闇夜の衝突・リッドとメモリーの戦略
「なるほど、ね。手加減、痛み入るよ」
背中にぞくりと戦慄が走った。
木刀を扱う僕と戦うため、ヨハンは旋棍【トンファー】をつい最近扱い始めたという。
今の彼は本気であっても、実力をすべて出し切れる状態ではないということだ。
現状でも苦戦を強いられているというのに、ヨハンの真の実力はもっと上ということか。
木刀を握る手に力が入ったその時、『リッド、待たせたね』と脳裏にメモリーの声が響き、影法師が復活して僕の隣に並び立った。
「今度はさっきのようにはいかないよ」
「これで形勢逆転かな」
影法師のメモリーと僕が睨みを利かせると、ヨハンは白い八重歯を見せた。
「時間をかけ過ぎたか。でも、また壊すまでだ……こんな風にね」
彼はその場を跳躍し、凄まじい勢いで間合いを詰めてくる。
「同じ失敗は繰り返さない。影法師、今度は一緒に攻めるよ」
「わかった」
ヨハンの激しい攻めに、僕とメモリーは二人で対応していく。
あえて僕が少し前に出て防御に徹しつつ上半身を狙って反撃、メモリーも防御に徹しつつ魔法主体で下半身を狙って反撃を繰り出していく。
僕とメモリーは視界と思考をある程度共有している。
いくら彼の身体能力が高くても上半身と下半身を同時に攻めれば、いずれ動きに綻びが生まれるはずだ。
木刀と旋棍が打ち合い、魔法と魔障壁の衝突で爆音と爆煙が立ち上がる。
身体強化・烈火と獅子化を発動している僕達が動くことで、魔波が突風となって吹き荒れた。
修練場に僕達とヨハンの激しい攻防による轟音が絶え間なく響き渡っていく。
「はは、最高だ。もっとだ、もっと僕を楽しませてくれ。本気を引き出してくれ」
「この状況で随分と余裕だね、ヨハン」
僕が皮肉っぽく答えると、彼は屈託のない笑みを浮かべた。
「余裕じゃないぞ。これは歓喜しているんだ。やっと実力を出せる好敵手【ライバル】に、リッドに出会えたことにな」
「なんだい、ヨハン。君って友達がいなかったのか」
メモリーが呆れたように答えると、ヨハンはかっと顔を赤くした。
「う、うるさい。僕にだって友達ぐらいはいるぞ。そう、百人ぐらいはな」
どうやら友達がいないというのは図星だったらしい。
若干、彼の動きに乱れが生じた。
その隙を突いて僕は至近距離で魔障壁を発動し、間合いを取るべくヨハンを吹き飛ばす。
「ぐ……⁉」
彼は空中で受け身を取って地上に降り立ち、即座に構えを取った。
一対二の状況でも獅子化したヨハンの動きは止まらない。
むしろ、彼の動きはどんどん良くなっている。
魔力支援体を実体化させておくのもそろそろ限界だ。
『メモリー、次で決める。やることはわかっているね』
ヨハンに作戦がばれないよう、僕は脳裏で呼びかけた。
『了解。でも、これで本当にいけるのかい?』
『うん。相当な訓練を積んでいたとしても、対応は難しいはずだよ。それに君の挑発で少し冷静を欠いたみたいだからね』
少し離れた場所で構えるヨハンは、むすっと頬を膨らませている。
友達がいない、という指摘は彼の心にくるものがあるらしい。
獣王の息子にして天賦の才を持つヨハン。
でも、同年代の子達が持つであろう友人だけは得られなかった、ということは彼にとって大きな悩みだったのかもしれない。
「……今のはずるいぞ」
ヨハンが口を尖らせ、棘のある口調でこちらを睨んできた。
「何を怒っているのさ、ただの冗談だろ。それに友達百人いるなら、気にすることもないんじゃない?」
影法師が呆れ顔でやれやれと肩を竦めると、ヨハンが「な……⁉」と耳と尻尾をぴんとさせて目を瞬いた。
「い、言わせておけば。リッドだって、そんな真っ黒な自分を作りだして話し相手にするなんて、見かけによらず実は根暗っ子じゃないのか」
「僕が根暗っ子……」
彼をびしっとこちらに向かって人差し指を向けた。
