型破りの所以
「価値を高めて、持続的な利益だと。出荷量を調整して相場を上げるつもりか。だが、そんなことをすれば生産の事実が露見した時、批判で大変なことになるぞ」
「シア殿のご指摘、ご心配は仰る通りです。ですが、ご安心ください。私が価値を高める方法は相場をつり上げるのではなく、真珠の市場を広め、さらなる需要を生み出すことです。そして、半永久的に持続的な利益を得る『新しい文化』を根付かせることですから」
僕が流暢に答えると、シアは眉を顰めてヴェネを見やった。
「ヴェネ。私は理解が追いつかんが、お前はどうなんだ」
「俺も最初は意味不明だったけどな。理解できれば、この計画は勝ち馬に乗ったも同然だと思うぜ」
「勝ち馬に乗ったも同然、か。リッド殿、もう少し計画の具体的な内容を教えてもらえないか」
「もちろんです」
こくりと頷くと、僕はカペラに目配せして表紙に『マル秘』と書かれた資料をシアに渡してもらった。
予め用意していた真珠の養殖における計画書だ。
「そちらを使って順を追って説明いたします」
「わかった。よろしく頼む」
シアが手に取った資料を興味深そうに見つめる中、僕は口火を切った。
兎人族領から真珠が出始めれば、市場はすぐに反応を示すはずだ。
そして、兎人族領のどこから真珠が産出されているかを躍起になって調べ始めるだろう。
でも、この時、決して『養殖』に成功した事実を告げてはならない。
『真珠を宿した貝が大量に取れる海域が見つかった』とだけ答えるに留めることが重要だ。
次いで、等級を定めて貴族向けと、平民向けの真珠を市場に流していく。
「ちょ、ちょっと待て。貴族向けに等級を定めるのは理解できるが、高級な真珠を平民がどうして必要とするんだ」
説明に合点がいかなかったらしく、シアが眉間に皺を寄せて身を乗り出してきた。
「仰る通り、いまは平民達は真珠を基本的に必要としておりません。ですが、男性が女性に求婚する際、真珠の指輪が必需品という文化が出来たらどうでしょうか?」
「求婚に真珠の指輪が必需品の文化、だと。馬鹿な、平民でも求婚時に贈り物をするという文化は多少あるかもしれん。だが、『真珠の指輪』を贈る文化など古今東西聞いたことがないぞ」
「はい、それもご指摘の通りです。現状、各国を見渡しても真珠の指輪を贈る文化はございません。従いまして、その文化をこれから我々が作るんです」
僕がにこりと微笑むと、シアは唖然としてしまう。
程なく、彼は頭痛でも始まったのか、額を押さえながら机に肘をついて切り出した。
「……もう少し、理解できるように説明してくれないか」
「畏まりました。それでは、追加の資料をお渡しいたします」
カペラに目配せすると、彼は『とある雑誌』を丁寧に手渡した。
シアは受け取った雑誌の表紙を確認し、次いで中身をパラパラとめくってパタンと閉じる。
そして、目付きを細くして訝しんだ。
「なんだね、この『華と恋』という幼稚な絵本は。まさか、これで本当に新たな文化を生み出すと言うつもりじゃないだろう」
「いえいえ、そのまさかです。実はそれ、帝国内のご令嬢達の間で徐々に注目を浴びている雑誌なんですよ」
「な、なんだと……⁉」
即答すると、シアの目が丸くなった。
漫画を知らない彼からすれば、あの雑誌は幼稚な絵本と感じてもしょうがないのかもしれない。
なお、雑誌の出版社を運営しているであろう悪役令嬢ことヴァレリの許可は取れていないけど、『広告費』という名目で出資すれば間違いなく協力してくれるはずだ。
足下はちょっと見られそうだけど。
「もちろん、その雑誌だけじゃありませんよ。様々な作家、役者、出版社に出資して舞台、小説、雑誌、口伝。ありとあらゆる媒体で『男女の恋愛物語』を作成してもらいます。そして、必ず物語が最高潮となる場面で『真珠の指輪』を男性から女性に渡してもらうんですよ」
「な……⁉ そ、そこまで大がかりなことを仕掛けるつもりなのか」
