猫人族との会談
「リッド、この先が会議室だぞ」
先導してくれていたヨハンが豪華な装飾が施された両開きらしい扉の前で足を止めた。
扉の両隣には傷だらけの厳つい顔に加え、鋭い目付きをした猫人族の戦士達が、先が割れた『刺股【さすまた】』のような武器を構えている。
ただし、その武器は前世で見慣れた先が丸い刺股ではなく、時代劇とかで使われるような鋭い棘が施されているものだ。
この人達に睨まれたら、武官じゃない一般人は怖じ気づきそうだなぁ。
皆の顔を見渡してみるがアモンやクリスをはじめ、カペラ、ティンク、エマ、その他の面々も含めて怖気づくような素振りを見せる者はいない。
まぁ、この程度の威圧感なら当然か。
これまでに、もっと圧を掛けられたこともあるからね。
「案内してくれてありがとう、ヨハン」
僕がお礼を告げると、彼はにこっと白い八重歯を見せた。
「会議に参加する豪族達は、揃いも揃って可愛い顔をしているから楽しみにしていてくれ」
「それは楽しみだね」
可愛い顔付きのヨハンが『可愛い』というぐらいだから、豪族達はこちらの戦士達とは違った雰囲気なのかもしれない。
僕達のやり取りを横目に、戦士達が扉をゆっくりと開けていく。
そして、ヨハンに次いで僕達が会議室に足を踏み入れた。
室内には大きな長机が置かれ、上座にセクメトスとタバルが並んで座っている。
その周囲を怖面の豪族達が腕を組んで顔を顰めていた。
これが、可愛い……? ヨハンの美的感覚に戸惑いを覚えつつ、僕はそれとなく彼等を見渡した。
豪族達は僕やアモンが着た軍服と似た服を着ているが、人によっては上着が長袖ではなく半袖もしくは袖なし、軍帽の有無という違いがある。
でも、誰も彼もが顔や腕に何かしらの傷跡があった。
多分、過去におけるトーガとの小競り合いによるものだろう。
ぱっと見ただけでも切り傷、矢傷、火傷の跡、魔法傷……指が欠損している人も見受けられた。
「どうだ、リッド。戦士らしい可愛い顔付きだろう」
「そ、そうだね」
ドヤ顔を浮かべるヨハンに相槌を打つと、豪族達が一斉にこちらに鋭い眼差しを向けて凄んできた。
まるで、任侠映画における鉄火場や修羅場を彷彿させる迫力だ。
「じゃあ、リッド達はここに座ってくれ。僕は母上と父上のところにいくから」
「う、うん。わかった」
ヨハンが颯爽と部屋の中を歩き始めると、セクメトスがにやりと口元を緩めた。
「三人ともよく似合っているじゃないか」
「ありがとうございます、セクメトス殿」
僕は会釈すると、その流れで用意されていた席に腰かける。
両隣の席にはアモンとクリスがそれぞれ座った。
「皆様揃いましたので、会談をはじめましょう」
タバルはにこりと目を細めると、「では……」と優しくのんびりした口調で切り出した。
「はい、よろしくお願いします」
さぁ、気合を入れて行こう。
会場全体から鋭い視線を向けられるなか、僕は威儀を正して構えた。
クリスやアモン、他の皆も同様だ。
でも、セクメトスとタバルからはあまり覇気というか、意気込みや圧を感じないのは何故だろうか。
どちらかといえば、王都で行われた部族長会議のほうがセクメトスの圧は強かった気がする。
何か企んでいるのかもしれない……身構えていると、タバルが「ふふ……」と笑みを溢した。
「そう警戒しないでください。我々の要望はすでにルヴァがリッド殿にお伝えし、交渉はほとんど成立しております」
「えっと……それはどういうことでしょうか?」
思いがけない答えに僕達は顔を見合わせると、セクメトスが口火を切った。
「ルヴァから道路整備発注と補給物資についての要望があっただろう」
「えぇ、それは確かにありましたが……」
僕が聞き返すと、彼女はにやりと笑った。
