ルヴァの凄み
【新作のお知らせ】
新作『公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す』の連載を始めました。
不遇な少年のちょっとダークな逆転物語。よければ、こちらもご一緒にお楽しみください!
「ルヴァ殿、こちらの金額でどうでしょうか」
「……そうね」
提示した書類を光の消えた目のまま、ルヴァは見つめながら眉間に皺を寄せている。
会談が行われている室内には、ぴりついた空気が張り詰め、僕達とルヴァ達、それぞれの陣営は交渉の行方を固唾を呑んで見つめていた。
僕達が持参していた資料とルヴァ達から提示された資料。
これらの情報からズベーラ王都ベスティア経由の狐人族領から鼠人族領まで、バルディアで道路整備費用の『見積書(仮)』を提示した。
主に僕、クリス、カペラの三人で『そろばん』を使って計算。
算出した数字をアモンとティンクに準備してもらった打ち込み君で、見積書(仮)を作製したというわけだ。
(仮)としたのは、最終的な決定が僕一人では不可能だからである。
工事はバルディア第二騎士団が行うけど、騎士団はバルディア家に帰属しているから最終判断を下すの父上だ。
一応、こうした状況を見越して、見積もりを現場でする際の『利益率』は打ち合わせ済み。
ルヴァへの提示金額は、その『利益率』内に収まっているから、多分、父上も問題ないとは言ってくれるだろう。
ルヴァは手にしていた書類を机の上に置き、「ふぅ……」とゆっくりと息を吐いて眉間の指でもんだ。
「確かに、これなら妥当かもしれないわね」
彼女の一言で両陣営からほっとしたような声が漏れ聞こえてくる。
しかし、ルヴァはすぐさま「でも……」と続けた。
「もう少し融通してくれないかしら」
「ありがとうございます。しかし、これ以上の価格をお求めになるなら、私の裁量を超えます」
僕は目を細めて頷くと、頭を振った。
最初は彼女達に会談の主導権を握られたが、ここからはこちらの番だ。
「どうしてもと仰るなら、希望される価格を一度持ち帰ってから父ライナーの許可が必要になるでしょう。そうなれば当然、工事開始までの日にちも伸びますことは予めご了承ください」
木炭車を使用した輸送は無理だけど、道路整備はわざわざバルディアに依頼しなくても、自国でも行う事もできる。
にもかかわらず、どうして僕達に依頼するのか。
色んな理由が考えられるけど、おそらく最も重要視されているのは『時間』だ。
今後の事を考え、前線への補給路の整備がズベーラで重要な問題になっているんだろう。
それも時間をできる限り短縮して、早急に整備する必要がある。
その点でいえば、バルディアの行う道路整備は、大陸一と言っても過言ではないぐらいに工事が早くて、仕上がりも丁寧だ。
ルヴァは当初、『年々、トーガの侵攻度合いが増している』ということを問題視していた。ということは、補給物資をいち早く届ける輸送路の整備も重要になってくる。
仮にバルディアが道路整備したとして、その道を使うのはクリスティ商会にだけではない。
現状におけるズベーラの補給部隊も使うはずだ。そうなれば僕達を通じて新たな補給物資得るだけでなく、前線への補給効率も跳ね上がるだろう。
「そこを何とかお願いできないかしら?」
案の定、ルヴァは食い付いてきた。
だけど、提示価格は本当に僕の裁量で出来る範囲のぎりぎり一杯だ。
「私も個人的にはどうにかしたい気持ちはありますが、こればかりはどうにもなりません。ルヴァ殿、時間だけはいくら金を積んだとしても、何人であろうと買い戻せません。その点、ご注意ください」
僕がそう告げると、ルヴァの眉がぴくりと動いた。
「……耳の痛くなる言葉だわ。どうやら、こっちの思惑は見透かされたようね」
「さて、何のことでしょうか」
素知らぬ顔で目を細めると、ルヴァは再び見積書に目を落とした。
無言の時間が訪れ、再び部屋の空気が張り詰めていく。
でも、ここで何かを言うべきじゃない。
彼女はきっと、いま、頭の中を色々な考えを巡らせているだろうから。
程なくして、ルヴァが「……いいわ」と切り出した。
「この条件でやってくれるなら、こちらも発注を出しましょう」
「ありがとうございます」
よし、何とか僕の裁量内で商談をまとめられた。
内心でガッツポーズを取りつつも、表向きは平静を装って一礼する。
見積もり算出を手伝ってくれたクリスとカペラ。
そして、打ち込み君を用意してくれたアモンとティンクに目配せすると、皆もほっと胸を撫で下ろしていた。
「でも、一つだけ別途にお願いがあるわ」
「……なんでしょうか」
身構えると、彼女はにこりと微笑んだ。
そして、机の上に置いていた『打ち込み君』をすっと指差した。
「それについて、教えていただけるかしら。そして、可能なら……いえ、絶対に譲ってほしいわ」
