ルヴァとの会談
「……まぁ、それは光栄だわ。どうやら、私の勘違いだったようね」
ルヴァはふっと表情を崩し、にこりと微笑んだ。
どうやら乗り切ったらしい。
室内の緊張が緩み、僕はほっと胸を撫で下ろした。
ルヴァは他の部族長よりも常識人だと思っていたけど、地雷の幅が広いというか、やっぱり曲者であることには変わりないようだ。
「あ、あはは。誤解が解けてよかったです」
「ふふ、リッド殿もアモン。それに、クリス殿。三人とも、とてもお似合いですよ。絵師も用意していますから、会談後は被写体もお願いしますね」
ルヴァは笑みを溢すと、室内にいる僕達を見回した。
被写体……また絵に描かれるのね。
もう、この件については深く考えないようにしよう。
「さて、それでは会議室に参りましょう。皆も待っていますから」
「畏まりました」
ルヴァの先導され、僕達は会議室に移動。
ルヴァを筆頭にした鼠人族と僕達、バルディアと会談が始まった。
最初はそれぞれの簡単な自己紹介から入り、それから鼠人族が議題としてあげてきたのが『バルディアと狐人族からクリスティ商会を通して支援物資がほしい』というものだ。
トーガとズベーラの国境では小さな衝突が絶えず、主にトーガが自国領を広げようと国境を進攻してくることが原因らしい。
防衛に当たっているのが獣王セクメトス率いる猫人族と部族長ジャッカルが率いる狼人族。
そして、各部族からの有志や各国の傭兵だそうだ。
しかし、前線を維持するには兵糧、医薬品、武具の補給路が欠かせない。
鼠人族はその補給路の管理を任せされ、ルヴァは噂通りにセクメトスの右腕として政治と軍事で協力をしている。
各部族から集めた物資、人員を必要な前線に割り振って、常にトーガの動向に目を光らせているそうだ。
年々トーガの侵攻頻度は増えているそうで、このままでは物資が足りなくなる可能性もできているらしい。
「トーガはズベーラと違って教皇が国の政治を全て行っている上、バルストで購入した奴隷を海路で運び込んで改宗させるの。それで、『お前達は神国を救う神兵だ』って暗示をかけて前線投入してくるのよ。バルストに売られた同胞達も『神兵』になって襲ってくることも日常茶飯事。全く、あんなの改宗じゃなくて洗脳だわ」
会議室にルヴァの冷たくて忌々しそうな口調が響き、室内がしんとなった。
『ときレラ』の攻略対象に名を連ねる『エリオット・オラシオン』。
彼が教国トーガにいるはずなんだけど、この大陸においてかの国は一番きな臭いと言わざるを得ない。
前世の記憶を遡っても、トーガがこんなにきな臭い国だった印象はなかった。
もしかすると、本編では、こうしたきな臭さが含まれていたのかもしれない。
まぁ、本編を『未読スキップON』で飛ばしまくった僕が言えることではないし、今となっては調べる方法もないけど。
重苦しい雰囲気が流れる中、僕は咳払いをした。
「なるほど、それで支援物資を融通してほしいというわけですね。しかし、帝国に属するバルディアが支援物資を供給したとなれば、トーガも黙っていないでしょう。報復としてケルヴィン領に侵攻する可能性もありますから」
ケルヴィン領は帝国の最西端に位置する辺境で、トーガとの国境を構えている領地だ。
今でさえ、トーガはケルヴィン領にちょっかいを出すことが多いという。
表立ってバルディアがズベーラを支援したとなれば、色々とややこしくなる。
「だから表向きは狐人族からの支援物資として、輸送路は木炭車を融通してもらっているクリスティ商会に担当してほしいのよ」
ルヴァはそう告げると、目を光らせた。
「もちろん、ただとは言わないわ。御家が帝都までの道路整備をした実績を加味して狐人族領、王都ベスティア、鼠人族領までの道路整備をバルディアに発注するつもり。当然、セクメトスの許可はもう得ているわ」
「それは、とても魅力的な注文ですね」
僕は思わず唸った。
鼠人族領、王都、狐人族領まで続く道路整備となれば、かなり大がかりな公共事業だ。
それにバルディアからズベーラの王都まで続く整備された道ができたとなれば、木炭車の輸送効率が格段に跳ね上がる。
クリスティ商会もといバルディアの販路は、王都を介することであっという間にズベーラ全土に及ぶことになるだろう。
「そして、これが引き受けてくれた時の謝礼を見積もった書類とその明細ものよ」
ルヴァが目配せすると、鼠人族の豪族が書類を僕達に配ってくれた。
様々な商談や会談に望んできたけど、議事録とかじゃなくて、先方からこうした書類を提示されたのは初めてかもしれない。
紙がそれなりに高価なことに加え、提案書が一般的じゃないからだ。
「部族長会議でリッド殿が見せてくれた資料。わかりやすかったら参考に作ってみたの。どうかしら」
「……すごくよく出来ています。出来すぎなぐらいに」
僕は平静を装いながら相槌を打ったけど、書類の内容を見て内心は穏やかではなかった。
公共事業を発注における金額の算出についての詳細が、数字でみっちりと書かれていたのだ。
人件費、材料費、燃料費、おおよその工事日数から、ありとあらゆる項目が記載されている。
おまけにどこでどうやって調べたのか、羅列されている数字が僕達の実情を知っているのかのような数値なのだ。
まさか、バルディアに『頭の黒い鼠』でもいるというのだろうか。
いや、そんなはずなはい。
僕は視線を書類からルヴァに戻した。
「素晴らしい内容ですが、記載されている数値の根拠をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ふふ、良いわよ。鼠人族の情報収集能力を教えてあげましょう」
ルヴァは不敵に笑うと、バルディアがクリスティ商会とこれまでやってきた事業展開。
帝都までの道路整備まで、ありとあらゆる情報を流暢に数字を持って語り出したのだ。
そのどれもが現実に沿った数字と近くて、僕はごくりと息を飲む。
横目でちらりと見やれば、クリスもかなり険しい表情をしていた。
「……とまぁ、こういった具合でバルディアとクリスティ商会の実績を鑑みて、算出した数字というわけ。当たらずとも遠からず、でしょ」
「それについては、お答えを差し控えさせていただきます」
ルヴァは目を細めるが、その瞳は一切笑っていない。
僕は苦笑しながら頬を掻くが、脳裏には熊人族部族長カムイ・マジェンタが別れ際に言っていた『次はルヴァのとこだったな。まぁ、頑張ることだ』という言葉が思い起こされていた。
ズベーラ国内の常識人であると同時にズベーラで一番数字に強く、交渉相手として最も厄介なのが彼女こと『ルヴァ・ガンダルシカ』だったということだろう。
これは今まで、一番大変な交渉になりそうだな。
僕は深呼吸をすると、咳払いをしてルヴァを見つめた。
「数字の根拠は理解できました。しかし、それでもこの数字は厳しすぎます。狐人族を隠れ蓑にしてバルディアが動いたとしても、トーガに気付かれる可能性はどうしてもあります。そうなれば意図的関与を疑われるでしょう。私達に危険な橋を渡れと仰るなら、その危険性も踏まえた価格にしていただかないと割に合いません」
「あら、リッド殿。良いところを突いてくるじゃない。やっぱり、交渉はこうでないと、ね」
ルヴァの目からすっと光が消え、殺気と似て非なる異様な雰囲気が漂い始めた。
まるで、獲物を定めた獣の如く、こちらを見据えている。
化けの皮がはがれた、か。
いや、この場合、猫を被っていた鼠かな。
どちらにしても、一筋縄ではいかなさそうだ。




