色鳥どりの十翼2
「私【わたくし】は、守護十翼【ブルートリッター】の八翼を勤めるセロイ・パドグリーでございます」
跪いたまま畏まって高らか告げるなり、セロイは手に持っていた一輪の薔薇を僕に捧げるように差し出してきた。
劇の一場面みたいな流れだけど、彼の表情は至って真剣だ。
セロイは薄紫のさらっとした髪、目鼻立ちがはっきりした顔付きをしている。
背中には灰色の羽があるが、馬人族を彷彿させる縦長の耳が二つあって尻尾も生えているようだ。
彼が腰に下げている剣は、形から察するに細剣【さいけん(レイピア)】だと思われる。
「リッド・バルディア殿にはホルスト様から『礼を尽くせ』と申しつけられております故、私が丹誠込めて育てましたこの薔薇をお送りいたします。どうかお受け取り下さい」
「は、はい。ありがとうございます、セロイ殿」
差し出された一輪の薔薇を丁寧に受け取ると、彼は白い歯を見せてニコリと笑った。
「私は八翼ですが、ホルスト様への忠誠心は守護十翼で一番だと自負しております。護衛を任された以上、このセロイ。領内における危険から、命に代えてもリッド殿を御守りいたす所存。どうかご安心ください」
「あ、あはは。心強いお言葉に感謝いたします」
明るい表情と態度だけなら好青年だけど、守護十翼の中でホルストへの忠誠心が一番高いと言うあたり、気を付けたほうが良さそうだ。
彼はさっと立ち上がって深々と一礼すると、顔をあげて爽やかに白い歯を見せて踵を返した。
「次はあたしの番ね」
明朗な声を発しながら前に出てきたのは背中に桃色の大きな翼を持ち、頭に二つの兎耳を持った女性だ。
彼女は紫色の長髪を頭の左右でお団子にまとめているが、後ろ髪はおろしている。
大きくぱっちりした目に加えてにこにこと口元も緩めているあたり、今までの中で一番明るい印象だ。
「守護十翼の九翼、ジム・パドグリーよ。馬人属領までの短い期間だけど、よろしくね」
「はい、こちらこそ」
差し出された手を握り返すと、彼女はにこりと笑った。
兎人族の血が入っているんだろうけど、そのせいか雰囲気がヴェネと似ているような気がする。
「じゃあ、あたしはこれで」
ジムがそう言って背を向けると、「最後はぼくだね」と活発で天真爛漫な雰囲気の女性がやってくる。
彼女は長い茶髪を後ろでまとめおり、頭には二つの猫耳が生えてる。
背中の白い翼は羽先が黒くなっており、猫人族らしい尻尾もあるようだ。
ただ、彼女場合は背負っている『金砕棒』にどうしても視線が向いてしまう。
ダイナス以外であの武器を扱う人を見たのは、彼女が初めてだ。
「改めてまして、ぼくは守護十翼の十翼、メロエ・パドグリー。よろしくお願います」
メロエは深々と一礼して顔をあげると、僕の顔をまじまじと見つめてきた。
「あの、私の顔がどうかしましたか?」
意図がわからずに首をかしげると、彼女は「失礼ですけど……」と切り出した。
「リッド殿は可愛い顔だちをしていますが、性別は男性で間違いないんですよね?」
「あはは、何を仰っているんですか。私は、どこをどうみても男の子でしょう。そもそも、すでに結婚もしていますからね」
不躾な質問に一瞬だけ眉を潜めるが、僕はすぐに目を細めて微笑んだ。
「あ、そうですよね。大変失礼しました」
彼女は深く頭を下げて顔をあげると、にこりと嬉しそうに微笑んだ。
「でも、リッド殿が男性でよかったです。そうでないとぼく……」
「そうでないと……?」
意味深な言葉に首をひねると、彼女は目を怪しく細めて不敵に笑った。
「もし、リッド殿が女性だったらホルスト様とぼくの間にはいり込もうとする『泥棒猫』かと思って。そうなったらぼくは気が狂って撲殺してしまうかもって、心配していたんです」
「あ、あはは。それは穏やかじゃありませんね」
彼女は背中の金砕棒をちらりと見やるが、目や言葉に嘘は感じられない。
危険だ、もしかすると守護十翼で一番危ないのは彼女かもしれない。
「だってぇ、最近のホルスト様はリッド殿のことばかり仰っていたんですよ? 『リッド殿は素晴らしい才能を持っている』って。そりゃ、ホルスト様を一番に想っているぼくとしては、嫉妬でやきもちしていたわけですよ」
「そ、そうだったんですね」
素晴らしい才能を持っている、か。
強化血統による守護十翼なんて組織を目の当たりすると、ホルストの言葉はとても素直に受け取れない。