「はい。文化を生み出すとは、そういうことですからね。最初に影響が出るのは貴族階級の方々でしょうが、平民の女性にも憧れが浸透したところで平民の給料一ヶ月~三ヶ月分で買える真珠の装飾品を市場に流します。事が上手く進めば、真珠の価値は貴族から平民まで幅広く認知されて高まり、需要は増え、文化が根付けば永続的な利益が見込めるでしょう。どうですか、良い案でしょう」
「あ、あぁ……」
目を細めると、シアは目が点になって唖然としてしまった。
実はこの提案、前世で『ダイヤモンド』で行われた前例があるんだよね。
産出量が少ないという希少価値によって高価だったダイヤは、過去に大規模な鉱山が発見されて価格の大暴落が予見されたことがある。
その際『とある企業』が、僕がシアにしている提案と同じような計画を立てて出資を募り、ダイヤの鉱山をかたっぱしから全て買い取ったのだ。
そして、その企業は『ダイヤは結婚の贈り物』という文化を小説や舞台を使って世界に広く定着させつつ、ダイヤの年間流通量を調整することで価値を維持することにも成功。
結果、莫大な富を生み出し、世界的な企業として名を馳せていたはずだ。
まぁ、前世の僕には、ダイヤを贈る相手はいなかったみたいだけど。
この場の主導権は握れているけど、この件についてはもう一押しだけしておこうかな。
僕は咳払いをして「もし……」と切り出した。
「計画が全て順調に進めば、これから数百年。いえ、千年先の恋人達まで私達の影響を受けることになるでしょうね。そう考えれば、浪漫もあるお話だとは思いませんか?」
「……これから数百年、千年先。なんてことだ。リッド殿と私では見ている光景が違う、違い過ぎる」
シアが唖然としながら絞り出すように呟くと、ヴェネが「だよなぁ……」と相槌を打った。
「俺たちはどうやって『今あるモノをもっと売るか』とか『もっと効率よく売る方法』とか、自領のことで精一杯だぜ。その点、リッドは大陸全体を高い位置から見下ろして、遠い未来まで続く文化や新たな市場まで生みだそうってんだ。その発想力が、もう尋常じゃねぇよ。常人の発想の外っていうか、型破りって呼ばれる所以なんだろうぜ」
ヴェネはそう言うと、身を乗り出してシアを見据えた。
「親父、俺は断言するぜ。今後、数年で常識が大きく変わる。その中心にいて、時代を引っ張る勝ち馬は間違いなくリッドとバルディアだ。セクメトスも、そう考えたからこそ獣王戦にリッドを引っ張り出し、将来的に時の獣王とバルディアの縁談を言いだしたんだぜ」
彼女は力強くはっきりとした口調で告げると、周囲にいる面々を見渡した。
「ここにいるクリスとクリスティ商会、アモンと新政グランドーク家は勝ち馬に乗ってんだよ。そして、今の俺たちは『勝ち馬に乗れる千載一遇の好機』を掴むか、逃すかの瀬戸際に立ってんだぜ」
「……時代の変革、か」
少し間を置き、シアが感慨深そうに力なく呟いた。
「まさに、リッド殿は異名の通り『型破りな風雲児』というわけだな。ヴェネの勝ち馬に乗るといった意味が、ようやく理解できたぞ」
ところで、二人とも僕のことを『勝ち馬』って言いすぎじゃないかな。
まぁ、別に良いんだけどさ。
彼はそう言うと、渡した資料に目を落として「わかった」と頷いた。
「リッド殿、改めて私も総力を挙げた全面的な協力を約束しよう。必要なことがあれば、何でも言ってくれたまえ」
「ありがとうございます。では、早速ですが一つお願いしてもよろしいでしょうか」
「うむ、なんだね」
僕は咳払いをすると、畏まって告げた。
「この計画で最も重要な部分。真珠の生成を実演いたしますので『白魔蝶貝と黒魔蝶貝』を用意していただけますか」
「……⁉ わかった。すぐに準備させよう」
シアは真顔になって席を立つと、廊下にいる衛兵に声をかけた。
さて、これで兎人族の全面的な協力は得られたけど、次の実演でダメ押しになるだろう。
シアの驚く顔が楽しみだな。




