セクメトスの勧誘
「ところで、ミア。私直属の部下にならないか?」
「え……?」
セクメトスの突然の提案に僕達は呆気に取られ、固まってしまう。
でも、ミアは鼻を鳴らして彼女を睨み付けた。
「ふざけんな。俺はリッド様に忠誠を誓って、バルディアに骨を埋める覚悟をしてんだ。そんなの御免被るぜ」
「ミア……⁉」
即答してくれる彼女の姿を目の当たりにして、思わず目頭が熱くなった。
「ほう、即答で断っていいのか? 猫人族部族長……いや、獣王直属の部下になれる機会なんだぞ」
セクメトスが不敵に笑って聞き返すと、ミアは舌打ちをして切り出した。
「寝言は寝て言えよ、獣王様。そもそも、俺達を国から追いやっておきながら、使えそうだから戻ってこいなんてダサすぎるぜ」
「む……」
ミアの言葉にセクメトスが眉間に皺を寄せると、タバルが急に笑い出した。
「あっはは。セク、これは一本取られましたね」
緊張した雰囲気が一気に崩れていくなかで、ヨハンがミアを見つめながら唸った。
「リッドの部下はすごいな。母上に面と向かってあそこまで啖呵を切る奴は初めてだ」
「あ、あはは。そうだね、僕も驚いているよ」
ミアの負けん気の強さは、勝ち気な性格も相まって第二騎士団の中でも一、二位を争うほどだ。
とはいえ、猫人族部族長にして獣王のセクメトスを前にしても、ここまで動じず啖呵を切るのは凄い。
「まぁ、よかろう。どうやら、リッド殿は人望が厚いようだな」
「ありがとうございます」
僕は会釈して顔を上げると、威儀を正して咳払いをした。
「しかし、セクメトス殿。ミアはバルディア家……いえ、私にとって大事な仲間であり、家臣です。このような突然の申し出は困ります故、今後はご遠慮ください」
目を細めて圧を発すると、セクメトスが楽しそうに「ふふ」と噴き出した。
「わかった、気をつけよう。リッド殿、そう怖い顔をしないでくれ」
「これは異な事を申しますね。私のどこが怖い顔をしているのでしょうか」
僕と彼女が笑顔で視線を交えていると、タバルが間に入ってきた。
「リッド殿、セクもその辺で良いでしょう。時間はまだ残っていますし、訓練を再開してはいかがです。ミアも、そのつもりのようですよ」
「え……?」
ハッとしてミアに視線を向けると、彼女は口元を緩めた。
「リッド様、俺はまだまだ強くなれると確信したぜ。セクメトス……様との訓練を続けてもいい……ですか」
「あ、うん。もちろんだよ。セクメトス殿、お願いしてもよろしいですか」
「いいとも、久しぶりに気骨のある子に会えたからな。徹底的に鍛えてやる」
「へへ、こっちこそ望むところだぜ」
セクメトスが修練場の中央に悠然と歩き始めると、その後をミアが笑みを浮かべながら追っていく。
二人はそれから時間が許すまで訓練に明け暮れることになった。
◇
「ふわぁ、いよいよ明日にはここも出発か」
僕は部族長屋敷に用意された自室のベッドに腰掛け、欠伸をしながら背伸びをしていた。
セクメトスが行う獣化訓練が終わった僕達は、部族長屋敷でセクメトス達と夕食を取って現在に至っている。
意外だったのは、今日は懇親会が開かれなかったことだ。
『リッド殿達も長旅で疲れているでしょう。今日はゆっくり休んでください』
タバルが配慮してくれたらしく、僕達はその言葉に甘えて各々早めに休むことにした。
狸人族、牛人族、熊人族、鼠人族、猫人族と各領地を回ってきたけど、外遊の日程的にはまだ折り返し地点だ。
明日には猫人族領を出発して狼人族、猿人族、兎人族、鳥人族、馬人族を訪れていかなければならない。
ズベーラ王都で開かれた部族長会議後、今後における各部族との信頼関係構築と販路拡大のために各領地を回る予定を立てたことに後悔はない。
バルディアと新政グランドーク家が強固な繋がりを持つこと。
そして、バルディアは『行動』で示すということを内外に知らしめる目的もあったからだ。
「ただ、ちょっと予定を詰め過ぎたかなぁ」
考えを巡らせながら僕は深いため息を吐いた。
