渚のアモン
「ごめん、遅くなったね」
「いやいや、こっちが皆の案内をお願いしてたんだから。気にしないで」
「そうかい? そうってもらえると助かるよ」
白い砂浜を走ってきたアモンは、目を細めてはにかみながら頬を掻いた。
彼も短パンの水着を履いているため、僕と同じく上半身と膝下部分がさんさんと輝く太陽の下に照らされている。
彼の素肌を間近で見たのはこれが初めてだけど、みずみずしくて張りがあるし、凄く綺麗な肌をしていた。
彼の姉ラファや妹シトリーもぱっと見でわかるほど綺麗な肌をしているから、そういう血筋なのかもしれない。
服の上からだとわからないけど、彼の体もあちこち引き締まっている。
年齢的なこともあるから、まだヴェネやカペラのようながっしりした筋肉があるというわけでない。
だけど、アモンの肌下には薄らと鍛えている証が見て取れる。
彼は部族長という立場から、日々の武術訓練を決して欠かさない。
今回の外遊期間中だって、途中の休憩や宿泊を挟むときに僕とずっと稽古をしているほどだ。
「だけどこの水着、獣人族用の工夫されていて驚いたよ」
「え、どういうこと?」
アモンの言葉に首を傾げると、彼は僕に背中を向けた。
「ほら、水着の後ろにボタンがあるだろ。これで、尻尾の付け根部分も手早く中に仕舞えるんだよ」
「あ……⁉ これって、そういう意図があったのか」
僕の水着にも後ろにちょっとした切れ目とボタンがあったんだけど、『なんだろうこれ? こんなのバルディアの水着にはなかったけどな』と意図がわからず首を捻ったのだ。
バルディアで作った水着では、そこまで気が付かなかった。
一応、バルディアの水着をそのまま履いても尻尾の付け根下までは隠せるから、泳ぐことに支障なかったから着用した獣人族の子達からは不評はなかったんだけどね。
でも、こうした小さな部分に気付くところが猿人族の技術力でもあるんだろう。
「狐人族領だと、帝国とバルストの服も流通しているんだけどね。こうした工夫は、人族向けの服には中々見られなくてね。領民達が各々で穴を開けたり、切れ込みを入れているんだよ」
「あぁ、そういや人族には尻尾もないんだったな。兎人族も一応はあるんだぜ」
アモンの言葉に反応してヴェネがお尻を見せるように体を捻ると、彼女の黒髪と同じ色をした丸い形の小さな尻尾があった。
人間でいうところの尾骨部分だろうか。
第二騎士団にも兎人族の子達がいるから尻尾があるのは知っていたけど、成人した人の尻尾を間近で見るのはこれが初めてだ。
「へぇ、あるのは知ってましたけど、大人になっても結構小さいんですね」
「まぁな。兎人族の尻尾は小せぇから、服の中に入れててもそんなに困らねぇんだよ。だから、服の中に入れっぱなしって奴も多いぜ。ただ、汗臭くなるから嫌う奴もいるけどな」
「なるほど。やっぱり種族の服一つをとって見ても、細かい工夫と違いがでるんですね」
ヴェネの尻尾を見つめながら、僕は口元に手を当てて唸った。
世界は広く、まだまだ知らないこと、気付けていないことは多分にあるということだ。
その分だけ、気付けていない商機もあちこちに転がっているとも考えられる。
でも、この水着を着用した際に尻尾の根本がどうなっているんだろう。
ただ、さすがにヴェネに見せてくれとは言えないし、僕はアモンを見やった。
「ねぇ、アモン。ちょっと着用時がどんな風になっているか見せてもらってもいい?」
「え、う、うん。別に構わないけど……」
「ありがとう。じゃあ、失礼するね」
了承をもらうと、僕は彼の背後に立って尻尾の付け根部分に目をやった。
なるほど、切れ目をある程度余裕の持った大きさにすることで、どの獣人族にも使用できるようになっているのか。
獣人族の尻尾は、ぱっと見だともふもふで大きく見えるけど、実際は体毛に覆われているだけで尾骨自体は細い。
もちろん、尾骨の太さは体格に左右される部分もあるけどね。
骨が細いと言っても尾骨の周りは筋肉で覆われているし、簡単に折れるような強度じゃない。
なお、この情報はバルディアの誇る名医(迷医?)サンドラ、ビジーカ、ニキークといった研究員達が様々な文献と『被検者達』を調べて得たものだ。
当然、違法なことや非人道的なことは誓って、一切していないからね。
「……興味深いな。ごめん、ちょっとだけ触らせてもらうね」
「え……⁉ ちょ、待っ……⁉」
僕は水着の工夫をより調べようと思い、彼の尻尾の付け根を丁寧に優しく掴んだ。
あ、よく見ると尾骨部分と接触する部分だけ、水着の材質を少し変えてある。
尾骨に衝撃を与えたり、体毛を巻き込まないようにしているのかも。
「すごい細かい工夫をしているなぁ」
「……⁉ あ、や、やめ……駄目だ。リッドこれ以上は駄目だ、もう止めてくれ」
アモン慌てた様子で高い声を発すると、飛び退いた。
「え……⁉ あ、ごめん、つい夢中になっちゃって」
ハッとして見やると、アモンが肩で息をしながら目を潤め、日に焼けたのか頬が少し赤くなっていた。
狐耳もほのかに赤みを帯び、心なしか、小刻みに震えているようにも見える。
「い、いや、気にしないでいいよ。ただ、尻尾の付け根部分はちょっと敏感なんだ。次から見る分はいいけど、触るのは控えてほしい、かな」
言われてみれば、猫は尻尾を触ると怒るという。
その理由は尻尾に神経が多く通っていて、特に付け根は脊髄から繋がる神経の束があるとかで非常に敏感だそうだ。
もしかすると、獣人族の尻尾もそんな感じだったのかもしれない。
「本当にごめん、次から気をつけるよ」
「いや、いいんだよ。そう畏まらないでくれ」
僕が頭を深く下げようとすると、アモンに制止された。
「でも……」
「リッドは獣人族じゃないし、知らなかったんだからしょうがない。次から気をつけてくれればいいだけだから。そう畏まらないでくれ。ほら、ここが海だけに波に流そうよ」
「……⁉ ふ、ふふ。わかった、そうだね。ありがとう、アモン」
「うん、この件もう忘れて海を楽しもう」
ふいに冗談を言われたので、つい笑ってしまった。
アモンの笑顔になったし、彼の言うとおりこの件はもう触れないようにしよう。
「……リッド。お前、やっぱりませてんなぁ」
「え、何がです?」
ヴェネの呆れた声に振り向いたその時、「にゃ~……」という、とてつもなく気だるそうな声が背後から聞こえてきた。
振り向けば、クッキーが面倒臭そうな顔をしているじゃないか。
ただ、彼は何故か2mぐらいに大きくなって、横幅も普段よりでかい。
なんだか、でっかいツチノコみたいだ。
「クッキー、何をしているの……?」
首を傾げると、彼は深いため息を吐いた。
そして、後ろをみるよう目配せしてくる。
はて、後ろに何があるんだろう。
そう思って覗いてみると、そこには水着姿のティンクとエマ。
そして、二人の後ろに隠れるように水着姿のクリスが立っていた。




