよろしいかと存じます」
「……そうだね。カペラに指示をお願いしてもいいかな」
「畏まりました」
彼は会釈すると、すぐに側にいた騎士達に指示を出して魔物の襲撃に備えた防御陣形を敷き始める。
遠目に見える黒く歪んだ魔力を見つめていると、心配顔のアリアが僕の側にやってきた。
「……お兄ちゃん。イビお姉ちゃん、大丈夫かな」
「うん、きっと大丈夫だよ。レウスの技を見た限り、彼等が部族長に負けず劣らずというのは本当だと思う。できれば、その力を間近で見てみたかったけどね」
そう答えた時、彼女が携帯している『双眼鏡』が目に入って「あ……⁉」と閃いた。
アリアに協力してもらって空高くに上がれば、双眼鏡で彼の戦いを目にすることができるじゃないか。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
きょとんとアリアが首を傾げると、僕は彼女の両肩に手を置いた。
「アリア、少し協力してもらえないかな。双眼鏡を使って空からイビ達と魔物の戦いを見たいんだ」
「え、でも、私一人だけだとお兄ちゃんを抱えて飛ぶのは厳しいよ」
「大丈夫。僕も身体強化・陣風を発動すれば短時間なら飛翔できる。アリアの獣化と組み合わせれば、彼等の戦いを空から双眼鏡で観察することぐらいはできるはずさ」
身体強化・陣風は『風の属性素質』と『身体強化・弐式』を組み合わせたものだ。
術者は風の魔力を全身に纏うことで風属性魔法と移動速度強化に加え、周囲の気流に影響を与えて短距離、短時間なら飛翔も可能となる。
ただし、消費魔力量は烈火以上だから長期戦には向かない。
「リッド様、また危ないことをお考えになりましたね」
側にいたティンクが、深いため息を吐いて頭を振った。
「でも、鳥人族の力……それも精鋭。守護十翼の力を知る機会だよ。情報収集を怠るほうが危ないでしょ?」
「わかっております。しかし、何が起こるかわかりません。私達は空までお供できません故、決してご無理はされないようお願い申し上げます」
「わかってる。空から双眼鏡で情報収集に努めるだけさ」
「リッド、それなら私も一つお願いがある」
ティンクと僕のやり取りにアモンが真剣な表情で入ってきた。
「どうしたの?」
「彼等が獣化した時、狐人族の特徴を持つ者がいるかを見極めてほしいんだ。これは狐人族にとって、いや、もしかすると獣人族全体で由々しきことかもしれない」
パドグリー家の強化血統に各部族が知らず知らずに巻き込まれ、他の部族長に匹敵する強さを持つ組織が出来上がっていた。
この事実は獣人族全体の制度、均衡を崩しかねない。
獣王セクメトスや他の部族長達は、守護十翼の存在は薄々感づいているかもしれないけど、その実力までは把握していない可能性がある。
「わかった。その点も注意深く見てみるよ」
「ありがとう、リッド」
アモンが会釈すると、僕はアリアに視線を向けた。
「じゃあ、お願いできるかな」
「うん、わかった」
アリアがにこりと頷いて間もなく、彼女の全身が灰色の羽毛に覆われて周囲に魔波が吹き荒れる。
次いで背中の羽が少し大きくなって尾羽が生え、顔の形が変わって小さな嘴が出来上がった。
何度見ても、可愛らしい。
獣化を終えると、彼女は僕の背中を両手でがっしり掴む。
「お兄ちゃん、これで大丈夫かな?」
「そうだね。じゃあ、僕も……」
目を瞑って集中すると、心の中で『身体強化・陣風』と呟く。
すると、僕の全身が薄緑の揺らめく魔力が覆われた。
「よし、準備できたよ。アリア」
「うん、いっくよー!」
彼女が明るい返事と共に背中の羽を大きく羽ばたくと、僕は地上に向けて風魔法を放って上昇気流を生み出した。
突風で砂煙が立ち上がるなか、僕とアリアは一気に空高く舞い上がる。
「わわ、すっごい。お兄ちゃん、いつもよりとっても軽いよ」
「ありがとう。でも、アリア達には遠く及ばないさ」
背後で目を瞬く彼女にお礼を告げたその時、黒く歪んだ魔力群で火柱が何個も立ち上がって爆音が連続で轟く。
ハッとしてみやれば、火柱に巻き込まれて空に打ち上げられた魔物達が霧散していくのが見えた。
火柱が立ち上がっている場所の地上を見やれば、戦いによる閃光がいくつも確認できる。
「……どうやら、始まったみたいだね。アリア、もう少しだけ近寄れるかな」
「え、でも、ティンクさんに怒られちゃうよ?」
「双眼鏡ではっきり見えるところにいくだけさ。ここだと、まだ少し遠いからね」
「わかった。だけど、私も怖いから少しだけだよ」
不安そうなアリアの言葉に、僕はこくりと頷いた。
「うん、僕も怖いからね。近寄り過ぎないようにしよう」
「えぇ、お兄ちゃんも怖くなることがあるの?」
「そりゃそうさ。今だって足が震えているぐらいだよ」
僕は苦笑しながら下を見やった。
アリアに支えられながら身体強化・陣風を用いているとはいえ、地上にいるティンク達の姿はもう豆粒のように小さい。
万が一にでも落下すれば命はないだろう。
冷たい空気のせいか、ぞくりとした寒気が背中を走った。
「……イビや守護十翼の彼等は、僕達に戦いを見られるとは考えていないと思うんだよね。気付かれないよう覗き見るには、ちょっと怖いぐらいで丁度良いさ」
「わかった。じゃあ、もうちょっと高い位置で雲に隠れながら近づくね」
「う、うん。お願い」
アリアは再び背中の翼を羽ばたき、僕の背中を掴んだままさらに空高くへ舞い上がった。




