リッドのお願いとルヴァの条件
「アリーナは筋が良いわね。基本は教えたから、後は鍛錬あるのみよ」
「はぁ……はぁ……。ありがとう、ございました」
獣化状態のルヴァが目を細めると、アリーナは獣化を解いて肩で息をしながら一礼する。
ずっと横で見学していた僕は瞬きを忘れ、訓練を刮目して体を小刻みに震わせていた。
というのも、獣化したルヴァの挙動が凄まじかったからだ。
ルヴァ曰く、鼠人族は獣化の段階が上がるにつれて周囲に対する気配察知能力が飛躍的に高まっていき、最終的には未来予知のような感覚になっていくらしい。
説明された時は信じられなかった。
でも、実際に二人が立ち会うと、ルヴァは有言実行と言わんばかりにアリーナの動きをすべて先読みし、あえて口頭で伝えながら相手をしてみせたのだ。
『拳で連打を繰り出して牽制しつつ、本命は足技ね』
『ぐ……⁉』
ルヴァはずっと目を細めていたが、対するアリーナは手の内を常に言い当てられることで調子を崩し、その隙を突くようにルヴァが何度も拳や蹴りを寸止めしてみせた。
『鼠人族はね、他部族と比べて非力なの。でも、獣化を使いこなして段階を上げていけば、相手の力を利用した攻撃ができるわ。後の先を極めることが鼠人族の戦い方よ』
『は、はい。畏まりました』
アリーナは寸止めされるたびに悔しそうに下唇を噛んで震えながらも、必死にルヴァの戦い方を目と体に焼き付けるように食らいついていたのだ。
時折、ルヴァが動き方や獣化の説明を伝える時間を交えつつ、訓練が終わったのが今さっきというわけである。
二人のやり取りが終わると、僕はすかさず駆け寄った。
「ルヴァ殿の無駄のない動き、本当に凄かったです」
「ありがとう。でも、他の部族長の獣化も見てるでしょ。私なんて大したことないわよ」
「いえいえ。淀みのない流水の如き無駄のない動きは、今までの部族長で一番でした」
「そ、そう? おだてても何も出ないわよ」
ルヴァがはにかむと、僕は肩で息するアリーナに微笑み掛けた。
「アリーナも指摘をすぐに受け容れて、どんどん動きがよくなっていたよ。今なら分隊長の子達にも勝てるんじゃない」
そう言って頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうにはにかみながら身をよじらせた。
「そ、そうですかね。でも、情報局のサルビアさんも毎日訓練していますし、私なんかまだまだですよ」
「あらあら、アリーナがそう言うなんて。よっぽど強い鼠人族の子がバルディアにはいるのね」
ルヴァが感嘆した様子で相槌を打つと、僕はにこりと頷いた。
「私が管轄するバルディア第二騎士団所属の皆はすごく頑張り屋ですからね。今回のズベーラ外遊で教わったことを切っ掛けにして、もっと強くなってくれるでしょう」
「それは末恐ろしいことね」
やれやれと彼女が肩を竦めると、僕は咳払いをした。
「ところで、ルヴァ殿。よければ私とも手合わせをしていただけないでしょうか」
「それは無理よ。獣王戦でヨハンと手合わせする予定のリッド殿に私が手を貸してしまっては、公正な勝負にならないじゃない」
「あはは、やっぱりそうですよね……」
僕は頬を掻きながら苦笑すると、しゅんと俯いた。
答えはわかってはいたけど、やっぱり残念でならない。
二人の動きを見ていて思ったけど、ルヴァの戦い方は僕が目指している動きにそっくりだったからだ。
エルバとの戦いで僕が学んだことの一つに『種族違いによる基礎身体能力の差は如何ともしがたい』という事実がある。
身体強化を用いることである程度の差は埋めることはできるけど、身体強化は別に僕だけの魔法というわけじゃない。
もし、同等の身体強化を使える者同士の戦いとなれば、基礎身体能力の差が大きく影響する。
どんなに魔力量が多くて強力な魔法が使えたとしても、僕と同等の魔法が使え、かつ身体能力が圧倒的に高い相手となれば苦戦を強いられることになるだろう。
立ち会いには技術、武具、魔法の相性とか、様々な要素が関わってくるから一概には言えないけど、身体能力の差が優位に働くことは間違いない。
その辺の輩に負けるつもりはないけど、エルバやセクメトスのような強者を想定すると今のままじゃ駄目だと考えていた。
そこで、身体能力の差を補う方法の一つとして僕が考えたのが、相手の気配を察知できる『電界』を極めてみる、というものだ。
相手の動きを事前に察知して戦うことができれば、相手の勢いを利用した反撃もできる。
まさにルヴァの言っていた『後の先』というわけだ。
「でも、どうして私と手合わせしたかったのかしら」
