リッドと兎人族の文化交流……?
「ねぇ、ヴェネ。これが本当に、本当の、誓って兎人族の民族衣装なの?」
「リッドの言うとおりだ。これはどう考えても……」
「おう、そのはずだぜ。親父が用意してくれたものだからな。よく似合っているぜ、二人とも」
即答するヴェネを前に、僕とアモンは顔を見合わせてがっくりと項垂れた。
部族長屋敷のとある来賓室。
用意されていた兎人族の民族衣装を見た僕とアモンは、唖然としてヴェネに確認するも『これで間違いないはずだぜ』と押し進められ、しょうがないから着替えるだけ着替えた。
その服というのが、袖なし細めのワンピースで腰から足下に掛けて切れ目が入っているものだ。
下にズボンがなくて素足だから、ちょっと着慣れない。
近い服をぱっと見で言うなら、チャイナドレスだ。
僕が赤を基軸としたもので、細かい綺麗な刺繍が施されている。
アモンも同様だけど、色は青を基軸とされたものだ。
加えて、僕の頭にはご丁寧に『お団子』まで作られてしまった。
アモンは狐耳があるので、頭に作られなかったみたい。
着替えに立ち合ってくれたカペラが何度か部屋の外で待つヴェネに確認してくれたんだけど、『部族長の俺が言ってんだ。間違いない』とその都度言われては、着替えないわけにはいかなかった。
そして、現在。
着替えが終わった僕とアモンは部屋にヴェネを招き入れ、目つきを細くして訝しんでいるというわけだ。
でも、ヴェネはにこっと白い八重歯を見せている。
「……いや、さすがにこの格好で懇親会に参加するのはためらわれるよ。せめて、カペラと同じ服装じゃ駄目なのかな?」
そう告げると、僕は壁際で控えていたカペラを見やった。
実は今回、彼も兎人族の服に着替えている。
さらっとした灰色の生地に少しだけ刺繍が施された長袖のゆったりとしたワンピースで、僕達の服と同じく腰から足下まで切れ目が入っている。
ただ、彼の場合はズボンを履いているので、男性が着ていても違和感はない。
「言いてぇことはわかるけど、あれは成人用だから駄目だぜ」
「成人用って、子供と大人で着る服が違うことなんてあるの?」
僕が聞き返すと、ヴェネはこくりと頷いた。
「他部族や他国だとあんま聞かねぇけどな。兎人族には幼少期の子供が催事に参加するときは、昔から無病息災を願って異性の服を身に着けるんだよ。病気や不幸を運んでくる邪神を欺くためにな。ほら、ミスティナ教の物語にも出てくるだろ? 聖女ミスティナが男装して邪神の目をかい潜り、天翔る竜を救い出すやつ」
「あぁ、言われてみればそんな物語もあったね」
以前、ミスティナ教の教典を読んだときの内容が脳裏に蘇る。
確か物語で出てくる邪神は天翔る竜で空を駆け巡って子供を見つけると、優しい人相で近づき『君は男の子だよね』とか『君は女の子だよね』と尋ねてくるんだとか。
その問い掛けに『はい』と答えると、子供の魂は邪神に奪われてしまう。
かと言って『いいえ』と答えても、邪神とはいえ神なので嘘は通じず魂が奪われてしまうそうだ。
邪神に襲われて困り果てた人達が聖女ミスティナに救いを求めた結果、ミスティナは『どう答えても魂を奪われるなら、最初から邪神を欺くほかありません。そうすれば邪神が勘違いしただけで、嘘にはならないはずです』と男装して邪神に近づき、見事に欺いて討伐したらしい。
そして、邪神に捕らわれていた子供達の魂は解放され、邪神に支配されていた天翔る竜を自らの一行に加えたとか、そんな話だったな。
「その邪神に困り果てた人達ってのが、兎人族のご先祖様だったらしいぜ。それで、一二歳までの子供が催事に参加するときは異性の服装に着替える文化ができたとか何とか。まぁ、今となっちゃ確かめる術もねぇけどよ」
ヴェネはそう言って肩を竦めた。
「へぇ、やっぱり土地が違えばこんな文化もあるもんなんだねぇ」
「……確かに、兎人族で幼少期の子供に異性の服を着せる文化は小耳に挟んだことがあるな。しかし、ヴェネ殿。私はもう十三になるんだが……」
僕が相槌を打つと、アモンが苦笑しながら頬を掻いた。
「あれ、そうだったか。まぁ、いいじゃねぇか。細かいことは気にすんなよ」
ヴェネがすっとぼけた顔をしてから豪快に笑いはじめた。
多分、わざとだろう。
