演武【ラビットダンス】の決着
「うらぁああああああ!」
「面白そうな技じゃねぇか……⁉ 受けてやるよ」
ヴェネは尖った八重歯を見せ不敵に笑い、防御の構えを取った。
オヴェリアの繰り出した『瞬足一蹴撃』とは、バルディア第二騎士団に所属する馬人族の少女ことマリスの技だ。
マリスは自分の時間で自由気ままにおっとりとした性格をしている子で、その身に秘めたる才覚はおそらく第二騎士団で一番高いだろう。
だけど、彼女の才覚と性格が全く噛み合っておらず、潜在能力が発揮された機会は未だ見たことがない。
そうした彼女が唯一編み出した技が『瞬足一蹴撃』だ。馬人族の生まれ持った優れた脚力を獣化で強化しつつ、前傾姿勢となりながら足に魔力を溜めて爆発させ、目にも止まらぬ速さで対象の懐に飛び込み相手の脳天を蹴り飛ばす。
馬人族の馬力と速度を掛け合わした恐ろしい技であり、僕が全力で展開した魔障壁すら粉みじんにしている。
常人が受けた場合、比喩ではなく脳天が頭部ごと宙に舞うことになるだろう。
悪人だろうが一般人に対する使用は固く禁じた技だ。
バルディア領内で人の頭部が空を舞うのは著しく景観を損ない、あまりにいただけないからね……。
ただ、オヴェリアが繰り出した『瞬足一蹴撃』は『兎月式』と言った通り、マリスの技とはちょっと違うみたい。
マリスの瞬足一蹴撃は発動と同時に大地を跳ねるように蹴り走って迫ってくるけど、オヴェリアの技は相手との距離を縦軸回転の跳躍で一気に詰めている。
まるで、短剣の投擲に用いられる『回転投げ』のような動きだ。
「いつまでも、にやけた面で笑ってんじゃねぇぞ」
オヴェリアは縦軸回転の勢いを乗せた右足で踵落としを繰り出し、ヴェネが腕を交差させる防御態勢の上から叩きつけた。
その瞬間、彼女達を中心に魔波が吹き荒れ、ヴェネの足下の大地がひび割れ、砂煙が巻き起こる。
次いで、硝子がたたき割れたような甲高い音が響きわたった。
オヴェリアが踵落としでヴェネの腕に展開されていた魔障壁を砕いたのだ。
「はは、やるねぇ。だが、足技だけに一歩……」
「馬鹿いえ。足はもう一本あるんだよ」
「な……⁉」
ヴェネが口元を緩めたその時、オヴェリアは体勢の悪い状況から体を捻って左足で強烈な回し蹴りを繰り出した。
体が柔らかく身軽かつ、凄まじい闘争心を持つオヴェリアだからこその追撃だ。
でも、身軽さではヴェネも負けていない。
彼女は咄嗟に体を反らしてそのままバク転に繋げ、後退してオヴェリアとの距離を取った。
「……身軽な野郎だ。でもよ、少しだけ手応えあったぜ」
「あぁ、そうだな。お前の足は俺の頬に届いていたよ」
オヴェリアが人差し指を向けると、ヴェネはにやっと笑って頬を手の甲で拭った。
よく見やれば、ヴェネの頬には擦り傷ができている。
「ば、馬鹿な……⁉ いくら手加減していたとはいえ、ヴェネに一撃を入れたというのか⁉」
「ふふ、どうやらオヴェリアの力と闘争心を見誤ったみたいですね」
シアが目を丸くする横で、僕は嬉しくて噴き出してしまった。
第二騎士団内でオヴェリアの実力に近い子はいるけど、闘争心をここまで剥き出しにする子はいない。
彼女が格上に対峙した時の負けん気や闘争心は、第二騎士団どころか第一騎士団を含めて探しても見当たらな……いや、一人だけアスナがいるか。
何にしても父上、カーティス、ルーベンス、ダイナスに加えて第一と第二騎士団の騎士達、色んな人達と稽古しているけどオヴェリアとの訓練がある意味で一番気が抜けない。
闘争心剥き出しで、常にこっちの想像を超えた動きをしてくるからだ。
多分、あの不安定な体勢からの追撃はヴェネも予想外の動きだったんだろう。
「そこまで驚くことじゃねぇだろ、親父。それに擦っただけだ、一撃じゃねぇ」
ヴェネが肩を竦めると、オヴェリアがにやりと白い歯を見せた。
「はは、そういうのを強がりっていうんだぜ。擦っても一撃は一撃だろ」
「ほう、言ってくれるねぇ。じゃあ、お前の闘争心とやらを試してみようじゃねぇか」
「なんだと……?」
オヴェリアが首を捻ると、ヴェネは不敵に笑って尖った八重歯を見せた。
「俺がこれから繰り出す技を逃げずに受け、立ち向かえるかどうかだ。もし、逃げずに受けきれば、この稽古はお前の勝ちでいいぜ」
「へぇ、そんなこと言って良いのかよ。あたしは絶対逃げないぜ」
「その強がり、どこまで本気か試してやるって言ってんだよ」
「いいぜ、試してみろよ」
二人の視線が交差すると、訓練場に空気が張り詰めて肌がぴりついてくる。
「あの、ヴェネ。これはあくまで稽古だから……」
「リッド殿。心配は無用ですぞ」
