獣化の段階
「……もちろんです。バルディアは帝国に属してはいますが、全ての貴族と必ずしも足並みを揃えるわけではありません。辺境を任されている貴族として、外交問題となり得ることは余程のことがないかぎり秘匿できますのでご安心ください。アリーナも他言無用だよ、いいね」
「はい、承知しました」
僕達が頷くと、ルヴァから発せられた魔圧が収まった。
「そう、それなら安心だわ」
彼女はにこりと微笑むが、すぐに「いた……⁉」と額を押さえて顔を顰めた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ごめんなさい。もう大丈夫よ」
こちらの問い掛けにルヴァは咳払いをして畏まった。
「獣人族の獣化魔法には部族によって多少の違いはあれど一般、妖級、神級という三つの位が存在して、それぞれに下位、中位、上位の三段階。合計して九段階あると言われているわ。まぁ、実質的には六段階だけどね」
「実質的には、ですか」
僕が首を傾げると、彼女はこくりと頷いた。
「神級となると、もうそれこそ神話やおとぎ話に出てくるような存在なの。記憶が残っている過去から現部族長にかけて神級に到達した人はいないわ」
「なるほど。だから実質的に六段階というわけですね」
どれぐらい古い記録まで残っているかわからないけど、現獣王セクメトスも到達できていないということだろう。
「そういうことよ。一般までなら毛色に多少の差違はあったりするけど、妖級以上になると大体毛色は統一されるわね。後は部族ごとに体型や尻尾にも変化が現れるの。狐人族は段階が上がると尻尾の数が増えるから、特にわかりやすいわね」
「へぇ、興味深いですね」
一般、妖級、神級、か。
マルバスの話とも通じているが、ふと脳裏にエルバと対峙した時の映像が蘇って『あれ……?』と首を傾げ、あいつの尻尾数を指を折って数えてみる。
確か、エルバって最終的に尻尾数が九本だったよな。
「リッド殿、どうかしたの?」
「あ、いえ、狐人族の場合、段階に応じて尻尾数が変わるので最終的には九本になるかなと」
「えぇ、その通りよ。リッド殿が倒したというエルバやガレスは尻尾数は七本。他部族の獣化でいう六段階、私を含めた部族長達と同じぐらいの強さではあるわね」
「そう、なんですね……」
「獣化の基本的な説明はこれぐらいだわ」
相槌を打ちつつ、僕は内心で驚きを隠せなかった。
獣化の段階は、獣人族において強さを推し量る重要な部分なはず。
ルヴァの言うとおり、部族長達が六段階の強さということであれば、エルバはそれ以上の強さを持っていたということだ。
つまり、現状においてどの部族長達よりも奴は強かったということになる。
もしも、あいつがバルディアに攻め込むことなく、数ヶ月後に行われる獣王戦に参戦していたらどうなっていたのか。
エルバの性格からして、獣王戦にかこつけて邪魔な部族長を抹殺した可能性もある。
本来、それが『ときレラ』の正史だったのかもしれないけど、エルバの野望が半分は達成され、ズベーラ国内はますます弱肉強食の思想が強くなったはず。
きっと、僕が狐人族領を訪れた時、目の当たりにして驚愕したような悲惨な村や町がズベーラ国内に広がっていたことだろう。
「……本当にどうしたの。リッド殿、顔色が悪いわよ」
「エルバのことを思い出していました。狭間砦の戦いの時、私と対峙したあいつの尻尾数は九本でしたから」
「な……⁉」
ルヴァは目を見開くと、神妙な面持ちを浮かべた。
「嘘でしょ。だとしたら、あいつはどの部族長よりも強かったことになるわ。リッド殿、よく無事だったわね」
「あはは、私だけの力じゃ勝てませんでしたよ。あの時は、皆で力を合わせたので何とかなりました。もし、一人で戦っていたら、私は負けていたでしょう」
さすがに命を縮め、ようやく勝てたとは言えず、僕は笑って誤魔化した。
皆で力を合わせたというのは、嘘じゃない。
実際、僕一人の力ではあいつには勝てなかっただろう。
