リッドの強圧的交渉術
「これは『真珠』ではないか」
「もし、その真珠を生産……正確には養殖できるとすればどうですか」
袋の中身を知って驚愕するシアに向け、僕はにこりと微笑んだ。
しかし、彼はすぐに顔を顰め、机を強く叩いて怒号を発した。
「ふざけるな。生産を試みた話はいくらでも聞いたことはある。しかし、成功した話など聞いたことがない。仮に可能だとしても、領地に海を持たぬバルディア出身のリッド殿がどうして養殖方法を知っているというのだ」
「シア殿のご指摘は御尤もです。言い方を変えましょう。私達は養殖を実行し、方法を確立したわけではありません。しかし、ここだけの話ですが、真珠を貝が生み出す仕組みはバルディアで解明済みです」
「な、なんだと⁉ 馬鹿な、貝が真珠を生み出す仕組みを解明した、だと。そんな話、とても信じられるか」
シアは声を荒らげて捲し立てるが、僕は動じず話頭を転じた。
「大陸で流通している真珠。それらが採取できる貝は、主に『黒魔蝶貝【クロマチョウガイ】』と『白魔蝶貝【シロマチョウガイ】』の二種類だと言われておりますね」
ぴくりとシアの眉が動いた。
よくよく調べればわかることだけど、逆に言えば入念に調べないと分からない情報だからだろう。
黒魔蝶貝と白魔蝶貝は『ときレラ』にも出てきた、素材アイテムでもある。
アイテム欄で使用すると一定確率で貝に応じた色の『真珠』を得られ、武具の素材に使われていた。
ドワーフのエレンとアレックスも真珠の養殖成功を心待ちにしていたりもする。
『真珠……真珠の養殖ですか⁉ 魔鉱石、木炭、各魔石に続いて真珠まで。あぁ、ボク、リッド様に出会えたおかげでカペラにも出会えて、本当に幸せです。ふふ、うふふふ』
『姉さん、嬉しいのはわかるけど顔が緩みすぎだよ』
脳裏に浮かんでくるエレンは口元をにんまりさせ、アレックスも注意しながら口元が緩んでいる。
天然ものしか流通していない現状では、真珠は宝石の中でも相当に高価な部類に入るから、二人の喜びようもわかるけどね。
「……よく調べたようだな。だが、それを口にしたところで解明した証拠にはならんぞ」
シアは目付きを鋭くし、眼光を放って凄む。
でも、僕はむしろ『当たり』がきたと、ほくそ笑んだ。
「では、解明した証拠を見せれば、ヴェネ殿が仰った『総力を挙げた全面的な協力』に同意して下さる。そういう認識でよろしいでしょうか?」
「わかった、いいだろう。リッド殿には余程の自信があるようだ。そこまで仰るなら『証拠』を見せてもらえば、私もヴェネ同様に全面的に協力を約束しよう」
「ありがとうございます」
よし、針にかかったぞ。
会釈しながら心の中でガッツポーズを取っていると、ヴェネの「おぉ……⁉」という驚きの声が響いた。
「親父が『全面的に協力を約束する』なんて珍しいな。いつもは、逃げ道を用意するくせによ」
「要らぬことを言うな、ヴェネ。本当に真珠の養殖が可能なら、誰でも飛びつく話だ。まぁ、それが本当ならの話だがな」
そう言うと、彼は好々爺らしく目を細めた。
「リッド殿。万が一にも真珠の件が虚言の類いと判断した場合、兎人族の信頼回復には今後の取引で相当の努力が必要になりましょう。その事だけは付け加えておきますぞ」
「えぇ、構いませんよ」
僕が即答すると、シアは「む……」と眉を顰めてクリスを見やった。
「クリス殿、リッド殿はこう仰っているが、実際に我らの取引で表に立つのは貴殿が率いるクリスティ商会のはず。このような約束を勝手に取り決めて、本当によろしいのかな?」
「はい、クリスティ商会はバルディア家と深い協力関係にあります。それと、私も商人の端くれです。本当に勝ち目のない商売であれば、この場で提案する前に諫言したでしょう」
