新たな可能性と商談
「『打ち込み君』は事務作業に革命を起こす商品となるでしょう。これが市場に出れば、手元を見ずとも手早く打ち込む技術。タッチタイピングできる者は重宝されるようになります。それこそ新しい職業として」
僕は胸を張って堂々と告げるが、鼠人族の豪族達は懐疑的な表情で首を傾げ、捻りはじめた。
「……素晴らしい製品であるとは思いますが、扱いが上手いからといって新たな職業になりますかな」
「そうですね。ある程度は、誰でも扱えるようになるはず。新たな雇用を生み出すとは思えません」
「こればっかりは、あまり現実味を感じませんね」
彼らは顔を見合わせ唸っているが、ルヴァだけは真剣な表情で口元に手を当てたままだ。
タイピスト……彼女であれば、その可能性に気付いてくれるだろう。
前世でも完成された『タイプライター』が出てくると事務処理に革命が起き、『正確な打ち込み技術』は重宝されて『タイピスト』という職業が生まれたという歴史があるからね。
僕は室内を見渡すと、咳払いをして耳目を集めた。
「実は『打ち込み君』を牛人族と熊人族にも案内し、すでに数台発注を受けているんです。しかし、少々問題が発生しておりまして」
「問題、ね。それは聞いていいものなのかしら」
ルヴァの問い掛けに、僕はこくりと頷いた。
「はい、もちろんです。先に案内した二部族ですが、想像以上に体格が大きくて『打ち込み君』を上手に扱えないという問題が発生しております。そこで、鼠人族の皆様に数を融通しますので、扱いが上手にできそうな方を派遣していただきたい。当然、派遣料を取っていただいて構わないでしょう。必要なら私達も間に立ちますので」
豪族達が「おぉ……⁉」と色めき立った。
「我らが牛人族と熊人族に人材を派遣する、なんて素晴らしい響きだ」
「うむ。いつも上から目線の彼が、我らに頭を下げるということになる」
「はぁ……。想像するだけで、ぞくぞくします」
私怨が籠もっていそうな呟きがやたらと耳に届いてくるけど、ここは聞かなかったことにしよう。
「なるほど、ね。でも、それならバルディアから人を派遣すればいいのではなくて?」
「ルヴァ殿が嫌と仰るなら、私はそれでも構いません。しかし、両家両国の関係性を考えれば鼠人族の皆様にお願いすべきかと」
彼女の眉がぴくりと動く。
書類仕事を補助するとなれば、それだけ機密情報に触れることも多くなる。
大手を振って情報を得られるという考え方もできるが、見方を変えれば情報漏洩があればすぐ疑われる立場となるだろう。
打ち込み君の売り込みは信頼を得るために行っていることなのに、将来的には本末転倒になりかねない。
『失敗する可能性があるものは、必ずいつか失敗する』
なんて言葉があるように、『疑われる可能性を残せば、いつか必ず疑われる』というわけだ。
ただでさえ、将来の断罪回避で忙しいのに、そんな火種をズベーラに残すのは御免被る。
ズベーラ内の情報を得ようと思えば、アモンやラファを頼った方がいいだろう。
「ルヴァ様。熊人族と牛人族に同胞を派遣すれば、何か問題があれば我らの責任となりましょう」
「そうです。我ら鼠人族は政権運営に近い位置にいる故、他部族から向けられる目は決して良いとは言えません」
「魅力的な案ではありますが、安請け合いは危険かと」
側近と思われる豪族達がルヴァの周りに集まり、何やら色々と話し込んでいる。
ついさっきまで少々悦に入っていた様子も見受けられたが、さすがに冷静な人達もいたようだ。
ルヴァは彼らの意見をある程度聞くと、鋭い目でこちらを見やった。
「……わかったわ。タイピスト育成と派遣の件、引き受けましょう。その代わり、打ち込み君の台数は融通してくれるのよね?」
「はい。現状は可能なかぎりの範囲になりますが……」
僕はあえて含みある言い方をすると、横目でちらりとアモンを見やった。
すると、彼はこくりと頷いて咳払いをして耳目を集める。
「現在、我ら狐人族領ではバルディアとの連携を強化していることは皆様ご存じでしょう。近い将来、打ち込み君と消耗品の製造工場を建設予定しております。ズベーラ国内での供給は私達にお任せ下さい」
アモンが自信たっぷりに淀みなく流暢に告げると、豪族達が再び色めいた。
国内で打ち込み君と消耗品が確保される、と言われたわけだから、安堵もするというものだ。
でも、ルヴァだけは血相を変え、その場で立ち上がって身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待って。消耗品の製造ということは『紙』もズベーラ国内で大量生産できるというの⁉」
「はい。さすがに工程は秘匿とさせていただきますが、厳重な管理下で生産ができるようバルディアと狐人族領は技術提携を進めております。良質な紙が流通しなければ、打ち込み君の利用価値も減ってしまいますから」
僕がにこりと微笑むと、ルヴァは呆気に取られた様子で席に力なく座り込んだ。
現状、良質な紙を生産できる国は限られている。
紙を大量かつ安価に仕入れ可能となるということは『記録』を残せる量が格段に増え、国と領地運営の効率化に繋がっていく。
そうなれば、目に見えない形で国力を増すことにもなるだろう。
「……バルディアと狐人族の連携を甘く見ていたかもしれないわね」
「さて、ルヴァ殿。会談を続けましょう。他部族へ派遣する鼠人族の育成にともない、打ち込み君の台数を融通させていただく。その代わり『道路整備費』には色を付けさせていただくということでしたね」
「え、えぇ。それでいいわよ」
ルヴァが頷くと、僕はクリスに目をやった。
実はタイピストの話をしている途中、クリス、カペラ、エマ達には見積もりを作り直してもらっていたのだ。
ティンクがその見積書をルヴァに渡すと、彼女は目を瞬いた。
結構、金額が上がったから当然だろう。
「道路整備を受注した際には、打ち込み君は二十台ほど用立てましょう」
「に、二十台ですって。そんなに沢山あるなんて聞いて……」
「はい。今は仰るとおりございません。しかし、道路整備を開始するまでにお渡しできるかと。今現在もバルディアでは『打ち込み君』が量産されていますからね。この条件で、どうかよろしくお願いします」
被せるように淡々と告げると、彼女は唖然としてから深いため息を吐いた。
「わかったわ。この条件を基本としましょう。でも、二十台もまとめ買いするならもう少し安くしてくれても良いんじゃない?」
「それでしたら『打ち込み君』を三十台お買い上げください。そうすれば、一台あたりの価格はもう少し安く出来ますよ」
この値段以下は認めないという遠回しな圧である。
だが、ルヴァは怯まず「それなら……」と切り出してきた。
僕達とルヴァ達は、道路整備の受注金額と打ち込み君の価格と台数を巡って細かい商談を続け、互いの妥協点を探り合っていく。
そして、話し合いが両者納得で終わる頃には、日は暮れ始めていた。
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