新職業の提案
【新作のお知らせ】
新作『公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す』も連載中!
不遇な少年のちょっとダークな逆転物語。よければ、こちらもご一緒にお楽しみください!
「あの、ルヴァ殿……」
「何かしら、リッド殿。あ、先に新しい紙をくれるかしら」
「は、はい。どうぞ」
「ありがとう」
僕が言われるがままに紙を渡すと、ルヴァは打ち込み君で出来上がった書類を傍にいる豪族に手渡して、新しい紙をセットしてまた打ち込みを始めた。
会談を行っていた会議室には、打ち込み君の打鍵音が途切れることなく鳴り続けている。
時折響く鈴の音で一瞬だけ止まるが、またすぐに打鍵音が響き渡っていた。
打ち込み終わると、彼女は無言の圧と凄みを発して「次」と一言だけ発して手を差し出してくる。
言いようのない圧に押されるまま専用紙を手渡すと、彼女は手早くセットしてまた打ち込みを始める。
一体、何回このやり取りを続けただろうか。
当初、僕が座っていた場所に腰掛けて打ち込み君を打ち続けるルヴァの周囲には、豪族達が集まって書類に不備がないかの確認をしている。
「これ、次の王都に持っていける仕上がりだ。素晴らしい」
「この書類を見本にして、同じ物を十数枚書けるぞ」
「凄い、事務革命だ」
「これで腱鞘炎から解放されるかも……」
最後、何やら切実な声が聞こえたけど、残念ながら打ち込み君もずっとやっていると腱鞘炎にはなってしまう。
まぁ、それをここで言うのは野暮だね。
懐中時計を取り出してみるが、そこそこ時間が経過している。
このままでは会談よりも打ち込み君を触っている時間の方が長くなりそうだ。
周囲を見渡すとアモン、クリス、カペラ、ティンク、エマといった面々が毒気が抜かれたように呆然としている。
さっきまでの緊張感が嘘のようである。
このままじゃ埒が明かないな。僕は大袈裟に咳払いすると、「ルヴァ殿」と切り出した。
「何かしら」
「そろそろ、手を止めてください。そうでないと『打ち込み君』は販売できませんよ」
ルヴァの丸みを帯びた獣耳がぴくりと動き、手が止まった。
お、ようやく話を聞いてくれる気になってくれたかな……そう思っていると『バチ』という何かが弾けるような音が聞こえた。
何だろうと首を傾げた瞬間、全身が何やら痺れ始める。
ハッとしたその時、ルヴァの表情から生気が消え、視線で人を殺せそうな形相になっていた。
彼女はゆっくりとこちらに振り向くと、呪詛でも吐くように重い声を発する。
「……なんですって?」
その一言と共に発せられた彼女の魔圧で会議室の壁、机、椅子が一斉に軋み始めた。
凄まじい圧で、力を抜けばその場に平伏してしまいそうになる。
豪族達を見やれば、一部は「ひぃ⁉」と頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。
一方、僕達陣営はルヴァの変貌に驚きはするが、何とか耐えている。
ルヴァ・ガンダルシカ。
可愛らしい見た目とは裏腹に、秘めている魔力量は獣化したカムイやエルバに勝るとも劣らない印象だ。
でも、この手の魔圧に、最近いろいろあったせいか慣れてしまったような気がする。
僕は「あはは……」と苦笑しながら頬を掻いた。
「販売できないというのは、言葉のあやと申しますか」
「じゃあ、どういう意味なのかしら」
ずんと、ルヴァの発する魔圧がさらに重くなるが、僕は動じずあえてにこりと微笑んだ。
「会談に戻っていただかないと『打ち込み君』の商談もできません。触って頂いているのは、あくまで試作機。まだ、表向きには販売していない商品ですから」
僕が懐中時計の針を見せると、ルヴァはむっと頬を膨らませて肩を竦めた。
「確かに夢中になりすぎていたようね。お詫びするわ」
