猫人族領
鼠人族領内にある部族長屋敷から出発して約丸一日が経過。僕達は猫人族領内に入っている。
道中の関所では猫人族に限らず、他部族の戦士や人族の兵士も検問を行っていたから少し驚いた。
彼等に声を掛けてみたところ、獣人族は正規兵で人族は傭兵だそうだ。
トーガとの小競り合い続く猫人族領では、獣人族に限らず優秀で信頼のおける人族と判断されれば傭兵として雇ってくれるらしい。
バルディア家の一行が通ることは事前に通知されていたらしく、何事もなく通行できた。
牛人族、熊人族、鼠人族領は南方の遠くに山が見え、道の脇には緑あふれる木々や綺麗な小川があってのどかな雰囲気があった。
一方、猫人族領は道の脇に木々はあまり見られず、川も近くにはない。
道路が他領よりも整備されているせいかもしれないが、目に入ってくる光景は少々荒れた草原という感じだろうか。
途中で寄った村や町は、木材や石で作られた外壁や外堀が作られていた。
多分、トーガに攻められても対抗できるようにだろう。
村や町の中はどこも活気に溢れていたが、今までで一番荒々しい雰囲気だった。
武装した戦士や傭兵が道の真ん中を堂々と歩き、彼等に向かって可愛らしい猫人族の少女がお店に寄っていくよう声かけをする姿をよく見かけた。
「そこのお兄さん達。うちでご飯、食べていきなよ。サービスするよ」
「確かに美味そうな香りだな。へへ、でも、飯よりもお嬢ちゃんのほうが……」
鼻を伸ばした人族の戦士達が口元をにやつかせた。
すると、店の中から2mは超えようかという身長に加え、筋肉もりもりな厳つい顔をした猫人族のコックがぬっと現れ、戦士達はぎょっとして目を瞬いた。
「おや、お兄さん。うちの店の香りが気に入ってくれたみたいだな。さぁ、食べていってくれ」
「い、いや、俺達は……」
「まさか、俺の娘によからぬことを考えていたんじゃあるまいな」
厳つい猫人族が凄みを利かせると、人族の戦士達は震え上がって頭を振った。
「いやいや、そんなことあるわけないだろ」
「そうだろう、そうだろう。さぁ、店に入った入った」
「はーい。四名様、ごあんなーい」
とまぁ、こんな感じの似たようなやり取りが、あちこちで行われているわけだ。
他にも武具や食料品が並ぶ店舗の前では、商人達の気風の良い語り口調で商品案内をしていた。
時折、どこかで喧嘩でもしているのか怒号も聞こえてくるし、まさに戦士と傭兵が多く過ごす領地という感じだ。
「……何だか、どこも荒くれ者の町って感じだね」
「そうですね。でも、国同士の小競り合いが多い領地には自然と冒険者や傭兵が集まりますから、どこも似たような感じですよ」
車窓から街並みを見つめながら呟くと、ティンクが答えてくれた。
彼女はバルディア家に属する前は冒険者として大陸を渡り歩いていたらしいから、その辺りは詳しそうだ。
「へぇ、そうなんだね」
僕は相槌を打ちつつも、「あれ……」と首を捻った。
「でも、バルディアも他国と国境を構えているけどさ。荒々しい雰囲気はなかったような気がする」
「それはライナー様と前当主エスター様が治安維持に相当な力を入れたからですよ。昔のバルディアにも、こうした光景はよく見られたと思います」
「あ、そういうことか」
合点がいって頷くと、隣に座っていたアモンが「そういえば……」と呟いた。
「ライナー殿が狐人族領に入った時、真っ先に行ったのが領内の治安維持だったな。鬼の形相で取り締まる姿は、敵味方問わず戦慄したものだよ」
「……父上が鬼の形相か。それは相当怖かっただろうね」
普段から眉間に皺を寄せ、怖面の父上。
でも、怒るともっと怖いことを僕は身を以て知っている。
「まぁ、おかげで狐人族領内の治安は維持され、大きな混乱も起きなかった。ライナー殿の手腕は見事だったよ」
「そうなんだね。今度、父上にも伝えておくよ」
自然と顔が綻んでしまった。
父親の手腕が見事だったと褒められたのが嬉しくてつい、ね。
相槌を打ったその時、「リッド様」とティンクの声が車内に響いた。
「あちらに見えるのが、おそらく部族長屋敷かと存じます」
「え、どこ」
ティンクが車窓から指さす場所を見やれば、今まで町や村で見た外壁や外堀とは一線を画す城壁が目に飛び込んできた。
