木彫りの……?
「いや、こんな立派な木彫りができるなんて思わなかったなぁ」
「そうだね。私もびっくりだ」
「私、これが家族に知れたら絶対に揶揄われます」
熊人族に到着した翌日。
今日も熊人族の民族衣装に身を包んだ僕、アモン、クリスの三人は、出来上がった自分達の木彫りを前にして呆然と立ち尽くしていた。
近くにはティンク、カペラ、エマ達も控えている。
木彫りは僕達の髪の毛一本から、足先、被写体になった時の民族衣装の特徴から服のシワに至るまで、事細かに丁寧に彫られている。
これ自体は職人の熱意や情熱に頭が下がるばかりだし、芸術はよくわからないけど、間違いなく素晴らしい一品なんだと思う。
ただし、一つだけどうしても気になる点がある。
「それにしても、まさか等身大で彫られるとは思ってみなかったよ」
そう、目の前に並んでいる木彫りの高さは、土台を除けば僕達とほぼ同じなのだ。
もはや木彫りの人形というより、彫刻の人物像である。
ちなみに僕の彫刻は、熊人族の民族衣装を着ている僕が駆け出すような構図となっていて、今にも動き出しそうな躍動感と子供らしい愛嬌に溢れているものだ。
職人達曰く、僕達の彫刻はどれも生涯にもう一度作れるかどうかの熱量を込めた傑作だそうだ。
『型破りな風雲児の異名を持つリッド様の牽引力。そして、人々を虜にする魅力を込めました』
そう彼等が熱く語る姿は情熱に溢れ、素晴らしいものだった。
他人の人物像であれば、もっと素直に感動できたんだろうけど。
「うん、私もせいぜい掌大ぐらいだと考えていたよ」
やれやれと頭を振るアモン。
アモンの彫刻は、僕よりも大人びた雰囲気で静かな迫力を持ち、まるで本当に民族衣装を纏った彼がいるかのような気配が漂っている。
『狐人族の未来を憂いて決別の意思を持ち、幼くして立ち上がったその勇気。そして、見事、部族長となってみせた。不退転の覚悟と指導力を存分に込めました』
職人曰く、そういうことらしい。
まぁ、確かにそんな雰囲気はある。
でも、アモンと僕は年齢的にそんなに変わらないはず。
彼が大人びた雰囲気で、僕が子供らしい愛嬌に溢れている、というのはちょっと釈然としない。
「これ、何とか買い取らせてもらえないでしょうか……」
クリスは頭が痛いと言わんばかりに額に手を当て、がっくりと肩を落として俯いている。
彼女が民族衣装を纏った姿の彫刻は、まるでそよ風の中を気持ち良さげに歩いているような構図だ。
向かい風の中を歩いていることを表現しているのか、髪や服が後ろになびくような形で彫られている。
服が体に密着している構図で体の輪郭が一番はっきり出ていて、片足だけが衣装の切れ目から見えていた。
迫真の出来というか、今にも動き出しそうな立体感がある。
『商会を率いて大陸を凜とした姿で渡り歩く気高きエルフ、クリスティ・サフロン様。彼女の美しさと優雅さ。そして、芯の強さを込めました』
そう息巻いていた職人達。
彼等の熱量は相変わらずだったけど、僕やアモンの時よりも少し温度が高かったような気がした。
多分、気のせいだろう。
ちなみに、クリスの彫刻を作った職人の中には、彼女が民族衣装を着替えるのを手伝った女性の姿もあった。
彫刻をじっと観察してから、横目でちらりとクリスを一瞥する。
やっぱり、体の輪郭が測ったんじゃないかと思えるほど、正確な気がしてならない。
「……まさかね」
「ん、リッド様、どうかされましたか?」
僕の呟きが聞こえたらしく、クリスが小首を傾げた。
「え、あ、いやいや。何でもないよ、気にしないで」
「……?」
僕が頭を振ると、彼女がきょとんした。
彫刻とクリスの輪郭がそっくりとは、さすがに言えない。
すると、その様子を見ていたアモンが、何やらにやりと口元を緩めた。
「リッド、ひょっとしてあれかな。彫刻とクリス殿に見蕩れていたんじゃないか」
「え……?」
「あ、あぁ、うん、実はそうなんだ」
クリスが再びきょとんとしてしまった。
アモン、なんでこんな時だけ揶揄ってくるんだ。
しかし、下手に否定すると今まで経験上、小火が大火事になることを何度も経験した。
ここは、あえて乗っかるべきだろう。
「彫刻は素晴らしい出来だし、クリスも美人であることは間違いないからね。どちらも綺麗だなって思ってさ」
「あはは、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですよ」
クリスが照れくさそうに頬を掻いたその時、足音が聞こえてくる。
振り向けば、カムイと豪族達がこちらにやってきた。
「木彫りは気に入ってくれたようだな」
「えぇ、そうですね。でも、まさか等身大の彫刻とは思いませんでしたよ」
僕が苦笑しながら答えると、カムイは並べられた僕達の彫刻を見やった。
「うむ、よい出来だ。これであれば量産も可能だな」
「量産、ですか?」
思わず首を傾げると、カムイはにやりと笑った。
