塩
「……何故だ。何故このようなことに……」
ノリスは絶望に染まった顔を手で覆い隠して椅子に腰かけながら一人項垂れて呟いていた。
魔法披露の場でノリスはリッドを怒らせた。
だが、それは決して触れてはいけない竜の髭を撫で虎の尾を踏む行為だった。
まさか、あれほどの魔法の使い手とは思っていなかった。
そもそも、手助けをするからリッドを怒らすようにと指示を出してきたあの方は結局、何もしてくれなかった。
そして、エリアスの命令により、兵士達に捕らえられて今は「城」の中にある軟禁部屋に入られた。
平民などが入る牢などとは違い、華族以上の罪人が入れられる部屋である。
大きさもある程度あり、ソファーやベッドなどもあった。
だが、この部屋には華族達の間で、ある異名があった。
「幽明の部屋」入ったら最後、待っているのは暗殺と謀殺。
どちらにしても近い将来、死が訪れると言われている部屋だ。
そして、その異名が事実に近いことであることをノリスは知っていた。
彼はここに来た時に、絶句して絶望した。
あれだけのことがあったとはいえ、自分はまだ生き残れる。
「あの方」もいると思っていたからだ。
だが、連れてこられたのは「幽明の部屋」だった。
「私は……私はまだ死ぬわけにはいかない。私にはまだなすべきことがある……‼」
そう呟いた時だった。
ドアの外から兵士の声が聞こえてくる。
「エリアス陛下がお入りになられます」
部屋のドアはノックもされず、開かれてエリアスが入室する。
他にもフードを被った人物がエリアスの後ろから部屋に入って来た。
ノリスはエリアスをみると、即座に彼の前に出て土下座して謝罪をした。
「エリアス陛下、この度は大変申し訳ありません‼ ですが、これも国の為に行ったことでございます。それに、私は「ある方」より指示を受けたに過ぎません‼ どうか、命ばかりはお助け願います‼」
土下座しているノリスの今の姿はアスナの切った髪の部分が丸見えだ。
おかげで河童スタイルの髪型が誇張されるようで彼の滑稽さを際立てている。
土下座しているノリスに対して、部屋に入ったフードの男が静かに近づいた。
そして、彼の横にしゃがみ込むとノリスの喉元を片手で締めて立ち上がりながら、持ち上げた。
「ぐぅ‼ な……にを……?」
締め上げられながらフードを被った男の顔を見てノリスに戦慄が走り、慄きながら呟いた。
「ザッ…ク……リバー…トン⁉」
ノリスが呟いた瞬間、ザックは彼を壁に向かって投げつけた。
「ぐぁあ‼」
壁に人がぶつかり、重く低い音が部屋に響いた。
「……ザック、あまり手荒なことはするな」
「すみません。出入口の前で土下座されては邪魔だったもので……」
エリアスが宥めるとザックはフードを脱いだ。
ザックは普段と同じで物腰は柔らかそうだが、その目は冷たい印象しかない。
普段の彼とは違う不気味さを生んでいた。
ノリスは咳込みながら、何が何だかわからないと言う顔をしていた。
エリアスがここに来るのはわかる。
だが、ザック・リバートンは極一部の者にしか知られていないが暗部の最高権力者だ。
そんな人物がここまで来る理由がわからない。
混乱しているノリスの様子を見たエリアスは首を横に振ると冷たく言い放った。
「貴様も一応この国に長く貢献してくれた家臣だ。冥途の土産に説明ぐらいしてやろうということだ」
「……説明だと?」
ノリスは壁に叩きつけられた衝撃でまだ起き上がれないが、怪訝な顔を浮かべてエリアスを見ていた。
彼の様子にニヤリと笑ったエリアスはザックに向かって言った。
「説明してやれ、ザック」