記憶を取り戻す前の僕は、将来的に闇堕ちして断罪されている。
メモリーの人格は僕の記憶を元に形成されたという事実を鑑みるに、僕の本質は根暗で皮肉を好む毒舌家なのかもしれない。
「ふふ、言い得て妙かもしれないね」
「失礼だね、リッド。僕は断じて『根暗で皮肉を好む毒舌家』ではないよ」
「はは、そうだね。ごめんよ、影法師」
噴き出して笑ってしまうと、メモリーがむすっと口を尖らせてそっぽを向いてしまう。
僕達のやり取りを見ていたヨハンはきょとんとして首を捻った。
「なんだ怒らないのか?」
「まぁ、誰でも根暗な部分はあると思うし、時折影法師に話し相手になってもらっているのも事実だからね」
話し相手というよりも相談相手だけどね。
「そ、そうか。人は見かけによらないんだな。だけど、僕はそんなことでリッドを嫌いになったりしないぞ。何せ『大親友の好敵手【ライバル】』だからな」
ヨハンはドヤ顔で胸を張った。
いつの間にか、彼の中で僕は友達から大親友に格上げされたようだ。
でも、悪い気はしない。
むしろ、どちらかといえば嬉しい気がする。
「ありがとう、ヨハン。でも、さすがに夜も更けてきた。次で終わりにさせてもらう」
「はは、それもそうだな。だが、僕の勝ちで終わらせてもらうぞ」
僕とメモリーが構え、ヨハンが不敵に笑って構えた。
月明かりが照らす修練場には静寂が訪れ、夜風が吹いて砂埃を巻き上げている。
やがて、雲が月明かりを隠したその瞬間、ヨハンの額の汗が伝って彼の目に入った。
「……⁉」
「今だ!」
反射的にヨハンが瞬きしたその隙を見逃さなかった。
僕は水属性と火属性の魔法を掛け合わせて大量の白煙を起こし、間合いを詰めるべく跳躍する。
「この盤面で目眩ましか。リッドの手数の多さには驚かされるよ。でも、僕の鼻を甘く見ないことだ」
ヨハンは鼻先をぴくりとさせ、白煙の一点を見据えた。
「この香り……そこか!」
「ご名答」
僕は返事をしながら勢いよく白煙から抜け出し、ヨハンとの間合いを一気に詰めていく。
「リッド一人か。影法師に白煙の中から援護させるつもりだな」
「残念、外れ」
間近に迫った瞬間、僕が右に飛ぶと背後にいた影法師が姿を現す。
「影法師が本命か」
「残念、それも外れ」
目を丸くして構えるヨハンだが、メモリーは目を細めて左に飛んだ。
「な、なんだと……⁉」
目の前に迫った僕達が瞬時に左右へ別れたことで、ヨハンの思考と動きが止まった。
僕とメモリーのどちらを追うべきかという迷いが生まれ、判断が遅れて体が硬直したのだ。
白煙を生み出したのは、僕とメモリーが一直線に並んだことを悟られないようにするための目眩ましに過ぎない。
右に飛んだ僕は即座に隙の出来たヨハンへ木刀を振るったが、旋棍で防がれてしまい修練場に乾いた音が響き渡る。
「ぐ……⁉ 残念だったな。鋭い一撃だが、止められないほどじゃ……」
僕の一撃を咄嗟に止めたヨハンは勝ち誇ったように笑うが、僕も目を細めた。
「またまた残念。これも本命じゃないんだ」
「なに……?」
ヨハンがきょとんとしたその時、「飛べ」という声が聞こえた。
ハッとしたヨハンが見やれば、そこには地面に両手を突いた影法師が口元を緩めている。
間もなく、ヨハンの足下の地面が盛り上がり、彼を胸に向けて土で生成された杭が飛び出した。
通常のヨハンであれば、この魔法にも反応して回避行動が取れただろう。
だが、虚を突かれたことで無理な体勢で僕の木刀を受けてしまい、メモリーへの意識も若干薄れていたために回避できる状態ではない。
「し、しまった……⁉」
ヨハンが目を見開いた次の瞬間、杭に押し出されるように彼は宙に勢いよく舞い上がった。
魔障壁を張ったようだが、あれはダメージは防げても衝撃を無効化することはできない。