「我らにとって、それらが一番重要な案件だったのさ。万が一、ルヴァの交渉が芳しくなかった場合、我々がこの場で貴殿達と再び交渉する予定だったからな」
「……つまり、重要な案件ゆえに二段構えの会談を予定していた、ということでしょうか」
「その通りです」
タバルが僕の問い掛けに頷いた。
「我らの領地はトーガと国境で小競り合いが絶えません。国内から物資をできるかぎり集めていますが、正直なところ国境警備にはかなりの費用と物資が必要でしてね。バルディアの道路整備は是が非でもお願いしたいところだったんですよ」
「しかし、どうしてそのようなことをされたのでしょう。それなら最初からルヴァ殿との会談に皆様も同席すればよかったのではありませんか」
アモンが首を捻ると、セクメトスが不敵に笑い出した。
「私が同席したら貴殿達は構えただろう。そうなれば、良い結果が生まれにくいと考えたまでだ。だからこそ、二段構えの会談を考えていたまでさ」
彼女はそう告げると、意味深な視線をこちらに向けてきた。
「すでに結果はルヴァから連絡を受けているが……『良心的な金額』だったな。もっと足元を見られるかと思っていたよ」
彼女の言い方からしてルヴァが与えられていた予算は、こちらの想定以上に高かったのかもしれない。
さすが国営の一部を任されている部族長、一本取られていたということだろう。
でも、これで全体的に会議の圧が弱いことに合点がいった。
セクメトスやタバルにとって国境維持のため、補給路整備というのは死活問題だったことは想像に難くない。
最悪、ルヴァと僕達が破談した場合に備えていたんだろうけど、蓋を開けてみれば補給路整備の交渉は無事に終わったわけだ。
重要議題が一つ解決できているのであれば、多少弛緩した雰囲気も頷ける。
しかし、ここで感情的になったり、気を抜いてはいけない。
セクメトスには、これまでの会談で煮え湯を飲まされているからだ。
僕は動じず、にこりと目を細めた。
「……今回は両家両国の信頼関係構築を優先したからこその『金額』です。その意図を汲んでいただき、無茶な要望は控えていただきたく存じますね」
「安心してくれ。貴殿達には色々と苦労を掛けたからな。できるかぎり、無茶な要求はしないつもりだよ。今後、我らとバルディアの協力体制を中心とした形式上の確認が重点となるだろう。それよりも……」
セクメトスは肩を竦めて受け流すと、視線をアモンへと向けた。
「今回の会談はバルディア家より、グランドーク家が重要になるだろう」
「どういう意味でしょうか」
アモンが眉をぴくりとさせて訝しむと、タバルが咳払いをして耳目を集めた。
「旧グランドーク家は、自領で生産した武具を全て自領の軍拡に当てていましてね。特にここ数年、こちらに提供する武具をかなり渋っていたんですよ。そのため、我らが使用する武具の多くはバルストやサフロン商会を経由して仕入れざるを得ませんでした。その点を改善できれば……という状況です」
「なるほど、畏まりました。それでは必要な武具をこの会談で発注いただければ、すぐにでも生産に取り掛かりましょう」
「そう言っていただけると助かります」
タバルはにこりと微笑むが、僕はすっと手を挙げた。
「少しよろしいでしょうか」
「構いませんよ。どうかされましたか」
彼とセクメトス、豪族達の耳目がこちらに集まった。
「ズベーラの軍備に口を挟むつもりはありませんが、グランドーク家はバルディア家と技術提携をしております。その点を踏まえた価格となることは、ご理解いただいているという認識でよろしいでしょうか」
僕の言葉に豪族達が眉をぴくりとさせ、中にはあからさまに顔を顰める人もいた。
やっぱり、バルディアの技術を流用した武具を今までと同じ価格帯で仕入れようという思惑があったらしい。




