ルヴァの問いかけと、彼女の悩み
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断罪回避して隠居予定だった、噛ませ犬の悪役御曹司のもとに、まさかの『悪役令嬢』がやってきた⁉
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「どう、当たらずとも遠からず、かしら」
会場内の談笑が音楽のように聞こえるなか、ルヴァは呆気に取られた僕の顔を覗き込んでくる。
全て見抜いた、と言わんばかりだ。
落ち着け、彼女は何か証拠を掴んで言い出したわけじゃない。
あくまで僕の言動が解せないという違和感から、推察しているに過ぎないだけ。
突拍子もないことを投げかけて、探りを入れているのかもしれない。
下手に否定すればより疑念は深くなるだろう。
かといって、肯定することもできない……なら、この場で僕がするべき対応は、これだね。
「ふっふふふ……」
「……リッド殿?」
僕が少し俯いて肩を震わせると、ルヴァが目を瞬いて小首を傾げた。
「あっははは。僕が『別世界の住人』もしくは『生まれ変わり』ですか。ルヴァ殿は意外とロマンチストだったんですね」
ちょっと大きめの声で笑うと、呆気に取られていたルヴァが『僕が冗談として受け取った』ことを察して口を尖らせた。
「ち、違うわよ。私はリッド殿がやってきた今までの功績を踏まえ、客観的な視点からそうじゃないかって考えに至っただけだわ」
「そうなんですね。じゃあ、僕も正直に言いましょう。ルヴァ殿、恐れ入りますが耳を貸してください」
「えぇ、いいわよ」
微笑み掛けると、彼女は丸みを帯びた獣耳をこちらに差し出してくる。
僕は咳払いをすると、深呼吸をして小声で囁いた。
「もしも、僕が聖女ミスティナ・マーテルの生まれ変わりだとしたら、どう思われますか」
「な……⁉」
彼女は目を丸くしてこちらを振り向く。
僕が「ふふ……」と噴き出すと、ルヴァはジト目を浮かべ、口元がぴくりとひくついた。
「リッド殿、揶揄ったわね」
「申し訳ありません。でも、生まれ変わりなんて言われたら『彼女』ぐらいしか思いつきませんよ」
聖女ミスティナ・マーテルとは、大陸で最も布教され、教国トーガの国教でもある『ミスティナ教』の教典に登場する聖女であり、人から女神になったと言われる人物だ。
歴史認識の問題からトーガとズベーラは国境で小競り合いを続けており、あまりおおっぴらに『ミスティナ教』について語ることは控えた方がいい。
でも、分別ある部族長という立場をもつルヴァに囁く程度なら、問題ないだろう。
「はぁ、リッド殿はあまり冗談がお得意ではないようね。その言葉、私以外に聞かれたら外交問題になりかねないわよ」
「そうでしょうね。でも、ルヴァ殿がいま仰ったではありませんか。私以外なら、と」
目を細めると、ルヴァはきょとんとしてからやれやれと肩を竦めた。
僕は咳払いをして「ですが……」と切り出すと、豪族達にエマと一緒に営業を掛けているクリスに視線を向ける。
「私は病魔に苦しむ母を救うため、必死に何とかしようと思っていたときにクリスやエマと出会い、結果として母は一命を取り留めました」
「ナナリー様のことね、噂で少し聞いているわ。確か魔力枯渇症で今も治療中だとか」
「はい、その通りです」
帝都の謁見間、両陛下と貴族達がいる場で母上の病名は公表したから、他国に伝わっていてもおかしくはない。
僕は頷くと上着の内ポケットに密かに忍ばせているロケットペンダントを取り出し、蓋を開いた。
そこには、ファラと僕が並び立つ姿が描かれた小さな絵が挟まれている。
「あら、リッド殿の方がよっぽどロマンチストじゃない。これがファラ殿かしら?」
「はい。絵だとわかりにくいですが、可愛くも凜とした雰囲気を放っているところがルヴァ殿とよく似ています」
照れ隠しに頬を掻くと、ルヴァは「ふふ」と笑みを溢した。
この絵は狐人族領に出向くことが決まった後、絵師にお願いして描いてもらったものだ。
ファラに相談した時は、かなり恥ずかしかったけど、彼女は喜んで快諾してくれている。
僕は真顔になると、彼女を真っ直ぐに見据えた。