「それはつまり、クリス殿はリッド殿の考えを全て把握した上で、この場にいるというわけですな」
「はい、仰る通りです」
「なるほど。噂で聞く以上にバルディア家とクリスティ商会の繋がりは強固のようですな」
シアは肩を竦めるが、その表情にはどこか合点がいった様子も見受けられる。
「では、リッド殿。貴殿が仰る証拠を見せてもらいましょうか」
「畏まりました。それでは……」
背後に立つカペラに目配せすると、彼からさっきよりも大きい袋を受け取った。
そして、その袋をあえて無造作に投げ渡す。
「これの中身をご覧ください」
「中身……?」
僕が投げた袋を片手で受け取ると、彼は訝しみながら袋の中身を取り出していく。
「なんだ、白魔蝶貝の合わせ貝か。少し大きめの個体らしいが、別に珍しくもなにも……ん?」
その時、袋の奥底に転がっていた真珠を見つけたらしく、彼の目がみるみる見開かれていった。
「な、なんだ。この大きさで綺麗な丸みを帯び、光沢を放つ白真珠は……⁉」
「それが仕組みを解明した証拠となる、バルディア生まれの真珠ですよ」
「な、なに……⁉ だが、貴殿はさっき『養殖を実行し、方法を確立したわけではない』と言ったではないか」
「はい。貝で真珠が作り出される仕組みの解明はできましたが、白魔蝶貝と黒魔蝶貝の養殖の仕組みは当家では作れておりません。海が近くにありませんから」
「ま、待て。それはつまり、我らが白魔蝶貝と黒魔蝶貝の養殖に成功すれば、この真珠が大量生産できるということか」
声に熱が入り、捲し立てて質問してくるシア。
僕はあえて、冷静に淡々と頷いた。
「はい。まさにその通りです」
「その通り、だと? にわかには信じられん話だ」
シアは呆気に取られた様子で椅子の背もたれに体を預けた。
でも、彼はすぐにハッとする。
「いや、そうか。これは私を信じさせるために用意した天然ものだな。はは、危うく真に受けるところだったわ」
「さすがシア殿です。やっぱり、この程度では信じていただけないですよ」
「当たり前だ。言ったであろう、確かな証拠を見せろとな」
「畏まりました。それでは、こちらもご確認ください」
勝ち誇ったようにしたり顔を浮かべるシア。
僕は目を細めると、カペラに目配せして次々にさっきと同じような袋を受け取ってシアに投げ渡していく。
「な、なんだね。次から次に……」
「どうぞ納得するまで改めてください」
「な、納得するまで……?」
首を傾げたシアだが、中身を改めた彼の目が再び大きく見開かれた。
「な、なな、ななななんだこれは⁉」
彼は袋の中身を確認すると、次々に机の上に並べていった。
「白、桃、黒、緑、青、紫、加えて滅多に取れない金色まであるだと。しかも、大きさ、光沢、形が均一で……どれも最高級の品質じゃないか」
「どうでしょう、シア殿。一個なら奇跡、二個なら偶然、三個なら必然、四個目となれば、これはもう再現性の証明となりましょう」
「それはそうだが。いや、しかし……」
現実を目の当たりにしても、シアはまだ首を縦に振らない。
長年、部族長として勤めた経験が固定概念となって邪魔をしているのかもしれないな。
残念だけど、クリスとエマに涙目で止められていた方法をやるしかない。
「では、私達が再現性を確保している証拠をもう一つお見せしましょう。白の真珠をカペラに渡してもらえますか」
「う、うむ。わかった」
シアは言われるまま、カペラに白の真珠を渡した。
そして、その真珠が手元にやってくると、僕はおもむろに立ち上がる。
「では、証明のため身体強化・烈火を発動することをお許しください」
「あ、あぁ。それは別に構わんが……」
「ありがとうございます」
僕は会釈すると、身体強化・烈火を発動する。
