パドグリー家と強化血統
「守護十翼【ブルートリッター】のことは私もよく知らないんだけど、パドグリー家の分家は十一あるそうなの」
「十一、か。それって獣人族の部族数と同じだね」
僕が聞き返すと、アリアは「うん」と相槌を打った。
「分家はね、代々鳥人族と他部族を結婚させているそうなの。でも、イビお姉ちゃん。それから私やイリア達は両親共に鳥人族で、直系の血を保つための分家なんだって」
「直系を保つ分家と他部族との混血を続ける分家、か。パドグリー家の強化血統に対する並々ならぬ執心を感じるね……」
他部族の混血が続けば鳥人族の血は薄れていくはずだから、一定の周期で鳥人族同士の分家とも結婚させている、ということだろう。
「えぇ、そうですね。しかし、個人的にはあまり聞いていて気持ちの良いものではありません」
ティンクがため息を吐くと、通路を挟んだ席に座っていたカペラが小さく頭を振った。
「……権力に魅入られた者の考えは時に常軌を逸します。彼等の考えは我らには到底理解できぬことでしょう。いえ、むしろリッド様や我々は理解できないほうがよろしいかと」
彼の淡々とした口調には、とても実感が籠もっているように聞こえた。
カペラはレナルーテで暗部に属していたから、僕達よりも権力者の欲望を間近で見て、よく知っているのかもしれない。
「そうだね。どんな世であれ国であれ、人の欲望は尽きることがない、というところかな」
カペラはこくりと頷くが「とはいえ……」と話頭を転じた。
「ズベーラに獣王という特別な文化が存在しているとはいえ、パドグリー家の行いが度を過ぎているようにも感じられます。その点はどうなのでしょうか、アモン様」
「それは、私も気になっていることだよ」
同じ車内にいたアモンは、席を立つとこちらにやってきて空席に腰を下ろした。
「守護十翼、彼等の容姿には各部族の特徴があった。強化血統を長年続けた結果だろうが、あのような容姿をした獣人族を見たのは初めてだ」
「一般的な混血とは違う、ということ?」
首を傾げると、アモンは真面目な顔付きで頷いた。
「獣人族の他部族同士が婚姻して子を成した場合、部族の特徴は母方の血が色濃く受け継がれるんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
他部族による混血は母方の特徴が強く受け継がれるのか。
でも、そうなると父方からは何を色濃く受け継ぐんだろう。
ふと脳裏に疑問がよぎるが、アモンはアリアを横目でちらりと見やって「例えば……」と続けた。
「もし、狐人族の男性と鳥人族の女性で子を成せば、鳥人族の特徴を色濃く受け継いだ子が生まれてくる。両親の性別が逆であれば、狐人族の特徴を色濃く受け継ぐというわけだ。そうしたことから他部族で結婚した場合、容姿が似る母親の部族領へ移り住むことがほとんどなんだよ」
「なるほどねぇ。それで、どの領地でも他部族の男性をちらほら見かけたわけか」
狸人族領から兎人族領で見た人の行き交いで、たまに他部族の男性と地元部族の夫婦らしき人達を何度か目にしたんだよね。
彼等は結婚し、男性側が引っ越してきた人達だったのかもしれない。
「あぁ、そういうことだ。ただ……」
「ただ……?」
含みのある言い方に首を捻ると、アモンはため息を吐いた。
「恥ずかしい話、他部族婚と混血児はズベーラ国内では忌避される傾向が強くてね。容姿が違って混血児となれば、親と子はより厳しい目を向けられる。だから、少しでも受け容れてくれやすい領地に行くということでもあるんだ」
「そ、そうなんだ。何だか、群れから追い出されるみたいだね」
「はは、言い得て妙だな。そう捉えてくれてもいいと思うよ」
アモンは噴き出して頷くがすぐに「あ……⁉」と目を瞬き、慌てた様子で切り出した。
「ただ、バルディア家との婚姻が忌避されるようなことはないぞ。だから、私とティス殿の婚約は問題視されないから安心してくれ」