「大金星だった、というわけね。ズベーラの未来を考える一人として、個人的にお礼を言うわ。改めて、奴を倒してくれてありがとう、リッド殿」
「お気になさらず。多分、どちらにしてもいずれは衝突するはずだったでしょうし……」
エルバは、もともと『ときレラ』のヨハンルートに登場するラスボス。
それも作中最強と呼ばれた存在だ。
様々な施策をバルディアで行った結果、未来で起こり得るはずの出来事が前倒しで起きたのが『狭間砦の戦い』だと僕は考えている。
仮に何もしなかったとしても、将来的にはぶつかり合う存在だったことは否めない。
「いずれは衝突……?」
ルヴァが言い方に引っかかりを覚えたらしく、小首を傾げた。
「あ、いえ。狭間砦の戦いが起こらなかったとしても、奴の野望を考えれば、いずれは帝国と対立。その時、矢面に立つのは当家だったでしょうから」
「あぁ、そういうことね」
それっぽいことを告げると、ルヴァは合点がいったらしくこくりと頷いた。
よかった、納得してくれたらしい。
僕は咳払いをして、話頭を転じる。
「では、そろそろアリーナに獣化を教えてもらってもよろしいでしょうか」
「わかったわ。じゃあ、出来るかぎり丁寧に教えてあげるから、こっちへいらっしゃい」
「はい、畏まりました」
アリーナはビシッと敬礼すると、素早くルヴァのところに駆け寄った。
「じゃあ、まずはお手本を見せてあげる」
ルヴァはそう告げて間もなく、彼女を中心に強烈な魔波が吹き荒れる。
その中でルヴァの全身が銀色の体毛に覆われ、丸耳が大きくなって顔の形もやや変わっていく。
体格はそのままだけど、彼女から感じられる魔圧は今まで比べものにならない。
でも、今まで見てきた部族長の獣化の中では一番安堵感がある。
牛人族と熊人族の巨大化を目の当たりにした後だから、余計にそう感じるのかもしれない。
「この姿になるのも久しぶりね。アリーナ、貴女も獣化してみなさい」
「は、はい。承知しました」
ルヴァに名前を呼ばれたアリーナは緊張した面持ちで返事をすると、獣化して灰色の体毛を持つ姿となった。
「へぇ、その年齢で一般の中位、二段階になれるのね。将来が楽しみな子だわ」
「ありがとうございます。でも、第二騎士団の分隊長達はもっと凄いですよ」
褒められたアリーナは嬉しそうにはにかんだ。
でも、ルヴァは「もっと凄い……?」ときょとんとして目を瞬きながらこちらを見やった。
「分隊長の子達は精鋭中の精鋭と申しますか、特に秀でた子達なんです。鼠人族で分隊長の子もいるんですが、バルディアでの任務が忙しくて連れてこられなかったんですよ」
「なるほど。バルディアは人材育成にも力を入れているという話は聞いていたけど、この子を見るかぎり本当だったようね。ズベーラとしては耳が痛い話だわ」
僕の答えを聞くと、ルヴァはやれやれと肩を竦めた。
バルディアの任務とは情報局での通信業務のことだけど、それは伝える必要はないだろう。
それにしても、人材育成で悩んでいる……というのは僕達にとって少し面白い悩みかもしれない。
会談や懇親会を通じて、鼠人族は誰もが賢く、察しが良くて器量良しだった。
その上、性格も穏やかで社交性も高い。
多少の個人差はあるだろうけど、急激な発展で人材不足に悩む僕達からみれば魅力的な人材ばかりだ。
「……ルヴァ殿。よければ鼠人族の皆様をバルディアに留学させてみるのはどうでしょうか? 何なら、そのまま領内での仕事も斡旋しますよ」
「あら、面白そうな提案ね。でも、まずはこの子の訓練が終わってからにしましょうか」
彼女はにこっと微笑むと、アリーナに視線を向けた。
「わかりました。では、また後でこの件は話しましょう」
僕が頷くと、ルヴァはアリーナに近寄って獣化の段階に必要な知識や感覚を惜しみなく伝え始めるのであった。
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