「はぁ……エリアス陛下も人が悪い」
ため息を吐いてやれやれと言った様子のザックはノリスに向かってある説明を始めた。
それは、バルスト事変後の帝国と同盟を結んだ時まで遡ることになった。
当時、帝国から表向きは同盟だが密約で属国の内容の通告を受け取った。
その時、ノリスを含めた一部の華族達が非常に反発をした。
エリアスはそれを宥めつつ、国として生き残るために属国を受け入れた。
だが、帝国と密約を結んだ後、国内政治は不安定となった。
それは、帝国との同盟を受け入れられない一部の華族が原因だった。
そこで、エリアスは一計を案じた。
帝国との同盟に不満を持つ者達であえて派閥を作らせて、時が来たらまとめて処分するという内容だ。
そして、その神輿として選ばれたのがノリスだったのだ。
だからこそ、他の者でも通らない主張がノリスであれば通りやすいようにした。
そして、派閥のトップに君臨出来るようにエリアスやザックが裏から手を回していたのだ。
だからこそ、エリアスはノリスの意見をないがしろに出来ないジレンマが出来て頭を抱える結果になったのだが。
ザックから話を聞いてノリスの顔は青ざめていた。
そして、立ち上がると声を震わせながらエリアスに向かって言った。
「ば、馬鹿な‼ そんな馬鹿なことがあるわけがない‼」
「誰かに言われたはずだ、「我々がお前を利用しているのだ」と、ノリス、お前のおかげでこの国に巣くう面倒な輩達の詳細がわかった。礼を言うぞ?」
ノリスはエリアスに言われてハッとした、そして苦々し気に質問した。
「……あの、近づいてきた「影」も元からそちら側だったのか……‼」
その言葉を聞いたザックは手で合図をした。
すると、ノリスの影からヌッと黒装束で身を包んだ人物が現れた。
ノリスはその様子に呆気にとられてしまった。
ザックは何事もなかったように黒装束に身を包んでいる人物に声をかけた。
「カペラ、長年ご苦労でしたね。君とノリス殿のおかげで、必要な反対派の華族達の情報はすべて集めることができました。あとは粛清するのみです」
「……⁉ 粛清だと‼ そのようなことが出来るはずがない‼ それこそ、この国の要人がいなくなってしまうのだぞ‼」
ノリスは自分達がいなければ国は回らないと考えており、粛清など起きれば国として成り立たないと言いたいのだろう。
だが、その言葉にエリアスは呆れたように言葉を返した。
「それこそ、驕りというものだ。我々、ダークエルフは長寿ゆえに国の要人の世代交代が遅くなりやすいという部分がある。貴様たちの派閥はまさにその集まりだ。お前たちはもはや老獪ではない。この国にとってはもう老害となっているのだ」
「な、なんだと‼」
怒りで顔が赤くなっていくノリスに対してエリアスは言葉を続ける。
「まだわからぬか? リッド殿にも言われたはずだ、未来を創るのは老人ではない。とな?」
「……⁉ な、何故それを知っている⁉」
ノリスはリッドとの会話を何故、エリアスが知っているのか?
と、驚愕したがその瞬間、カペラと呼ばれた影に目が行った。
その時ふとした疑問が頭をよぎる。
カペラと呼ばれた者は一体いつから自分の影に潜んでいたのか。
そしてザックの言葉、「長年ご苦労だった」という言葉を思い出して、全身に悪寒が走った。
その様子にエリアスは満足そうに答えた。
「そうだ。貴様の行動はすべて監視されていたのだよ。ノリス」
「……‼」
エリアスの言葉でノリスは下唇を噛みしめた。
自分は踊らされていたのか?
いや、そんなはずはない。
そうであればレイシスの件はどうなるのだ?