「母が一命を取り留めた頃、僕は当時レナルーテの王女だったファラと国同士の政で婚姻いたしました。クリスとの出会い、ファラとの婚姻という経緯を得た僕は、他部族に対する偏見はないのかもしれません。最近では、アモン殿との共闘もありましたからね。もし、父上や周囲に僕が影響を与えたと言われたら、そうなのかもしれません」
「……なるほどね。いいわ、そういうことで納得しておきましょう」
「納得も何も、これしか話せることはありませんよ」
ルヴァが頷きながら微笑むと、僕は苦笑しながら頬を掻いた。
何とか、これで誤魔化せたかな。
彼女に伝えた言葉に嘘はないし、僕が獣人族の子達を保護して第二騎士団を設立してから、父上をはじめ、バルディアに住む人達の他部族に対する見方が変わったのは確かだ。
「二人とも、さっきから一体何の話をしているんだい?」
僕達のやり取りを横目にしていたアモンが、訝しむように首を傾げた。
「いや、僕が出会いに恵まれたっていう話をしていただけだよ」
「出会い……?」
アモンがきょとんとして目を瞬くと、ルヴァがふっと口元を緩めた。
「そうね。私もリッド殿の縁を呼び込む力にあやかりたいぐらいよ」
彼女はそう呟くと、僕とアモンをジト目で見やった。
「こちとら、いまだに相手に恵まれないってのに。一回り以上も離れている貴方達は結婚したり、婚約者がいるなんてね。やってられないわよ」
ルヴァは肩を落とすと、近場を歩いていた給仕に声を掛けた。
そして、給仕がやってくるとお盆に載せて運んでいたお酒の入ったグラスを次々と飲み干していく。
僕はぎょっとして目を丸くした。
まるで、やけ酒みたいな飲み方だ。
「ちょ、ちょっとルヴァ殿。そんな飲み方はよくありませんよ」
「リッドの言うとおりです。いくらお酒に強くてもそんな飲み方は体に毒ですよ」
「気にしないで。こんなことで酔うほど、落ちぶれちゃいないわ」
ルヴァは口元をぐいっと拭うが、目が当初よりも座っているような気がする。
彼女は「ひっく」としゃっくりをすると、僕とアモンの胸を指さした。
「なによ、二人揃ってさ。子供のくせに、ほんと生意気だわ」
「な、生意気って。あはは。やっぱり飲み過ぎですよ、ルヴァ殿」
僕もこの年齢で許嫁ではなく婚姻というのは、正直どうかと思うよ。
もちろん、現状に不満があるわけじゃない。
でも、僕もアモンも、国同士の政で決まった政略結婚だ。個人の意思では、どうにもならない。
苦笑しながら宥めようとするが、彼女は深いため息を吐いた。
「セクメトスは結婚して子供もいるのよ。ジェティはいろいろ楽しんでいるみたいだし、ヴェネはまだまだ若いでしょ。実質、相手がいない部族長は私だけなのよ」
ルヴァはそう言うと、僕をじっと見据えた。
「リッド殿、貴方の親戚や周囲に良い年齢で優秀な人はいないのかしら? 私、こう見えて意外と尽くすわよ」
「い、いや。残念ですが、あいにく私の周りには紹介できる人はおりませんね。アモンの方がいるのではないでしょうか。同じ獣人族ですし、一応兄弟もいますから」
横目でアモンを見やると、彼女は「アモン殿の兄弟……?」と訝しむ。
「あぁ、だめだめ。アモン殿の兄弟っていったら、エルバとマルバスでしょ。あの二人はないわ。エルバは傍若無人で論外だし、マルバスは……まぁ、能力的にはありかもだけど、あいつブラコンじゃないの、性格的にないわ~。ってか、二人ともそもそも戦争犯罪人じゃないのよ」
僕の問い掛けにルヴァは一人で完結すると、ノリツッコミの如くアモンの背中を思いっきり叩いた。
「うわ……⁉」
「大丈夫、アモン」
勢い余って彼がその場に転んでしまったので、僕は慌ててしゃがみ込んだ。
「う、うん。大丈夫だよ、リッド」
「あらら、ちょっと力が入っちゃったみたい。ごめんなさいね。じゃあ、リッド殿、アモン殿。良い人がいたら紹介して頂戴。いつでも待っているわ」
彼女はそう言い残すと踵を返して、会場の中に戻っていってしまった。
あれ、絶対に少し酔ってるよ。
まぁ、いっか。
これはこれで、明日の獣化訓練時にネタさせてもらおう。
僕はそんなことを思いながら、彼女の背中を見送った。
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