「諦めようよ、アモン。こうなったら、二人揃ってこの姿で頑張るしかないさ」
励ますように語りかけると、アモンはため息を吐いた。
「……リッド。今の君は一人だけ逃げるのは許さないって顔をしているよ」
「アハハ、ソンナコトアルワケナイジャナイカ」
「リッド、なんでカタコトなんだ」
「サァ、ヨクワカラナイヨ」
訝しむアモンに僕が肩を竦めたその時、部屋の扉が叩かれた。
「リッド殿、アモン殿。着替えは終わったかな。皆を連れてきたが、入っても問題ないかね」
扉の向こうから聞こえてきたのはシアの声だ。
「はい。今さっき着替えが終わったところですから、もう大丈夫ですよ」
そう答えてカペラに目配せすると、彼は会釈して扉を開けた。
すると、シアを先頭にクリス、ティンク、エマが入室してくる。
そして、彼女達の姿を見て僕とアモンは思わず目を瞬いた。
「凄い。皆、とっても似合っているよ」
「そ、そうだな。皆さん、とても素敵です」
実は今回、ヴェネの強要……じゃなくて発案で彼女達も文化交流に参加することになったのだ。
発案時、クリスは前回に引き続きなので半ば諦め顔だったけど、ティンクとエマは辞退を申し出る。
でも、それが通じるのは僕達……ではなくてヴェネじゃない。
『部族長たっての依頼が聞けないってか?』
『エマ、代表の私も参加するんですよ』
『そうだね。良い機会だからティンクとカペラも参加すべきだね』
『そ、そうだな。私もそう思う……』
ヴェネ、クリス、僕の圧に加え、おずおずと呟いたアモンの勢いには逆らえず、もれなくティンクとエマも水着に引き続き、兎人族の服に着替えることになったというわけだ。
彼女達が着替えたのは、ヴェネと似た雰囲気のチャイナドレスっぽい服装だけど色が違う。
ティンクは紫で大人っぽくて少し艶のある雰囲気がとても似合っているし、エマは水色で爽やかな雰囲気が、彼女のいつも明るい元気な姿と相まっている。
クリスは青色で凜とした雰囲気があって、普段から凜々しい彼女に釣り合っている。
ただ、どうしてだろう。
彼女だけ、凄い足技や魔弾を繰り出してきそうな印象を受けてしまう。
多分、クリスだけ髪をお団子にしているせいだろうか。
それとも、前世の記憶でも影響しているのかな。
「ありがとうございます。でも、お二人もどうしたんですか、その格好は……?」
クリスが照れ隠しのように頬を掻くと、僕達の服装を見て首を傾げた。
「あぁ、これは、ヴェネから兎人族の一二歳までの子供が催事に参加する時は、異性の服を着るって説明されてさ。それで僕もアモンも止むなく、ね」
決まりが悪く頬を掻くと、シアが眉間に皺を寄せた。
「ヴェネ、これはどういうことだ。あの服は、お前が幼い頃に着ていた服だろう。それに懇親会は祭事ではないぞ」
「え? 何言ってんだ。ちゃんと親父が俺に用意してくれた服を準備して、催事の懇親会に備えたんだぜ」
「む……?」
シアは首を捻るとハッとして、「ま、まさか、お前……⁉」と目を丸くした。
「祭りの祭事と懇親会の催事を勘違いした、とかいうつもりじゃないだろうな⁉」
「な……⁉」
僕とアモンが目を丸くすると、ヴェネは「あ……」と目線を泳がせた後に俯いてしまう。
そして程なく、顔を上げると舌先を出しながら頭を掻いた。
「はは、やっちまったな。リッド、アモン、俺の勘違いだ。すまん、すまん、ひとまずすまん」
「……⁉ ヴェネェエエエエエエ⁉」
絶対わざとだ。
彼女悪びれる様子もない言動に、そう直感した僕は身体強化・烈火をすかさず発動し、まさに烈火の如く怒り狂った。
でも、咄嗟にアモンが獣化して僕を羽交い締めにする。
「アモン。離して、離してよ」
「リッド、気持ちはわかるけどやめるんだ」
「おぉ、リッドの烈火は相変わらずすげぇな。よし、やるか!」
「ヴェネ。やめんか、この大馬鹿者め」
怒り狂って身体強化・烈火で魔波を吹き荒らし、部屋の壁を魔圧できしませる僕。
獣化して必死に僕を羽交い締めするアモン。
嬉々として目を爛々とさせるヴェネ。
ヴェネの言動に激昂するシア。
そんな僕達の様子を呆然と見つめるクリス達。
さっきまで静かだった室内は、僕の怒りを切っ掛けにして凄まじい喧噪に包まれてしまった。