「そうだ。何故、木彫りを等身大で作ったのか。その理由は貴殿達が領地を去っても、これがあれば小さいものから大きいものまで。いつでも作れるではないか」
「な……⁉」
僕、アモン、クリスは一斉に目を丸くした。
確かに等身大の彫刻を作っておけば、職人達に大きさを調整して作らせることは可能だろう。
「そ、そんなの困ります」
「そうです。カムイ殿、私達の許可を得ることもなく大量生産なんて酷すぎます。これは外交問題になりますよ」
クリスとアモンが顔を真っ赤にして声を発するなか、僕は咳払いをして目を細めた。
「カムイ殿。まさかとは思いますが、肖像権という言葉をご存じない?」
羞恥心と怒りの感情を抑えながら冷淡に告げた結果、僕自身に思いがけないことが起きる。
感情に魔力が呼応したのか、僕を中心にとてつもない冷気が発生したのだ。
なるほど、ファラが時折発する冷たい圧はこうした仕組みからきているのか。
自分の身に起きていることを意外と客観視しながら、僕はカムイを見上げている。
周囲の皆は明らかに空気と温度が変わったこと。
そして、魔力の圧にたじろぎ、戦慄した様子で顔を引きつらせているようだ。
でも、さすが部族長というべきか、カムイは表情一つ変えず、こちらを見つめている。
突然、彼は「はは」と噴き出した。
「許してくれ、リッド殿。冗談だよ、ただの冗談」
「……本当に冗談なんですか」
頬を膨らませジト目で睨むと、カムイは頭を掻きながら会釈した。
「本当だ、揶揄って悪かった。これらの彫刻は、文化交流と友好の証としてそれぞれの領地に送り届けるつもりだよ」
彼はそう言うと、ふっと表情を崩した。
その顔は、今まで一番優しい感じがする。
「バルディアにいるリッド殿のご両親や家族は、貴殿が傍におらず寂しかろう。こうしたものでもあれば、少しは気休めになると思ってな」
「あ……」
言われてみれば確かにそうだ。
バルディア家の家族絵というのは、実は時を見てちょくちょく描かれている。
でも、こうした彫刻を作るというのは、あまり考えたことはなかった。
帝国の場合、帝都で木彫りの皇族というものがあるせいか、芸術品というよりは記念品という印象があったのだ。
改めて見れば、この彫刻は本当によく出来ている。
この彫刻が父上や母上達が楽しむもの、そう考えれば、子供の愛嬌と躍動感を感じられる造りは間違いじゃない。
「そ、そういう意図だったんですね。ありがとうございます、きっと父上も母上も喜ぶと思います」
「そうか、リッド殿がそう言ってくれるな心強いな」
カムイはそう言うと、視線をアモンに向けた。
「アモン殿の分は狐人族領に送るよう手配しておこう」
「わかりました。ありがとうございます」
「クリスティ殿の分はアストリアのサフロン商会本店に送ればいいかな」
「あ、そうで……」
アモンが会釈し、その流れで会話を振られたクリス。
彼女は相槌を打とうとするが、ハッとして頭を振った。
「だ、駄目です。それは絶対に駄目です。バルディアのクリスティ商会本店に、いえ、今は駄目だわ」
クリスは何やらぶつぶつ呟くと、僕の方に振り返った。
「リッド様、申し訳ありません。私の彫刻も一旦はバルディア家のお屋敷に運び入れてくれないでしょうか?」
「それは構わないけど……。でも、どうして?」
首を傾げると、彼女は僕の側にやってきて耳打ちした。
「もし、この彫刻のことを父と兄が知られたら大変なことになります。カムイ様の仰ったことが、私だけ現実になってしまうかもしれません」
「あ、そういうことね」
合点がいった。
クリスの父親マルティンと兄マイティは、彼女のことをとても大切にしているが、ちょっと愛が深すぎるきらいがある。
クリスの彫刻を見たら、確かにカムイが言った冗談を本当に実践しそうだ。
「わかった。クリスの連絡があるまで、バルディア家で保管しておくよ」
「ありがとうございます」
クリスが頭を下げたその時、とあることを閃いた。
そうだよ。
僕がいなくて父上と母上が寂しい想いをしているなら、エルティア母様も同じ気持ちを抱えているはず。
あの『手紙』の目的は僕を奮起させることだろうけど、その根本にはファラへの心配とエルティア母様なりの優しさがあるのは間違いない。
うん、そうと決まれば善は急げだね。
「あの、カムイ殿。彫刻をバルディアに届ける時、一つお願いがあるんですがよろしいでしょうか」
「内容にもよるが、なにかな」
口にするのはちょっと恥ずかしいけど、お願いすることは恥じるようなことじゃない。
僕は顔が火照りを感じつつ、意を決して切り出した。
「費用はこちらで持ちますので、どうかバルディアに職人を派遣して私の妻。ファラ・バルディアの等身大の彫刻を作っていただけないでしょうか」
そう告げると、カムイは眉をピクリと動かした。
そして、何やら周囲から生暖かい視線で注目を浴び、何故か甘い雰囲気と空気が弛緩した気配が流れ始める。
あ、あれ、これってどういう状況?