部屋に魔波が吹き荒れ、壁や天井が魔圧できしむ。
「リッド殿、一体何をするつもりかね⁉」
「こうするんです」
僕は真珠を掴んでいる手を拳にすると、シアがよく見えるように突き出した。
「ま、まさか……⁉ やめるんだ、リッド殿。それに一体どれだけの価値があると思って……⁉」
「大丈夫です。ヴェネ殿とシア殿の協力さえあれば、今後いくらでも作れますから」
血相を変えて制止するシアだが、僕は淡々と告げて拳に力を込めた。
次の瞬間、手の中から『パキ』という小さな音が聞こえた。
そして、手を開くと粉々になった真珠が机の上にぱらぱらと落ちていく。
「のぁあああああああああああ⁉ やった、本当にやりおった⁉ その真珠にどれだけの価値があるのか。貴殿は理解しているのか⁉」
「はい。でも、これは証明のために必要なことですから」
シアは頭を両腕で抱えて目を大きく見開き、まるでこの世の終わりを見たかのような表情になってしまった。
でも、僕は意に介さず、カペラに目配せして次の桃色の真珠をもらって拳で包む。
実は、カペラにこっそりと机の上にあった他の真珠も回収してもらっていたのだ。
「ま、まさか。いつの間に回収したんだ」
彼はハッとして自身の周囲を見渡すが、転がっているのは合わせ貝のみである。
「ちなみにこの真珠。シア殿が協力すると言って下されば、差し上げる予定のものです。もし、欲しいと仰るなら早く返事をしてくださいね」
「な、なんだと。ちょ、ちょっと待……⁉」
シアが制止しようと慌てて手を差し伸べるが、僕は容赦無く拳に力を込める。
再び『パキ』という音が拳の中で鳴って、手を開けば机の上に粉々になった真珠が散らばった。
「なあぁああああああ⁉ それだけ素晴らしい桃色の真珠があれば、一体どれだけの、一体どれだけの財産が築けると思っているんだ」
「価値は理解していますが、こんなものは今後いくらでも作れますからね。言ってしまえばこんなもの、量産品の試作品です。いくら壊れても、壊しても、また作ればいい。それこそが量産品の価値でしょう。さぁ、早く止めないと折角お渡しする予定の真珠がなくなってしまいますよ」
再びカペラに目配せすると、僕は受け取った黒い真珠を拳で包んだ。
「あぁ、勿体ない、勿体ない、勿体ないわ。例え、今後量産できるとしても、今はあんな高品質の真珠は市場にないのに」
「お気を確かに、クリス様」
僕の行いを見たくないのか、クリスは顔を両手で覆いながら頭を振っているようだ。
エマは、そんな彼女の背中をさすっている。
「はは、すげぇな。さすがの俺も立場上、リッドのあれはちょっと真似できねぇよ」
「私も同感です」
ヴェネは口元を引きつらせ、アモンは苦笑しながら頬を掻いている。
「はぁ、大金が砂になる光景を目の当たりにするのは心臓に悪いです。シア様、意地を張らずに協力すると仰ってくださればいいですのに」
「そうですね。しかし、もう少しかかりそうです」
ティンクは呆れた様子でため息を吐き、カペラは無表情で淡々としている。
僕達一行の様子を目の当たりにし、シアは顔を引きつらせてたじろいだ。
「か、価値観が違いすぎる。いや、そうか、これこそがリッド殿が『型破りな風雲児』と称され、常識が通じないと呼ばれる所以か」
『パキ』と再び手の中で真珠が砕け、机の上に破片が舞った。
非常識な人と言われたみたいで、ちょっとイラッとした腹いせじゃない。
「なっぁああああああ⁉ く、黒真珠がぁあああああ⁉」
「だからお伝えしたではありませんか。ほしいと仰るなら、早く返事をしてくださいと。残りは四個ですが、次は最も価値があるとされる『金色』にしましょう」
目を細めて微笑み掛けると、シアは絶句して真っ青となった。




