想いもよらぬ発言
「妻の彫刻を作るために、熊人族最上級の職人を派遣してほしいか。殊勝な心がけだ。しかし、リッド殿が幼くして愛妻家という噂は耳にしていたが、まさかそうしたところまで『型破り』とはな」
「え……?」
カムイが口元に手を当てながら、にやりと笑った。
しまった……。妻の、それも等身大の彫刻を作ってほしいと自分から言い出すなんて、愛妻家を通り越してなんだか偏愛家みたいじゃないか。
「カムイ様の仰るとおりですな、実に微笑ましい」
「リッド殿の彫刻と並べれば、さぞ映えることでしょうな」
「将来、お二人が彫刻を仲睦まじく見つめる姿が目に浮かぶようですぞ」
「素晴らしいお考えかと。私の主人にも見習ってほしいぐらいです」
豪族達が目を細め、ほっこり顔で微笑ましいものを見たような視線をこちらに注いでいる。
「あ、いや……」
羞恥心を自覚してしまい、どんどん体の体温が上がって顔が火照ってしまう。
僕が愛妻家というのは良いとしても、この一件が広まった『いきすぎた愛妻家』ならぬ『妻馬鹿』なんて呼ばれてしまうんじゃなかろうか。
『型破りの神童』とか『型破りな風雲児』なんて呼ばれている現状、きっと一部の人は楽しんで囁くことだろう。
帝都の社交界とかに伝わったら、瞬く間に帝国全土に噂が広まっていくはずだ。
知り合いの貴族達が僕をいじってくる様子が、どんどん脳裏に浮かんでくる。
にやにやと素知らぬ顔で尋ねてくるアーウィン陛下。
扇子で口元を隠しつつ、目を細めて根掘り葉掘り聞き出そうとするマチルダ陛下。
笑顔で淡々と型破りという異名と絡め、次々に質問してくる皇太子のデイビッド。
無表情だが前のめりになって、逃がさないといわんばかりに聞いてくる皇女のアディ。
ここぞとばかりにマチルダ陛下みたく、そしらぬ顔で根掘り葉掘りいじってくる義弟のキール……身内となった彼が、一番容赦がないかもしれない。
どこか冷めた目で見てくるが、好奇心で問い掛けてくる悪役令嬢ことヴァレリ。
清純な笑顔でそれとなく聞いてくる侯爵令嬢マローネ。
純朴な様子でおずおずと質問してくる侯爵子息ベルゼリア……あ、でも、彼は何だか、耳が垂れた可愛らしい兎っぽい感じがする。
どこか同情というか、客観的かつ冷静な様子で僕の話を聞いてくれるデーヴィド……君はなんて良い子なんだろうか。
想像の域は出ないが、脳裏に浮かんでくる彼等の姿。
これは帝都の社交界に参加した経験則からくる、いわば経験則で無意識に導き出された確信めいた予感、いや直感だ。
ここは、何としても愛妻家を超えた『妻馬鹿』という認識をもたれないよう、誤解を解くよう慎重かつ丁寧な説明が必要になる。
生暖かく微笑ましい視線でこの場の注目を浴びる中、気持ちを切り替えて説明をしようと思ったその時、「いやぁ、驚いたよ」とアモンが切り出した。
「まさか、そこまでリッドがファラ殿を想っていたなんて。これはもう……」
「……⁉」
僕は目を瞬いて彼を見やった。
い、いや、待つんだアモン。
君は、そんな純粋無垢な笑顔で一体何を言うつもりなんだ。
ぶわっと全身から汗が噴き出し、胸の鼓動が高まっていく。
まさか、まさか、そんな、君は僕の友達だろう。
二つ名で苦労していることは、君にもよく相談していたじゃないか。
その時、僕は彼の背後に見知った人物……クロスがにこりと微笑んだのが見えた気がした。
アモンの背後にクロスを見るのは、これで二度目。
背筋が色々な意味でゾッとする。
はじめて見た時は見間違い、もしくは霊か何かだと思っていた。
まさか、クロスはティスやティンクのことを案じるあまり、アモンの『守護霊』になったとでもいうのか。
いや、今はそれよりも、重大な問題がある。
もし本当にクロスだとするならだ。
守護霊は『人を導く存在』の性質を持つことから、人はその影響を知らず知らずに受けるという。
そして、この場の状況、クロスの性格、アモンの口ぶりを察するに、何を言わんとしているかは大体の想像はつく。
しかし、彼の口を止めることはできない。
最早、手遅れだ。
やめて、やめるんだ、アモン。
祈るような気持ちで視線を送ったが、彼はこの場の注目を浴びる中、続く言葉を切り出した。
「愛妻家を超えた、偏愛家。いや、これはもう『妻馬鹿』というべきだね」
「おぉ……⁉」
豪族達と感嘆した様子で唸った。
いや、『おぉ……』じゃないよ。
僕はがっくりと肩を落とし、羞恥心で溜まらず顔を両手で覆った。
でも、豪族達のざわめきは収まらない。
それどころか、どんどん声が大きくなっていく。
「なるほど、これは言い得て妙ですな」
「確かに、型破りな風雲児と異名を持つリッド殿だ。奥方に対する想いも型破りに深いというのも納得です」
「いやはや。将来、お二人は帝国を代表するおしどり夫婦として名を馳せるやもしれませんなぁ」
「リッド殿は、アモン殿に『妻馬鹿』と称されるほど奥様を大切にしていらっしゃるんですね」
感心する人、納得する人、拍手する人、何故か感動した様子で涙ぐむ人……豪族達の反応はさまざまだ。
ファラへの想いは確かに強いけど、違うんだ。
いや、そうだけど。
そうじゃないんだよ。
ちゃんと説明しようと思ったのに、なにがどうしてこうなってしまったんだ。
最早、収拾はつかない。
さっき脳裏に浮かんできた皆が、何故か満面の笑みを浮かべている。
でも、デーヴィドとベルゼリアはどこか同情的というか、ご愁傷様という表情をしている。
二人は良い子だなぁ。
愕然としていると、アモンが心配顔でこちらにやってきて耳打ちする。
「リッド、どうしたんだ。私は何か間違ったことは言ってしまったかな」
「いや、大丈夫。大丈夫だよ。君は見たまんま、感じたことを言ってくれただけだからね。間違ったことは何一つ言ってないよ」
「そ、そうか。しかし、リッド。君は一体、どこを見ているんだ」
僕は彼の背後、人から見れば天井を怨めしく見つめていた。
アモンが捻って僕の視線の先を追うが、当然、そこには誰もいないし、見えない。
クロス、君が愛妻家であることは重々承知しているよ。
その影響を僕が受けているか否かでいえば、間違いなく受けているさ。
でも、愛妻家を超えた『妻馬鹿』と周囲に広めるのは、ちょっとやり過ぎじゃないのかなぁ。
ため息を吐いて項垂れると、「あの、リッド様」とティンクがやってきた。
「うん、どうしたの?」
「とても変なことをお伺いしますが、ひょっとして何か見えたのでしょうか?」
「え、まさかティンクも見えたの?」
目を見開いて聞き返すと彼女は目を丸くするが、すぐに「ふふ」と噴き出して笑顔になった。




