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三人の秘密

「幼い頃の父上は、周囲と馴染めなくて一人で読書していることが多かったらしい」


「へぇ、それは珍しいね」


「アモン、どういうことだい?」


ヨハンの言葉にアモンが意外そうに相槌を打ったので、僕は首を傾げて尋ねた。


「獣人族は弱肉強食の思想が強いから、豪族は特に幼少期から武術に取り組むことになるんだ。それはどの部族でも共通しているから、獣王の夫でアルタバル殿が一人で『読書』していたと聞いて、ちょっと珍しいなと思ったんだ」


「なるほど。確かに獣人族で考えれば珍しいかもしれないね」


狐人族をはじめ獣人族の様々な部族と交流を得たけど、確かにどの部族も『武』を優先する文化は共通している。


ルヴァが部族長を務める鼠人族でさえ『最低限の武は必要』という考えが根付いていたほどだ。


僕達のやり取りを聞いたヨハンは「まぁ……」と肩を竦めた。


「父上が珍しいかどうかはよくわからないが、何にしてもその様子を見かねた母上が声を掛けたのがきっかけで、二人は仲良くなったらしいぞ」


「へぇ、幼馴染みというやつだね。良い話じゃないか。他にもあれば聞かせてよ」


「そうだなぁ……」


ヨハンは僕の問い掛けに腕を組んで考え込むと、「あとは……」と切り出した。


「母上曰く、父上は同年代の中で才能は群を抜いていたそうだが、最弱でもあったそうだ」


「え、何それ。どういうこと?」


才能は群を抜いていたのに最弱だった……つまり、力を隠していたとか才能を磨く努力を怠っていたということだろうか。


タバルの人となりと思い返せば『力を隠していた』が有力そうだけど。


「僕もよくわかんない」


ヨハンは僕の質問に頭を振ると、「それよりも……」と身を乗り出してきた。


「いい加減、リッドの話を聞かせてよ。僕とアモン義兄さんばっかり話しているじゃないか」


「えっと、それは……」


何とか誤魔化そうと言い淀んだその時、アモンが咳払いをして目を光らせた。


「ヨハンの言うとおりだな。そろそろリッドの奥さん、ファラ殿の話を聞かせてくれよ」


「アモン、君まで急にどうしたんだ」


後ろから打たれたような感覚で尋ねると、彼は照れくさそうに頬を掻いた。


「実は私も少し興味があったね。ほら、私は一度だけリッドの可憐な奥さんと顔を合わせているが、話す時間は取れなかったからな」


「そうか、言われてみればそうだね」


アモンがバルディアへ交渉に訪れた時、ファラとは確かに顔を合わせている。


ただし、エルバの策略による狐人族の騙し打ち的な襲撃と狭間砦への侵攻によって、ファラとアモンが話す時間はほとんどなかった。


「おぉ、アモンはリッドの奥さんに会ったことがあるのか」


「バルディアを訪れた時、少しだけね。だけど、ちょっと見ただけでも相思相愛な様子が見受けられたよ」


「ほう、それは是非とも聞かないとな」


アモンはさも当然のように答えて目を細めると、ヨハンの好奇心が刺激されたらしく彼の目がさらにきらきらと輝いた。


「相思相愛、か。そう言われるのは嬉しいけど、さすがに真っ正面から言われると少し気恥ずかしいね」


照れ隠しで笑みを浮かべると、アモンとヨハンが一緒に身を乗り出してきた。


「リッド、相思相愛と認めたね。早く話したほうが楽になれるよ」


「そうだぞ、リッド。僕も言われたとおり話したんだからな。さぁ、白状するんだ」


「白状って、取り調べじゃないんだから……」


僕は呆れながらも、ファラと縁談に至った経緯やレナルーテでの出会いを掻い摘まんで伝えていった。


もちろん、言えないことは上手に隠してね。


二人は目を輝かせ、心底興味深そうに僕の語りに耳を傾けていた。


メルに読み聞かせるように、少し感情を込めたのが好評だったのかもしれない。


途中、質問も受けたりして何だかんだで時間はあっという間に過ぎてしまい、気付けば月明かりが窓から差し込むほどに夜が更けていた。


語り尽くした頃、部屋の外で控えていたティンクから「皆様、そろそろお休みください」と声がかかる。


僕は解散してそれぞれの部屋で寝るつもりだったんだけど、ヨハンが「僕達と一緒の部屋で寝たい」と言いだした。


「二人と過ごせる最後の思い出作りだ。これぐらい良いだろ」


ヨハンは目を潤ませ、あざとく小首を傾げてくる。


最初は渋った僕とアモンだったが、彼の主張に根負けして、そのまま大きなベッドで一緒に川の字で眠ることになった。


