セクメトスの夫
「タバル、一応という言葉は不要だろう。私とお前は相思相愛なんだからな」
「はは、そうだね。ごめんよ、セク」
セクメトスが肩を竦めると、タバルはにこりと微笑みながら頬を掻いた。
僕達の前でも自然と愛称で呼んでいる様子や雰囲気から察するに、相思相愛というのは本当のようだ。
二人の会話を見聞きしていると、脳裏に父上と母上の姿がよぎった。
古今東西、相思相愛な様はどこでも似たような雰囲気が醸し出されるらしい。
思わず「ふふ」と笑みがこぼれてしまい、タバルが首を傾げた。
「……リッド殿、どうかされましたか?」
「いえ、お二人のやり取りに故郷の両親を思い出しまして」
僕は咳払いをすると、姿勢を正した。
「改めて、リッド・バルディアです。タバル殿、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
僕とタバルが握手を交わすと、彼は「ところで……」と切り出した。
「私達を見てご両親を思い出した、というのは?」
「えっと、想い合っている姿から醸し出される空気とでも申しましょうか。よく似ておりましたので、つい……」
姉さん女房ならぬ姐さん女房……なんていったら怒られるだろうなぁ。
誤魔化すように苦笑していると、セクメトスがにやりと口元を緩めた。
「愛妻家として有名なバルディア家のリッド殿にそう言われると嬉しい限りだ。ライナー殿は奥方よりも確か年上だったな」
「はい、その通りです」
父上は母上より年上だけど年齢はそこまで離れておらず、二人はお見合いを経て結婚したと聞いている。
それにしても、バルディア家って『愛妻家として有名』なのか。
でも、まぁ、あながち間違ってはいないし、わざわざ訂正しないでいいだろう。
「つまり、私達とは逆ということだな」
「え……?」
僕は目を瞬いた。
『逆』ということはセクメトスが年下で、タバルが年上ということになる。
しかし、とてもそうは見えない。
セクメトスは長身と体格からくる威圧感は凄まじく、顔半分を覆う銀仮面に薄い青色の瞳が鋭い眼光を放っていて、まさに獣王という風格だ。
一方、タバルは彼女と比べると小柄で体格は細い上に童顔。
金色の長髪だし、背後や遠目から見れば女性と見間違う容姿である。
それなのに彼の方が年上というのは意外というほかなかった。
「どうした、リッド殿。私達の顔に何かついているか?」
あからさまに見過ぎてしまったのか、セクメトスが首を傾げてしまった。
ここは下手に繕うよりも、素直に言った方がいいかもしれない。
「あ、あはは。申し訳ありません、セクメトス殿が年上と思ったものですから、少し驚きまして」
「あぁ、そのことか。皆そう言うよ。私もタバルと初めて会った時、年下だと思ったぐらいだからな。他の者がそう思うのも無理はない」
彼女は肩をすくめるが、「しかし……」と低い声で切り出した。
「タバルは猫人族の豪族達をまとめ、政務で裏から支えてくれている。それこそトーガとの国境維持ができているのは、タバルの管理能力によるところが大きい。ルヴァに負けず劣らず、しっかり者で頼もしい夫だよ」
セクメトスは彼を抱き寄せて頭をなで始める。
これはあれか、猫同士の毛繕い的なやつかな。
しかし、夫婦というよりは猛獣が猫をあやしているみたい。
「やめてくれよ、セク」
「いいじゃないか、タバル」
来賓の前だというのに、セクメトスは彼の頭を撫でるのをやめようとしない。
むしろ、見せつけている感じもするなぁ。
タバルはため息を吐くと、こちらを見やって目を細めた。
「今はこんな感じだけど、幼い頃のセクはそれはもう可愛らしくてあどけない女の子だったんだよ」
「え、そうなんですか」
この獣王があどけない女の子だった……そりゃ、誰だって子どもの頃はあるだろうけどさ。
とても信じられず、セクメトスを二度見してしまった。
すると、タバルがふっと口元を緩める。
「まぁ、強引なところも昔から変わらないけどね」
「はは、そんな頃もあったな。しかし、タバル。強引というのは余計だぞ」
セクメトスは豪快に笑い飛ばしながら、彼の背中を力強く何度も叩いている。
叩く音からして結構な力だろうが、タバルは全く動じていない。
この人も、やっぱり只者ではなさそうだ。
彼は肩を竦めると「さて……」と話頭を転じた。
「それでは、そろそろ部屋にご案内しましょう。いいかな、セク」
「あぁ、構わんぞ」
セクメトスは頷くと不敵に笑ってこちらを見やった。
「ちなみに文化交流の話はこちらでも聞き及んでいる。リッド殿にクリス殿、アモンには猫人族の民族衣装を用意させているからそのつもりでな」
「やっぱりここでもそうなるんですね」
アモンと一緒に呆れ顔を浮かべていると、「いいじゃないですか、リッド様」とクリスが顔を耳元に寄せてきた。
「……知り合いの衣装屋に民族衣装を着たリッド様とアモン様の簡単な絵を送ったところ、服の現物が見たいと、評判は上々。良い商機になりそうですよ」
「相変わらず動きが速いね」
僕があちこちで着ることになっているズベーラの民族衣装だけど、その作りは帝国文化にないものだ。
帝国貴族の社交界において『デザイン性の優れた新しくも美しいドレス』の需要は常にある。
なお、その最先端を走っているのが『グレーズ・ラザヴィル公爵』が自らデザインして作るというドレスの数々だ。
しかし、新進気鋭の若者達は彼女に立ち向かうべく、次々と新しいデザインも生み出しているという。
クリスが民族衣装の絵を送ったという衣装屋というのは、そうした若者達が集っている商会だそうだ。
ズベーラの民族衣装に施されている細かい刺繍や独特の配色は、帝国の発想にないものが多い。
それらが若者達の刺激になってより良いドレスが生み出されれば、いずれはラザヴィル公爵家に並ぶ人気のドレスを作れるようになる可能性もある。
民族衣装それ自体が売れてもよし、若者達が将来的にグレーズ公爵に負けないドレスを作り出す遠因になればなおよしだ。
でも、それはそれとして、耳元で語るクリスの顔を見やると彼女の瞳には『お金』が浮かんでいて、すっかり商人の顔になっている。
当初、民族衣装を着ることになった時は彼女も困惑していたのに。
「もちろんです。こういうことは迅速に動かないといけませんからね」
「ありがとう。じゃあ、気を取り直して頑張るよ」
僕がクリスに答えたその時、ヨハンがこちらに駆け寄ってきた。
「リッド、それにアモン。僕も君達の着替えを手伝うからな。何か分からないことがあったら何でも聞いてくれ」
「……ありがとう、ヨハン」
「はは、お手柔らかに頼むよ」
「任せてくれ!」
僕が頷くと、続けてアモンが頬を掻いて苦笑した。
ヨハンはドヤ顔で胸を張っているけど。
「では、皆様。こちらです」
タバルはこちらに背を向けると、先導するように歩き始める。
僕達一行はその後を追い、屋敷へと入っていった。