二人を宥めるべく切り出すと、シアが咳払いをした。
「ヴェネも部族長です。あのような少女を相手に本気を出すことはありません。あくまで飛躍する切っ掛けを与えるつもりでしょうな」
「そうなんですか? それなら良いんですけど……」
相槌は打ったけど、僕の心中では言いようない不安が渦巻いていた。
「……決まりだな。じゃあ、いくぜ」
ヴェネが低い声を発した瞬間、彼女の体毛が全て逆立ち、凄まじい魔波が吹き荒れる。
次いで、彼女は前傾姿勢となって地面に両手の指を付けた。その姿にオヴェリアを始め、この場にいる誰もが目を丸くする。
「な……⁉」
「確か『兎月式・瞬足一蹴撃』だったな。全身を身体強化と獣化で活性化させつつ、脚力に魔力を集中させて爆発的な跳躍力で突進。次いで縦軸回転からの踵落としを繰り出すことで、相手の防御ごと脳天をかち割る蹴り技とみた。まさに瞬足一蹴撃という名に相応しい技だな」
「ふ、ふざけんな。あたしの技がそんな簡単に使いこなせてたまるかよ」
オヴェリアが声を荒らげると、ヴェネは真顔で眉間に皺を寄せた。
「ふざけてなんかいねぇよ。ただな、同族が繰り出す技ぐらい一回で見極め、自ら扱えるぐらいできねぇと部族長は務まらねぇんだ。さぁ、負けを認めるなら今だぞ」
「く……⁉」
目付きと口調からして、ヴェネの言葉に嘘偽りない。
多分、本当にたったの一回で『兎月式・瞬足一蹴撃』を見極めたんだろう。
さすがのオヴェリアも、驚きを隠せない様子でたじろいでいるようだ。
「あの、シア殿。まさかと思いますが、ヴェネは本当に全力を出すとかないですよね」
「……おそらく」
心配になって尋ねると、彼は決まりが悪そうに頷いた。
「お、おそらくって……⁉」
さすがに看過できずに聞き返したその時、「いいぜ、やってみろよ」とオヴェリアの声が轟いた。
「戦って負けるならまだしも、戦う前に逃げ出すなんてまっぴら御免だ。絶対に耐えてやるよ」
「良い度胸だ。そうでないと俺も面白くねぇからな」
ヴェネがそう答えた次の瞬間、彼女の立っていた場所から雷鳴のような音が轟き、大地がえぐれてへこみ、砂が舞って狂風が吹き荒れる。
瞬く間もなくヴェネはオヴェリアの眼前に迫り、右足を天に掲げていた。
「逃げるなら、これが最後の機会だぞ」
「言っただろ。あたしは絶対に、誰が相手だろうが逃げねぇってな」
オヴェリアがそう叫んだ瞬間、彼女の体毛に再び変化が現れる。
濃い灰色だった毛色が薄く、白に近い灰色となっていく。
その様子に僕達が目を取られていると、シアの「まさか……⁉」という声が轟いた。
「あの娘、灰兎になったばかりだというのに、もう次段階の戦兎まで上がりおった。ヴェネの奴、これが目的だったのか⁉」
『戦兎』とは、猫人族の獣化で言う『獅子』と同等に位置する状態だ。
あくまで一時的かもしれないけど、ヴェネと対峙することで、オヴェリアは闘争心で自らの潜在能力を引き出したのかもしれない。
シアが叫んだ直後、ヴェネの口元がにやりと緩んだ。
「いいねぇ、その状態が新世界の入り口だ。だけどよ、それでもこれは受けきれねぇぜ?」
「そんなの、やってみなくちゃわかんねぇだろうがよ」
戦兎状態となったオヴェリアが腕を交差し、魔障壁を展開する。
「良い覚悟だ。じゃあ、これで終わりにするぜ」
ヴェネの踵落としが振り下ろされた瞬間、訓練場に硝子が粉みじんに砕けたような甲高い音が轟いた。
そして、二人のいた場所から爆音が轟き、魔波が吹き荒れ、砂嵐が巻き起こる。
吹き飛ばされそうなのを必死に堪えていると、吹き飛ばされたらしいオヴェリアの気配を感じ、僕はハッとした。
「……⁉ このままじゃいけない」
「リッド殿⁉」
「リッド様⁉」
シア、ティンクとカペラの声が背後から聞こえるなか、僕は瞬時に身体強化を発動。
立ち上がる砂嵐の中に飛び込み、宙を舞っていたオヴェリアを両腕の中にしっかりと抱きしめて地上に着地した。
すると、腕の中にいる彼女は「はは……」と笑って薄ら目を開ける。
「リッド様、見てただろ? 最後まで逃げなかった。だから、この勝負は……あたしの勝ちだぜ」
「うん、そうだね。すごかったよ」
「へへ、部族長がなん……だってんだ。リッド様の騎士を、あたしを……」
オヴェリアはそこまで言うと、目を閉じてがくりと力なく項垂れてしまう。
獣化の負荷による体の酷使と、急激な魔力消費で気を失ったようだ。
あんな無茶すれば、誰だってこうなるだろう。
でも、彼女の顔はとても満足そうだ。
「お疲れ様、オヴェリア。とても格好良くて素敵だったよ」
腕の中で気を失っている彼女に、僕は誇らしげに微笑み掛けた。