外堀もあるらしく、今までの部族長屋敷とは全く違う。
屋敷というよりは『城』という言葉のほうがしっくりくる外観だ。
あそこでセクメトスとヨハンが僕達との会談に臨むべく待ち構えている……そう考えると、体が武者震いに震えた。
狐人族領と王都では後手を取ってしまったが今回はそうはいかない。
僕はそう決意しながら、酔い止めの飴を口の中に放り込んだ。
◇
城と遜色ない部族長屋敷の城門をくぐり抜け、門番に案内された敷地で木炭車は停車する。
僕は座席から立ち上がると、唸りながら体を伸ばした。
車窓から外を覗けば猫人族の豪族達が畏まって並び立ち、その中心にはセクメトスの姿もある。
さて、気を引きしていかないとな。
威儀を正して被牽引車から降りると、強い魔力を感じて背中がぞくりとした。
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで白い影が僕の目の前に現れる。
「リッド、会いたかったぞ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。場をわきまえるべきだよ、ヨハン。前も言ったでしょ」
そう、白い影の正体は『ときレラ』の攻略対象にして獣王セクメトスの子である『ヨハン・ベスティア』だ。
護衛のティンクやカペラも彼と気付いていたらしく、やれやれと呆れ顔を浮かべている。
まぁ、こうなることは事前にわかっていたから、敵意がないかぎりはヨハンは止めずに好きにさせてと、伝えていたんだけどね。
「そう固いことを言うな。僕達は友達で親戚だろ」
抱きつこうとしてきたヨハンの腕を掻い潜りつつ、僕は彼の腕を掴んだ。
そして、その勢いを利用してセクメトスに向かって放り投げた。
「君はあっちに並んで、来賓の出迎えしないと駄目でしょ」
軽快なやり取りはしていても、ヨハンの言動は油断ならない。
何せ、彼の突拍子もない発言で獣王戦における前哨戦が行われることになったんだから。
「あはは。やっぱり、リッドは凄いな。さすが僕のライバルだ」
彼は心底楽しそうに笑いながら空中で受け身を取って、セクメトスの前で綺麗に着地した。
すると間もなく、この場にいる猫人族では比較的小柄な人が前に出てきて、ヨハンの頭をコツンと軽く小突いた。
「いた……⁉」
「駄目でしょ、ヨハン」
ヨハンは小突かれた頭を触って目を瞬いているが、一方でその光景に僕達も目を丸くしていた。
ヨハンは獣王の子だから、ズベーラの王子にあたる存在だ。
そんな子の頭を軽くとはいえ小突くなんて、セクメトスの前でおいそれと出来ることじゃない。
この人、何者なんだろうか。
ヨハンを小突いた人物は、金色の長髪に鋭くも優しげな目付きに青い瞳を浮かべている。
細い体つきで身長は160cmないぐらいだろうか。
ぱっと見た感じ華奢で童顔な顔付きから女性にも見えるけど、身なりからしておそらく男性だ。
セクメトスと似た軍服を着て、外套を羽織っている。
「リッド殿のことをライバルというのであれば、ヨハンもちゃんと場に応じた礼儀を身に着けないとね」
彼は目を細めて優しく諭すような口調だが、何やら凄まじい圧がある。
でも、既視感のある圧だ。
「う……⁉ も、申し訳ありませんでした。父上」
「うん、わかってくれれば良いんだ」
ヨハンは彼の圧にたじろぐと、しゅんとなって頭を下げた。
なるほど、ヨハンのお父さんだから彼の頭を軽く小突けたわけか……って、ヨハンの父親⁉
僕は思わず、彼を二度見してしまった。
いや、母親がいるから、父親がいるのも当然なんだけどさ。
『ときレラ』にはヨハンの父親なんて、登場した覚えがない……僕が未読スキップで飛ばしていた可能性もあるけど。
それにしても、父親ということだけあってヨハンと顔付きが良く似ている。
ついまじまじと二人のやり取りを見つめていると、こちらの視線に気付いたのか、彼はこちらに向かって微笑んだ。
「申し訳ありません、自己紹介が遅れました。私の名は『タバル・ベスティア』。一応、セクメトスの夫です」
この時、僕は既視感の正体を察した。
あの『圧』は、父上や母上が僕に怒った時に出す圧と同じだったのね。




