ぱじゃまぱーてぃー?
「リッド様、飲み物とお菓子をお持ちしました」
「あ、うん。入ってきて」
扉越しに聞こえてきた声に返事をすると、ティンクが入室して僕達の前に持ってきてくれた飲み物とお菓子を丁寧に並べてくれた。
「ゆっくり眠れるよう温めたミルクにしております」
「ありがとう、ティンク」
「ティンク殿、ご配慮いただき感謝します」
「さすがリッドのメイドだ。気が利くな」
僕がお礼を告げるとアモンが畏まって続き、ヨハンが白い八重歯を見せた。
「とんでもないことでございます。皆様、くれぐれも夜更かしにはご注意くださいませ」
ティンクが会釈して部屋を後にすると、ヨハンが咳払いをして目を輝かせながら身を乗り出した。
「さぁ、パジャマパーティーを続けよう。リッド、アモン。恋バナをするぞ」
「恋バナって……ヨハン、意味をわかって言ってるの?」
僕が呆れながら尋ねると、彼は「もちろんだ」と胸を張った。
「恋愛についての話し、経験談だろう。リッドは婚姻しているし、アモンも婚約して時間が経っているからな。人生の先輩にいろいろと聞いてみたいと思ったんだ」
「人生の先輩って。ヨハンと僕は同い年じゃないか」
「はは、小さなことは気にするなよ」
ヨハンは白い八重歯を見せると、目をキラキラさせてアモンを見やった。
「とりあえず、最初は一番年上のアモン義兄さんからだな」
「わ、私からか」
アモンは目を瞬くと、口元に手を当てて「うー……ん」と唸った。
ヨハンの無茶振りにも丁寧に答えてあげようとする彼は、やっぱり優しい。
「しかし、恋バナと言っても、私はティス殿と婚約するまで女性とは無縁だったからな。これといって話せることはないぞ」
「えぇ、そうなのか。じゃあ、ラファとかの話はどうなんだ」
「……どうして姉上が出てくるんだ」
ヨハンが首を傾げると、アモンが眉を顰めた。
「だって、母上が言っていたぞ。ラファは色恋沙汰に自由奔放なきらいがあるから、適度な距離を保て……ってな。つまり、恋バナを沢山持っているということだろ。アモンも何か聞いているんじゃないか?」
「それは……」
期待に満ちた眼差しを浮かべるヨハン。
でも、アモンは何とも言えない、決まりが悪そうな表情を浮かべている。
それにしても、ラファを『色恋沙汰に自由奔放なきらいがある』とはよく評したものだ。
本人が聞いたら『あら、言い得て妙じゃない。獣王にそう言ってもらえるなんて光栄だわぁ』なんて喜びそうだなぁ。
「なんだ、何も聞いていないのか?」
「聞いていないことはないけど……」
ヨハンがきょとんと小首を傾げると、アモンは目を泳がせながら顔を赤くした。
「いや、やっぱり駄目だ。姉上の話を直接聞かせるのは情操教育上よろしくない」
「えぇ、なんだよそれ」
「駄目なものは駄目だ」
頬を膨らませるヨハンにアモンは頭を振ると、咳払いをして「ただ……」と切り出した。
「姉上曰く、恋愛も行動と気持ちをちゃんと口にすることが大切らしいぞ」
「へぇ、なるほど。求愛行動という奴だな」
感慨深そうにヨハンが頷いたので、僕は思わず「ふふ」と噴き出してしまった。
「ヨハン。アモンの言葉は求愛行動とは少し違うと思うよ」
「え、そうなのか?」
「まぁ、突き詰めれば求愛行動になるんだろうがな。好きな人には優しく声をかけ、食事に誘ったり、何か困ってないかと気にして相手のことを見てあげる。そして、好きなら好きとちゃんと言葉にして伝えることが重要だそうだ」
「なるほど、勉強になるな」
ヨハンが目をきらきらさせている様子は可愛らしい。
でも、ラファが狐人族の暗部を統轄している人物だと知っている僕には、アモンの言葉がちょっと違って聞こえてくる。
これって、ハニートラップ……いわゆる『色仕掛け』や『美人局』の技術や知識の話なんじゃなかろうか。