木炭車を利用して短期間でズベーラ国内を回れば、自然とバルディアの技術力を示せる……という考えは間違っていなかったと思うけど、実際にやってみると想像以上に疲労が蓄積していた。
おまけに各部族領で部族長達との会談、豪族達との懇親会と気が抜けない日々が続いている。
「……今日はゆっくり寝させてもらおう」
ベッドに仰向けに寝転んだその時、扉が丁寧に叩かれる。
こんな時間に誰だろうと首を捻ると、「リッド様」と扉越しにティンクの声が聞こえてきた。
なお、この部屋の前にはティンクとカペラが警護で立っている。
「リッド様、まだ起きていらっしゃいますか?」
「うん、どうしたの」
体を起こして返事をすると、彼女の戸惑った声が返ってきた。
「ヨハン様とアモン様がリッド様とお話しされたいと、こちらにいらっしゃっております」
「え……? ちょっと待って」
二人がこんな時間に訪れてくるなんて、何かあったんだろうか。
驚きつつも慌てて扉に駆け寄ると、取っ手に手を掛けた。
「リッド、遊びにきたぞ」
「ごめん、止められなかったんだ」
扉を開けると、そこには普段と違う寝間着姿で笑みを浮かべるヨハンと、呆れ顔のアモンが立っていた。
ヨハンはフード付きで桃色の猫っぽい着ぐるみの寝間着で、アモンは無地で質素なボタン式の半袖に長ズボン姿だ。
「えっと、どういう状況なの?」
僕が尋ねると、ヨハンが胸を張って前に出た。
「何を言っている、リッド。親友が同じ屋根の下で寝泊まりするんだぞ。となれば、しなければならないことがあるだろう」
「う、うん……? しないといけないこと?」
突拍子もない言葉に理解が追いつかずに困惑していると、ヨハンはにこりと白い八重歯を見せた。
「察しが悪いな。お泊まり会、つまりパジャマパーティーだ」
「ぱ、ぱじゃまぱーてぃー?」
僕は目を丸くして首を傾げていると、アモンが申し訳なさそうに頬を掻いた。
「とりあえず、部屋に入れてもらってもいいかな」
「あ、そうだね。どうぞ」
二人を部屋に招き入れると、僕はティンクにお茶菓子を用意するようお願いした。
彼女は「畏まりました。お屋敷の方にお願いしてきます」と会釈し、警護をカペラに任せてこの場を後にする。
部屋に備え付けられたソファーに腰掛けて机を囲むと、僕は「えっと……」と切り出した。
「パジャマパーティーって、どういうことなの?」
「そのまんまの意味だぞ。以前、豪族の子息から友人を自宅に招いた時、寝間着姿で夜通し語り明かして楽しかったと聞いたんだ。それから僕も親友ができたらやりたいと思っていたんだ」
「な、なるほどね。でも、どうしてアモンまで?」
「ヨハン殿の熱意に負けてね……」
僕の質問に彼がきまり悪そうに苦笑すると、ヨハンが耳を下げてしゅんとした。
「……明日にはリッドとアモンは出発しちゃうだろ。だから、今日を逃したらパジャマパーティーできる機会がないと思ったんだ」
「あぁ、そういうことね」
ようやく合点がいった。
猫人族の部族長にして獣王の息子という立場を持ち、かつ天賦の才に恵まれたヨハン。
ただ、彼はその立場と才能故に同年代の子達と上手く打ち解けていなかったみたいだし、様子を見る限りだと寂しい気持ちが先行してしまったんだろう。
ヨハンにとって僕とアモンは初めての友達らしいから、この機にやれることは何でもやっておきたい、と言ったところかな。
子供らしい可愛い理由に、僕は思わず「ふふ」と笑みが溢れてしまった。
「わかった。夜通しは厳しいけど、パジャマパーティーをやろうか」
「本当か⁉ さすが、リッド。僕の親友だ」
ヨハンは目をきらきらさせ、屈託のない笑みを浮かべた。
セクメトスをはじめ、部族長達とのやり取りもこんな感じなら平和なのになぁ。
「喜んでくれて何よりだよ。じゃあ、何を話そうか」
「甘いな、リッド。僕が読んだ様々な書物によると『パジャマパーティーの話題』は一択だそうだ」
「一択……?」
僕とアモンが顔を見合わすと、ヨハンはドヤ顔で胸を張った。
「ずばり、恋バナだ」
「恋バナ……? 恋バナ⁉」
僕達が目を丸くして聞き返したその時、部屋の扉が丁寧に叩かれた。