「いえいえ。気に入っていただけてなによりです。では、会談を再開いたしましょう」
「そうね、わかったわ」
ルヴァがこくりと頷くと、豪族達が自分達の席に戻り始めた。
しかし、彼女だけは席を動こうとしない。
表情だけこちらに向けたまま、指は打ち込み君を打ち続けようとしている。
「あの、ルヴァ殿。席はあちらですよ」
「……わかっているわ。ねぇ、リッド殿。私って、貴方の奥さん、ファラ殿に雰囲気が似ているって仰ってましたよね」
「えぇ、そうですね」
意図が分からず小首を傾げると、彼女は席を立ち上がって僕の目と鼻の先まで顔を近づけてきた。
可愛らしい小顔ながら、間近で見ると目鼻立ちがしっかりした凛々しい美人であることがよくわかる。
でも、さすがにここまで近寄られると、どぎまぎしてしまう。
「ど、どうされたんですか……?」
たじろぎながら尋ねると、ルヴァはふっと笑った。
「いえ、何でもないわ。間近でリッド殿の顔を見てみたかっただけよ」
「は、はぁ……?」
呆気に取られる僕を横目に、彼女は名残惜しそうに自らの席に戻っていった。
一体、何がしたかったんだろうか。
首を傾げていると、クリスとティンクが僕の背後にやってきて耳打ちをしてきた。
「リッド様、あれはファラ様と自分を重ね合わせて交渉を優位に進めようという一種の色仕掛けですよ。騙されてはいけません」
「クリス様の仰るとおりです。ルヴァ殿のような方は、いざとなれば手段を選ばず、何でもしますよ」
「えぇ、そんなことまでするかな……?」
二人の意見に半信半疑で驚いていると、カペラも耳打ちをしてきた。
「鼠人族は、その容姿を利用して対象に甘い罠を仕掛けて諜報活動することは、裏の界隈では有名です。警戒はしておくべきかと」
「……そうなんだね。わかった、気を引き締めるよ」
頷きはしたけど、僕みたいな子供相手にそんなことまでするかな。
いまいち実感が湧かない僕が正面を向くと、気付かないうちにルヴァは後ろでまとめていた髪を下ろした。
そして、ふっと目尻を下げて微笑む彼女の表情は、確かにファラを彷彿とさせてドキッとさせられる。
「さぁ、会談を再開しましょう。リッド殿」
「え、えぇ。そうですね……」
油断も隙も無ければ、容赦もないな。
クリス、ティンク、カペラの言葉が事実であると実感し、僕は深呼吸をするのであった。
「では、早速さっきの見積もり件ですが、値引きはもういいです。なんなら、少しぐらい金額を上げても構いません。その代わり……」
ルヴァはそう切り出すと、『打ち込み君』を指差した。
「そちらの機器を融通していただきたいわ。それも数台ではなく、最低でも十数台。あればあるだけほしいぐらいね」
「なるほど。気に入っていただけて何よりです。では、私からも提案があります」
「あら、何かしら?」
彼女が首を傾げると、僕は打ち込み君を見やった。
「打ち込み君を融通する条件として、牛人族と熊人族の領地に鼠人族の人員を派遣してほしいんです。『タイピスト』として」
「たい、ぴすと……?」
聞き慣れないであろう初めての言葉に、ルヴァは眉をぴくりとさせて訝しんだ。
「はい。『打ち込み君』を使いこなし、議事録の作成、申請書、指示書の草案を即時に処理する新しい専門職とお考えください」
「打ち込み君を使いこなす専門職、ですって……⁉」
ルヴァは目を見開き、周囲の豪族達からはどよめきが起きる。
でも、さすがというべきか。
ルヴァはすぐにハッとして口元に手を当てると、見るからに頭を巡らせ始めた。
どうやら、『タイピスト』の可能性に気付いてくれたらしい。
さぁ、これで、会談の主導権はこちらになった。もう手綱はそっちに渡さないよ。
僕は表向きはにこにこしながら、内心ではほくそ笑んでいた。
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