「まぁ、私の話はこれぐらいかな。ティス殿とは婚約して間もないから、まだ語れるようなこともないし……」
アモンがそう言うと、ヨハンがにやっと目を細めた。
「へぇ、『まだ』って言い方したってことは、これから何をするつもりなのかな」
「な……⁉」
「はは。アモン義兄さん、また顔が真っ赤になってるぞ」
「婚約者として普通に親睦を深めていくだけだ。変な勘ぐりはやめてくれ」
アモンが声を荒らげると、ヨハンがこちらに振り向いた。
「ほら、リッドもアモン義兄さんに何か言った方がいいんじゃないか。ティスはリッドの義妹【いもうと】なんだろ?」
「そうだね……」
僕は咳払いをして威儀を正すと、にこりと微笑んだ。
「ティスを泣かすような真似をしたらただじゃおかないし、許さないからね」
「リッド。君が笑顔で圧を発すると洒落にならないぞ」
アモンが深いため息を吐くと、ヨハンが「おぉ」と目を見開いた。
「こういうの書物で読んだことがあるぞ。リッドは『シスコン』というやつだな」
「あはは。僕の場合は結婚しているし、ただの兄妹愛からくる普通の心配だよ。ね、アモン」
「そ、そうだな。そういうことにしておこう」
微笑み掛けると、アモンは何故か口元をひくつかせていた。
まぁ、メルをはじめ、ティスやシトリー……僕の妹もとい家族に手を出す者は誰であっても許すつもりはないけどね。
ただし、これは断じてシスコンではなく、ごく一般的な家族愛だ。
「……というか、パジャマパーティーに恋バナとかシスコンって、ヨハンが読んでいる書物ってどんな本なの?」
バルディアにも色んな本が集まっているけど、ヨハンが読んだというような話題が記載されている本なんて読んだ記憶がないんだよね。
獣人国内だけに流通している小説や伝記もので、僕が知らない可能性も高いけど。
僕の問い掛けに、ヨハンは少し驚いた様子で目を瞬いた。
「なんだ、リッドは帝国にいるのに知らないのか。ここ最近、帝国発祥とかで絵と言葉が入り混じった人気の書物だぞ」
「ここ最近? 絵と言葉が入り混じった書物……?」
はて、そんな書物が帝国発祥であったかな。
僕が首を傾げていると、ヨハンが身を乗り出して「そんなことより……」と話頭を転じた。
「次はこの三人の中で唯一結婚して、かつ結婚式まで挙げたリッドだな。さぁ、奥さんとの馴れ初めを聞かせてもらうぞ」
「え、いや、ここは言い出しっぺのヨハンから話すべきでしょ」
「えぇ、でも、僕とシトリーの出会いは二人とも知っているじゃないか。ここで話せることなんてないぞ」
ヨハンが頬をむっと膨らませて口を尖らせると、僕はにこりと笑った。
「じゃあ、ヨハンのご両親。セクメトス殿とタバル殿のことでもいいよ」
「母上と父上の馴れ初めということか?」
「うん、何か聞いてることはないかな」
獣王とその夫の馴れ初めの話題にすれば、ヨハンから二人の……いや、ベスティア家の家族関係や趣味嗜好を自然と聞き出す絶好の機会だ。
本来であれば、獣王や部族長という国や部族を統べる人物に関わる情報は機密性が高くて人伝では入手しづらい。
でも、ヨハンと僕達が行う子供の『パジャマパーティー』であれば、それとなく聞き出すことが可能だ。
「何か聞いたことあったかなぁ……」
「どんな話でも良いよ。聞かせてくれたら僕も話すからさ」
頭を巡らせ、思い出そうと唸るヨハン。
内心でほくそ笑んでいると、じっとりした視線をふいに感じる。
なんだろう……振り向いてみれば、アモンが眉間に皺を寄せて訝しんでいた。
「どうしたんだい、アモン」
「……いや、リッドはあざといというか大人げないというか」
「あはは、嫌だなぁ。大人げないという以前に僕はまだまだ『子供』だよ」
「まぁ、そういうことにしておくよ」
アモンが深いため息を吐いて肩を竦めたその時、「あ、思い出した」とヨハンがハッとした。