ルヴァとの駆け引き
【新作のお知らせ】
新作『公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す』の連載を始めました。
不遇な少年のちょっとダークな逆転物語。よければ、こちらもご一緒にお楽しみください!
「……でも、提示した金額は危険性を加味したものよ」
「どういう意味でしょうか」
ルヴァはふっと表情を崩して肩を竦めるが、相変わらず瞳の光は消えたままだ。
僕が問い掛けると、彼女はにやりと笑った。
「道路整備が行われて輸送効率が高まる。そうなれば補給物資を依頼した鼠人族領に留まらず、王都ベスティアを中心にズベーラ全土へクリスティ商会の販路は広がるでしょう。その時、一番の利益を手にするのは誰なんでしょうねぇ」
「それは……」
どうやら、ルヴァは最初からこちらの思惑を見越していたらしい。
思わず言い淀むと、彼女は此処ぞとばかりに捲し立てた。
「言い方を変えると、ズベーラはクリスティ商会もといバルディアが狐人族を通して国内での商売を許容すると言っているの。お金を生み出す金脈を得られるというわけ。貴方達には、金額以上の利点があるはずよ」
「……金脈を得られる工事だから費用はぎりぎりで。足りない分は商売で利益を得ろ、そう仰りたいわけですね」
「ふふ、リッド殿は話が早くて助かるわ」
ルヴァは嬉しそうに笑みを溢すが、全く油断ならない。
少しでも返答を間違えれば、あっという間に根こそぎ利益を食い尽くそうとするような、そうした鼠のような貪欲さを感じる。
戦場で命の駆け引きをするのとは、また違った戦慄が背中を走った。
僕は口元に手を当て、考えを巡らせる。
損して得取れ……そうした言葉があるように『工事費用では利益を取らないようにして、販路拡大を優先する』という考えは確かにあるだろう。
でも、彼女の言葉には、何かが引っかかる。
重大な何かを見落としているような気がしてならなかった。
ルヴァからもらった書類に目を通すが、おかしな部分は見当たらない。
「……リッド様、少しお耳に入れたいことがあります」
「どうしたの、クリス」
首を傾げて聞き返すと、彼女はそっと小声で耳打ちをしてきた。
「この書類がよくできたものであることは間違いありません、しかし、ルヴァ殿がいうズベーラで私達が得た利益には、獣王の裁量で交易税を自由に変更して課すことができるはずです。その上、今の時期で受注した場合、次の獣王戦で次の獣王がセクメトス以外となれば、この場の条件が全てひっくり返る可能性があります」
「あ……」
クリスの言葉で、違和感に合点がいった。
書類をさっと見直してみるが、ズベーラの税率についての記載は見当たらない。
あくまで『工事費用』の算出だけがされていた。
工事を安請け合いさせた後、僕達が得た利益は高い税率を掛けて回収する算段をつけていたということだろう。
つまり、この提案書は僕達の意識を逸らすためのものだったというわけだ。
ルヴァ……さすがはセクメトスの右腕としてズベーラの政務と運営を支えるだけのことはある。
危うく、一杯食わされるところだった。
「今回の場合、最悪は『損して得もなし』になるかと」
「わかった。ありがとう、クリス」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
クリスは微笑むと、姿勢を正す。
僕は咳払いをすると、ゆっくり頭を振った。
「ルヴァ殿。確かに貴女の仰る通り、工事を格安で請け負い、得た金脈を利益を回収する方法もあるでしょう。しかし、それは貴国が『税率』を優遇してくれた場合にかぎりますよね」
「……心外だわ。私とセクメトスが信用できないというのかしら」
ルヴァはちらりとクリスを一瞥すると、僕に視線を戻して冷たい口調で凄んだ。
彼女は小柄で童顔だけど、今の目付きは恐ろしく怖い。
でも、これしきのことで怯む僕じゃないもんね。
「いえいえ、もうすぐ獣王戦も控えています。万が一、獣王が変わった場合、最悪のところ当家は工事を行っても金脈は得られない可能性があります。やはり、そうした点を加味した金額にしていただきたい、というのは正直な気持ちです」
僕とルヴァは無言で見つめ合い、室内にしんとした静寂が訪れる。
この場にいる皆の息づかいが聞こえてくるような、そんな張り詰めた空気が漂った。
しかし、この無言を怖がってはいけない。
こちらは必要なことは告げたのだ。
ここで下手に口を開き、場を和まそうとすればいらぬ発言をして墓穴を掘りかねない。
おそらく、ルヴァは顔を覗いながら待っているんだ。
こちらの失言を。
僕が言葉の代わりに目を細めると、ルヴァは「はぁ……」とため息を吐いた。
「わかったわ、金額は見直しましょう」
「ありがとうございます、ルヴァ殿。念のため付け加えておきますが、私は決して工事に後ろ向きなわけではありません。ただ、高すぎず、安すぎず……相応の金額で受注したいと申し上げているだけです」
「へぇ……? 高すぎず、安すぎず、とは。リッド殿は、面白いことを仰るのね。バルディアの道路整備ほど、綺麗に舗装できる技術はいまのところ大陸にはないわ。ここは、足下を見るべきなのではなくて」
ルヴァは眉をぴくりとさせ、身を乗り出した。
「確かに、独占技術と言われればそうかもしれませんし、足下を見ることもできるでしょう。しかし、それはお金にいらぬものまでついてきます」
「いらぬもの……何かしら?」
「恨み、でしょうか」
ルヴァの問い掛けに、僕は静かに淡々と答えた。
「私達はこれからルヴァ殿を含め、皆様の信頼を得ていかなければなりません。そのような時に、目先の利益を優先して信頼を失っては本末転倒。私達の目的は工事で利益を得ることではなく、信用を得ることです。とはいえ、利益も重要ですけどね」
「なるほど、ね」
彼女は納得がいった様子で頷くと、口元をにやりと緩めた。
「いいでしょう。では、バルディアが適正だという金額を提示してもらえるかしら。今すぐ算出できて妥当な価格であれば、私達は即決してもいいわよ」
「即決、ですか。しかし、国の公共事業となれば獣王であるセクメトス殿の許可が必要なのではありませんか」
僕の問い掛けに、ルヴァは「ふふ」と噴き出した。
「その点は抜かりないわ。言ったでしょ、この件はセクメトスに許可を得ているの。私の裁量に任せる……とね」
「なるほど。それでしたら、その言葉を信じましょう」
きっと、ルヴァは自分達の計算に絶対的な自信を持っている。
だからこその挑発、もしくは試しているんだろう。
なら、今度はこちらが攻める番だね。
僕はクリス、カペラを見やった。
「二人とも手伝って。すぐに計算しよう。それからアモンとティンクは『打ち込み君』の準備をお願い。見積書は殴り書きではなく、ちゃんとした書類で渡したいからね」
「畏まりました」
「任されたよ、リッド」
ルヴァにもらった資料と事前にこちらが用意していた資料を掛け合わし、工事費用の概算見積を算出すべく、僕達は慌ただしく動き始める。
一方のルヴァはというと、「う、打ち込み君……?」と首を捻っていた。
新作『公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す』は下記のURLで検索していただくか、もしくはあとがきの下にあるリンクにて閲覧できます。よければご一緒にお楽しみいただければ幸いです!
公爵家の暗殺者、最強の光術士はやり直す
▽URL
https://ncode.syosetu.com/n7435kk/1/