「大丈夫だよ。アモンとティスのことは国同士の繋がりだし、狐人族領で顔合わせもしているからね」
僕が頷きながらティンクを見やると、彼女もこくりと頷いた。
アモンはほっと胸を撫で下ろした様子で表情を崩すが、ハッとして咳払いをした。
「すまない、少し話が逸れてしまったな。話を戻すよ」
「うん、お願い」
彼は真顔になると、車窓からちらりと外の空を見やった。
「獣人族の混血はさっき話した通りだけど、関所で見た守護十翼の面々は違う。鳥人族の特徴である羽を持ちつつ、他部族の特徴である尻尾や耳を持っていた。あれは明らかに普通じゃない。それこそ、常軌を逸した執心でもって強化血統を続けた結果なんだと思う。それに……」
アモンが眉間に皺を寄せ、口元に手を当てた。
「それに……? どうしたの?」
「守護十翼の中に、狐人族の特徴を持った人物がいなかった気がしてね」
「……言われてみればそうだね」
関所で彼等が勢揃いした時を思い返してみるが、アモンやラファのような狐耳や尻尾を持つ人物はいなかった。
「アリア、この件は何か心当たりはあるかな?」
優しく問い掛けると、彼女は小さく頭を振った。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。私が知っているのは、パドグリー家の分家が十一あることぐらいで。守護十翼のことも、イビお姉ちゃんが所属している部族長直属部隊ぐらいしか知らないの……」
アリアはしゅんと肩を落としてしまった。
車内の空気が少しどんよりするなか、僕はにこりと微笑んだ。
「そっか。じゃあ、イビ・パドグリーについて知っていることを教えてくれるかな? もしかすると、守護十翼のことを知る手掛かりになるかもしれないからさ」
「イビお姉ちゃんのこと? うん、それなら話せるよ」
アリアはそう告げると、懐かしそうに語り出した。
曰く、イビはアリア達姉妹の訓練を担当していた教官の一人だったらしい。
訓練中は冷徹で厳しかったそうだけど、訓練が終わるとアリア達を妹として本当に可愛がってくれたそうだ。
「それでね。辛くて泣いてる子がいると、イビお姉ちゃんが優しく歌って励ましてくれたの。私達、その歌が大好きだったんだ」
「そうなんですね。でも、その言い方だと他の教官は優しくなかったんですか?」
「……うん」
イビのことを語っていた時は目を輝かせていたのに、ティンクが問い掛けに彼女はしゅんとしてしまった。
「他の人達からはね、私達は『失敗作』や『期待外れ』って言われてたの。でも、その人達にも認めてもらいたくて必死に頑張っていたんだけどね。最後はイリアさえいればいいからって。捨てるように売られちゃったんだ」
車内がしんとするなか、アリアは顔を上げて「……でも、いいの」と微笑んだ。
「私はそのおかげで、バルディアで優しい目をしたお兄ちゃんや皆に出会えたんだもん」
「……ごめんね、アリア。辛いことを思い出させてしまって」
僕が優しく切り出すと、彼女は勢いよく首を横に振った。
「もう気にしてないし、本当に大丈夫だよ。でも……」
「でも……?」
首を捻ると、彼女は車窓からちらりと外を見やった。
「イビお姉ちゃんやイリアが、辛い目にあっているんじゃないかって。それだけが心配なの」
「そっか、アリアは優しいね」
しゅんとする彼女の頭を撫でたその時、木炭車が急停止したらしく車内ががくんと大きく揺れる。
咄嗟にアリアを抱きしめると、ティンクが僕達を守るように前に出た。
カペラはアモンを守るように身構えている。
「何事ですか⁉」
ティンクが血相を変えて大声を張ると、車の扉が軽く叩かれた。
「申し訳ありません、イビ・パドグリーです。空から遠目ではありますが、牢宮【ダンジョン】から溢れた魔物と思しき集団を視認しました故、急遽停止してもらった次第です」
「魔物の集団、だって……⁉」
僕はアリアに怪我をしていないことを確認すると、急いで扉の前に駆け寄った。