「あぁ、そういうことですね。さすが、ルヴァ殿は目の付け所が違う。気に入ってくださって嬉しいです」
見積算出と商談をまとめるのに夢中になっていたけど、思い返してみればルヴァを始めとして豪族達は『打ち込み君』の登場に興味津々な様子だった。
ティンクが打ち込み、打鍵音が部屋に響いたときには、何事かと目を丸くしていたっけかな。
出来上がった見積書を渡した時には、どよめいていた。
その反応は、今まで披露した部族の中で一番、驚嘆していたと言って良いぐらいだ。
ちなみに『打ち込み君』を披露済みの部族には、この機器の情報をズベーラ国内の他部族であろうと漏らすようなことがあれば試用機は即座に回収。
今後の販売についても、白紙に戻すと伝えている。
だから、ルヴァ達も驚きを隠せなかったというわけだ。
僕は咳払いをすると、『打ち込み君』の機能、消耗品、今後の展開について説明していく。
その上で、実際に触ってみてほしいと告げると『ダン』と椅子が激しく倒れる音が部屋に轟いた。
ルヴァがその場に勢いよく立ち上がったのだ。
「部族長である私が、まず代表として触らせてもらいます」
「は、はい。畏まりました。では、ルヴァ殿。恐れ入りますが、こちらに来ていただけますか。皆様もぜひ、近くでご覧になってください」
いつの間にか、彼女の目は光を取り戻していた。
いや、とてつもなく輝く光を宿したというべきかもしれない。
ルヴァが小走りで颯爽とやってくると、豪族達も次々とこちらにやってくる。
あっという間に、打ち込み君の前には豪族達によって人集りができた。
圧倒的熱量で、今まで一番の注目度だ。
ルヴァはセクメトスの右腕で政務と運営を任されているから、この場にいる人達は、きっと書類仕事に毎日負われているんだろうなぁ。
彼等の手をよくよく見れば、何やら包帯らしきものを巻いている人が多いことに気付いた。
腱鞘炎を発症して、薬を塗っているのかもしれない。
直筆って大変だからね……。
豪族達から熱視線の注目を浴びつつ、僕はルヴァに『打ち込み君』の使用方法を伝え、実際に使ってもらった。
彼女が恐る恐る打ち込み、打鍵音が鳴ると、豪族達から「おぉ……⁉」という驚嘆の声が漏れる。
「……ボタンの位置を覚え、指が慣れればより早く打ち込めるという訳ね」
ルヴァが呟きに、僕は「はい、その通りです」と相槌を打った。
「慣れさえすれば、手元を全く見ずに打ち込めますよ。より上手になれば、口頭をそのまま打ち込めますし、議事録も簡単に取れます。間違いなく、業務効率が上がること間違い無しです」
「なるほど、ね。ちょっと覚えるから、少し待ってもらえる?」
「覚える、ですか……?」
意図が分からず首を傾げると、ルヴァは「静かにしててもらえる」と目を瞑った。
静寂が訪れるなか、彼女の指が時折ぴくりと動く。
そして、ぶつぶつと何か小声で呟いている。
一体、何をするつもりだろうか。
「よし、いけるわ」
ルヴァは目を見開くと、打ち込み君で打ち込みを始める。
しかし、その速度に僕は「な……⁉」と目を丸くしてしまった。
タッチタイピング、だって。それもたったこの一瞬で⁉
凄まじい勢いで打鍵音が連続で鳴っていくと、豪族達から歓声のような声が上がった。
「ちょっと、そこの貴方。私が座っていた場所の後ろにある、鞄持ってきてもらえる」
「は、はい。畏まりました」
豪族の一人が言われるがままに鞄を持ってくると、彼女は「ありがとう」と言いながら鞄を受け取って、中から大量の書類を取りだした。
それとなく見た感じ『予算案』『人事異動案』『労務状況の報告と改善申請』『文官の腱鞘炎における労災申請の件について』『防衛管理費』『獣王後任者への引き継ぎについて』とか、外部者が絶対見ちゃ駄目なやつばかりである。
中には、ちょっと親近感を抱いてしまうものもあったけど。
「丁度、作らないといけない書類が沢山あったのよ。リッド殿、悪いけど試しにこれで作らせてもらってもいいかしら」
彼女はそう言うと、首と肩を回し始めた。
「えぇ、もちろん。それは構いませんけど……」
たじろぎながら頷くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
ちょっと、ファラっぽい。
「ありがとう。すぐに終わらせるから」
ルヴァは多分、過去から今までにおいて打ち込み君を触った人の誰よりも、素早く、正確に、打ちもれなく、打ち込んで書類を次々に作成していく。
「これ、最高だわ。私専用にしていいかしら?」
こちらを全く見ず、視線を書類にむけながら手を休みなく動かしていくルヴァ。
その姿に、僕達は目を丸くして唖然としていた。
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