なお、ベッド向かって左からアモン、ヨハン、僕という並びで寝ている。


僕って、何だかんだで甘いよなぁ……。


そんなことを思いつつ、僕は目を瞑った。



「ん……」


何やら人の気配を感じて目を覚ますと、目と鼻の先で寝間着姿のヨハンが嬉しそうに目を細めている。


部屋の窓をちらりと見やれば、朝日こそあれどまだ薄暗い。


まだ早朝の時間帯なんだろう。


僕は欠伸をして目を擦ると、ゆっくり上半身を起こした。


「どうしたの、ヨハン」


「いや、リッドの寝顔を見られるのこれきりだと思ってな。この目に焼き付けていたんだ」


「あ、あはは。朝から元気だね……」


胸を張って自信満々に答えるヨハンの姿に、僕は半ば呆れながら苦笑した。


でも、言われてみれば、こうして二人と同じ部屋で寝る機会は今後ないかもしれない。


「リッド、それよりもアモン義兄さんを見てみろ。すごく面白いぞ」


「すごく面白い……?」


僕は首を傾げると、言われるがままヨハンの横で眠るアモンを見やった。


すると、目に飛び込んできた光景に思わず「ふ、ふふ……」と噴き出してしまう。


アモンの髪は何故かボサボサで跳ね回って爆発しているし、何がどうして寝たときと頭の位置が逆転している。


寝相が悪いのか、器用なのか。


掛け布団から全身が出ている上に、寝間着は何故かシャツのボタンが全部外れて胸やおへそが出ているし、ズボンも少しズレ下がっているようだ。


まさに『あられもない姿』といったところだろう。


先日、アモンの髪の寝癖が酷いことは知ったけど、まさか寝相もここまで悪いとは思わなかった。


多分、本人は寝相の悪さに気付いていないのかもしれない。


もし、自分の寝相がここまで悪いって知っていたら、一緒に寝ようとは中々思えないからだ。


何がどうしてこうなったんだろうか……必死に笑い出すのを堪えていると、ヨハンが悪戯っ子のように白い八重歯を見せた。


「な、面白いだろう? だけど、もっと凄いのはこれだけの寝相なのに、その気配を横で寝ている僕に一切感じさせなかったことだ。香りからしてアモンは将来化けるかもしれないぞ」


「ふふ、それは褒めてるか、茶化しているのかどっちなのさ」


ヨハンは途中から鼻をひくつかせて真顔で語ったが、その様子が逆に面白おかしくて僕は噴き出す笑いが止まらない。


「もちろん、褒めているに決まっているじゃないか。リッドこそ、いつまで笑っているんだ」


「君が笑わせているんだろ?」


「う……うん。どう、したんだぁ。二人ともぉ……」


僕とヨハンのやり取りがうるさかったのか、寝ていたアモンがゆっくりと体を起こしていく。


だけど、彼の表情を見た僕とヨハンは、ハッとして咄嗟に口元を両手で押さえると肩を震わせて俯いた。


今のアモンは寝癖で髪が爆発している事に加え、いつもぱっちりした目が『横一文字』になっている。


はきはきした口調もなくなって、独特の間の抜けた口調になっていたのだ。


あられもない寝間着姿と相まって、普段のきっちりした彼との差が激しすぎて僕とヨハンは笑いの壺が押されてしまったのである。


「ふふ。リッド、パジャマパーティーの優勝はアモンでいいか」


「くっ、くく……よくわかんないけど、それでいいよ」


耳打ちしてきたヨハンに僕が頷いて会話していると、アモンの一文字だった目がゆっくりと開いていく。


程なく意識がしっかりしてきたのか、彼は自分の姿に気付いたらしく「うわ、わわわ……⁉」と顔を赤らめ、開けた寝間着を整えていった。


ちょっと仕草が乙女っぽい。


アモンは手早く寝間着を整えると、咳払いして何事もなかったかのように威儀を正した。


「……二人とも、この件は内緒だぞ」


「わかってるぞ、アモン義兄さん」


「ふふ、そうだね。義兄弟【きょうだい】の秘密ってやつかな」


「おぉ、兄弟っぽくて良いな、それ」


僕の言葉にヨハンが目を輝かせると、アモンは安堵した様子で胸を撫で下ろした。


「ありがとう、二人とも。じゃあ、昨日の夜から今日の朝に掛けてのことは三人の秘密だ。約束したぞ」


パジャマパーティーは、こうして僕達三人の秘密として終わりを告げた。


そして、今日はいよいよ猫人族領を出発する日だ。次に向かう場所は山岳地帯にある狼人族領。


さて、次はどんな領地なのかな。






少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、

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