むしろ、背筋が寒くなる。
メロエが頬を膨らませてつんと口を尖らせたその時、ふとした疑問が脳裏を過る。
「あの、ところでメロエ殿とホルスト殿は、どういうご関係なんでしょうか?」
「えぇ、それを聞いちゃいますかぁ。えっとですねぇ……」
頬を染めた彼女が自らの両手を当てながら身をくねくねよじっていると、「ただの部下です」とセロイのはっきりした声が聞こえてきた。
すると、メロエが鬼の形相になって背後を凄んだ。
「……んだと、セロイ。てめぇ、誰に向かってものいってんだ、あん?」
「リッド殿が誤解せぬよう、事実を伝えたまでだ。ホルスト様をお前がどう想おうと構わぬが、周囲に勘違いさせるのは慎め。それはお前の分を超え、身の程知らずというものだ」
セロイが肩をすくめると、メロエは背中の金粉棒に右手をかけた。
「乙女心もわからねぇ、屑が。好き勝手に言ってくれるじゃねぇか。てめぇだって、ぼくと似たようなもんじゃねぇかよ」
「私には、そのような大それた想いなどありはしない。ホルスト様に求められば、即座に応じる心構えはできているがな」
「は、ホルスト様がてめぇを求めるわけねぇだろうが」
メロエが吐き捨てると、セロイは鼻を鳴らして睨みつけた。
「少なからずお前よりも可能性はある。私の序列はお前より上だからな」
「なら、その序列。ぼくに譲ってもらおうか」
「いいだろう、やれるものならやってみろ」
セロイが腰の細剣に手をかけたその時、イビが深いため息を吐いて「レウス、収めろ」とだけ呟いた。
「……面倒くせぇやつらだ」
舌打が聞こえた瞬間、彼の姿が消えてしまう。
え……⁉
ハッとした時には、レウスはセロイとメロエの間に入っていた。
それだけにとどまらず、彼は背負っていた剣の切っ先をセロイの喉元に突きつけ、メロエの喉元を片手で鷲掴みして持ち上げている。
驚きで僕が目を見開いていると、レウスは凄みながら低い声を発した。
「おい、来賓の前で無様なことしてんじゃねぇよ。それとも、ここで死んで詫びるつもりか?」
「く……⁉ も、申し訳ない」
「う、うぅ……⁉ ご、ごめんなさい」
レウスの鋭い眼光に一瞥され、セロイとメロエはびくりと身体を奮わせて真っ青になってしまう。
少し離れているここからでもわかるほど、レウスの発する殺気は凄まじい。
これだけの殺気を肌で感じるのは、エルバとの対峙以来だ。
「残念だが、この場でお前たちを許すのは俺じゃねぇ」
レウスは冷たく吐き捨てると、こちらを見やった。
「リッド殿、大変見苦しい姿を見せた。貴殿が求めるなら、こいつらには死んで詫びさせてもいい。どうする?」
「死んで……⁉ いやいやいや、そんなことをする必要はありませんよ」
僕は慌てて被りを振った。
レウスの目は本気だ、下手なことを言えば本当にセロイとメロエをその手に掛けるつもりだろう。
「お二人の深い想いはよくわかりましたし、ホルスト殿もこれほどの忠臣をなくすことは本意ではないでしょう」
「……そうか。いえ、そうですか」
レウスは拍子抜けしたように肩をすくめると、セロイの喉元に突きつけていた剣を背中に収め、喉元を鷲掴みにしていたメロエを解放した。
「あ、あぁ……」
「ガハッ……⁉」
セロイは力なく項垂れて膝をつき、メロエはうずくまりながら喉元を抑えながらせき込んでいる。
その様子を見て、レウスは鼻を鳴らした。
「良かったな、二人とも。寛大なリッド殿に感謝するんだな」
レウスが踵を返すと、僕は急いでセロイとメロエに駆け寄った。
「二人とも、大丈夫ですか?」
「は、はい。お見苦しいものを見せてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「ぼ、ぼくもつい熱くなっちゃって、ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。さっきも言った通り、気にしないでください」
前から強い視線を感じて顔をあげると、レウスが足を止めてこちらを訝しんで見据えていた。
「……あの、何でしょうか」
「いえ、何でもありません」
僕の問いかけに彼は頭を振って答えると、そのまま前を向いて足を進めていった。
「……その甘さ。後悔しなきゃいいけどな」
彼は何やら小声で呟いたようだけど、何を言ったのかは聞き取れなかった。