彼女はしゅんとした僕を見て、不思議そうに首を傾げた。
「実は、エルバとの戦いで獣人族と人族における身体能力の差を痛感しまして。その差を埋める方法を模索して『後の先』に辿り着いた矢先に、ルヴァ殿の動きを見たものですから。とても参考になるな、と思ったんです」
「あぁ、そういうことね。気持ちはわからなくないけど、この動きはリッド殿には無理よ」
「え、どうしてですか」
聞き返すと、彼女は「ふふ」と噴き出した。
「だって、私の動きは鼠人族が持つ『雷の属性素質』を獣化によって強化することで可能になる動きだもの」
「あ、それってもしかして、鳥人族とかも得意だったりするやつですか」
『電界』という魔法名は僕がアリア達から習って命名しているから、ここで言っても伝わらないだろう。
でも、鳥人族が得意、という言葉を出せばルヴァなら察してくれるはず。
案の定、彼女は少し驚いた様子で目を瞬いた。
「あら、リッド殿は博識ね。ちょっと違うけど、似たようなものね。まぁ、どちらにしても、雷の属性素質がないとできないわ。確かバルディア家に受け継がれているのは火の属性素質でしょ?」
「そ、そうですね。でも、万が一、私が雷の属性素質を持っていたとすればどうでしょう」
「え……?」
ルヴァが眉をぴくりとさせる。
この聞き方をした以上、僕が雷の属性素質を持っていることを告げたようなものだ。
彼女は口元に手を当てて何やら考えを巡らせると、にやりと笑った。
「そうね、もし本当にリッド殿が雷の属性素質を持っているのであれば、私が獣化中の感覚を伝えることぐらいならできるわよ。ただし、条件があるわ」
「条件、ですか。ちなみに何をお望みでしょうか」
僕が身構えて尋ねると、彼女は口元を緩めた。
「難しいことは言わないわ。リッド殿が訓練前に言っていた、鼠人族のバルディア留学を近い将来に必ず実現させること……これでどうかしら」
「えっと、そんなことでよろしいのですか」
「そんなこと、ってわけでもないでしょう。留学となればバルディアの技術や蓄積された知恵が外部に漏れることになりかねないのよ。リッド殿はともかく、ライナー殿や周囲は反対するはずだわ。それを押さえて、必ず実現してくれるのかってことよ」
肩透かしを食らったように呆気に取られたが、一方で彼女も僕の答えに呆れ顔を浮かべていた。
ルヴァの指摘も尤もだけど、バルディアの著しい発展を支えているのは魔法学、工業、クリスティ商会をバルディア家が中心となって上手くまとめた結果にすぎない。
留学だけでは、おいそれと真似できるようなものではないだろう。
まぁ、バルディアの内情を近いところで知ることで、鼠人族が発展していく切っ掛けにはなるかもしれないし、父上や周囲が難色を示すというのもあながち間違っていないか。
でも、それ以上にバルディアの人材不足も長期的に見て問題なんだよなぁ。
いっそ鼠人族の優秀な人材をどんどん引き入れて懐柔し、バルディアに帰化させるぐらいの腹づもりでいた方が良いかもしれない。
毒を食らわば皿まで、というやつだ。
留学は狐人族で近いことは行っているし、父上や周囲を説得できる材料はある。
……うん、何とかなりそうだね。
僕は咄嗟に考えを巡らせると、ルヴァに向かってこくりと頷いた。
「わかりました。留学の件、必ず実現できるよう私が父上を説得しましょう」
「え……⁉ ライナー殿を本当に説得するつもりなの?」
二つ返事で了承するとは思っていなかったらしく、ルヴァは唖然と目を丸くした。
「もちろんです、私の言葉に二言はありません。ですから、ルヴァ殿に是非とも感覚をご教授いただきたい」
「ま、まぁ、いいけど。でも、その前に雷の属性素質を持っている証拠として雷魔法を見せてもらえるかしら」
「お安いご用です」
僕は右腕を掲げ、拳を天に向かって差し出した。
折角だし、今後のことを考えて少しだけ大袈裟に披露しようかな。
その方が、ルヴァも僕が本気だとわかってくれるだろう。
素早く魔力を込めて圧縮していくと、拳の中で魔法が解放してくれと言わんばかりに反発が強くなっていく。
「……リッド殿、何をしているのかしら?」
ルヴァが訝しむように小首を傾げると、僕はにこりと微笑んだ。
「証拠の雷魔法をお見せしましょう、基本魔法の一つ雷球です」
僕が拳の中で圧縮した魔法を解放した次の瞬間、稲光と雷鳴が放たれて周囲の空気が震えていく。
同時にルヴァが後ずさるように一歩退き、「な……⁉」と驚きの声を漏らした。
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