本当にすべてが監視されていたなら、王子を手駒に出来るはずがない。
そう考えてノリスは言った。
「……虚言だ‼ もし私を監視していたというならレイシス王子のことはどう説明するつもりだ‼」
「レイシスか。確かに貴様にあそこまで心酔したのは予想外だったが、貴様にとっては行動を起こす起爆剤。良い目くらましになったであろう?」
「な……なんだと? 王子すら囮に使ったというのか‼」
レイシスを囮に使ったと聞いて驚きを隠せない様子のノリスに対して、エリアスは言葉を続けた。
「それが王たるものだ。国を守り、民を守るとはこういうことだ。貴様程度に踊らされ、妄信するようではどの道、王にはなれん。まぁ、リッド殿に改心させられた今のレイシスなら少しは見込みがありそうだがな」
「……最後に一つ聞きたい。あの方、エルティア様もそちら側なのか……?」
手を貸すと言った「あの方」、エルティアが味方であればまだ何とかなる。
ノリスはすがるような思いで言葉を紡いだ。
だが、エリアスは即答した。
「無論だ。貴様だけ何も知らなかったのだよ。ノリス」
エリアスの言葉を聞いてノリスは、絶望してその場にへたり込むと力なく呟いた。
「私は……本当に泳がされ、掌の上で踊らされていただけだったのか……⁉」
その場にいた、ノリス以外の三人はその様子に溜飲を下げた様子をしていた。
そして、エリアスは冷たく言い放った。
「貴様のしたことは国家反逆罪相当のものだ、どの道助からん。そして、貴様には二つの死に方がある」
エリアスの言葉をノリスは項垂れて、力なく聞いている。
「一つは、明日の朝この部屋で暗殺される。二つ目は、この薬で自害することだ。お勧めは二つ目だな。この薬は眠る様にあの世に行けるらしいぞ。そうだな、ザック?」
話を振られたザックは静かに頷いた。
そして、エリアスはノリスの近くにその薬を置くと、吐き捨てるように言った。
「貴様に残された時間はわずかだ。せいぜい、自分の愚かさを呪うが良い」
言い終えると、エリアスはノリスに背を向けて、部屋のドアに向かい歩き始めた。
◇
ノリスは絶望と怒りで混乱していた。
(ふざけるな、エリアス、貴様など王ではない。王であるはずがない‼ そうだ、レイシスを王にして、私が摂政となり国を導けば良いのだ‼ その為にもエリアス、貴様は邪魔だ‼)
もはや、ノリスの中にあるのはエリアスへの憎悪だけだった。
エリアスが部屋を出ようとした瞬間、ノリスは怒気を含んだ大声で叫んだ。
「エリアァァアアアス‼」
その言葉にエリアスは怪訝な顔で振り返った。
すると、ノリスが怒り狂った表情で魔法を発動する構えを取っていた。
ザックとカペラが庇おうとするが、エリアスはそれを制止した。
そして、ノリスが再度、怒り狂ったまま大声で叫んだ。
「貴様は、私に殺されるべきなんだぁぁあああああ‼」
「……‼ 痴れ者がぁぁああああ‼」
ノリスが魔法を発動しようとした時、エリアスは腰の刀を力なく握った。
そして、身体強化で瞬時に彼の懐に入り込むと、その勢いのまま居合で横一線に薙ぎ払った。
「ば……か…な……」
ノリスが小さく、苦しそうに呟いた。
これが彼の最期の言葉だった。
エリアスは刀身に付いた血のりを振り払ってから刀を鞘に納めた。
それと同時にノリスの体は上半身と下半身の二つに分かれて崩れ落ちた。
そして、その場には大きな血だまりが出来上がった。
「お見事です」
一連の動きを見ていたザックがエリアスに声をかけた。
エリアスの動きは一瞬だった。
その為、ノリスは魔法を発動することは出来なかった。
「茶化すな……まさか、ここまで愚かとはな」
エリアスはザックに向かって返事をしたあと、彼らに指示を出した。
「この死体を片付けろ。ノリスの死を公表するのは、今回のバルディア家の訪問が終わってからだ。それまでは……腐らぬように死体を塩漬けにでもしておけ‼」
「……承知致しました」
ザックとカペラの二人はエリアスの指示に返事をすると一礼をした。
そして、エリアスは部屋を出ていくのであった。
帝国の属国に不満を抱き、エゴと利己的な悪意で活動し続けた男の最期は皮肉にも、属国の原因となった物に漬け込まれる、塩漬けだった。
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