牛人族、熊人族との会談
「リッド殿、アモン殿。よく似合っているではないか。なぁ、ハピス」
「当然だ。二人のため、急遽だが牛人族きっての職人達に作らせた逸品だからな」
熊人族のカムイが視線を向けると、ハピスがしたり顔で相槌を打った。
「あはは……。ありがとうございます」
僕とアモンは顔を見合わせ、苦笑しながら頬を掻いた。
牛人族の民族衣装は、頭にちょっと変わった形の帽子を被り、長袖長ズボンは青と赤茶を基調としている。
帽子の外周、上着の袖、裾、襟首から肩部分、ズボンの裾などには、それぞれ黄色い糸による細かい模様の刺繍が施されている。
似たような服装を挙げるなら、前世の記憶にある『コルト』だったかな。あれが近いかもしれない。
牛人族の豪族や平民は皆こうした服装を普段着としているそうで、正装はハピスが着ている軍服のような服装になるそうだ。
ティンク、クリス、エマ達は狸人族の時と同様に大興奮で、「絵に残しましょう」と息巻いていた。
しかし、昨日今日で急に絵師なんて用意できるわけがないし、時間もない。
牛人族領に滞在できるのは今日を含めて三日間。
その間に会談をまとめ、『現地調査』にも出向かなければならないからだ。
「ちなみにこの後の会談が終わったら、絵師を部屋に用意させている」
「え……?」
僕はハピスの言葉に目を瞬いた。
まさか絵師まで用意しているとは思わなかった。
一体、ギョウブはどんな内容の手紙を送ったのだろう。
「リッド殿のその姿、故郷のご家族にも見せてやるといい。きっと喜ぶだろう。これも牛人族とバルディアの友好関係を築く取り組みだと考えてくれ」
「は、はぁ。畏まりました。では、そのようにさせていただきます」
呆気に取られながらも、僕はこくりと頷いた。
でも、これって各部族領に行く度に同じことが起きるのではなかろうか。
とはいえ、僕が民族衣装に着替えることでバルディアとズベーラの各部族との親交が深まるなら、それに越したことはない。
あと、なんだかんだで母上達も喜んでくれるだろう。
その時、ふと思いついた。
「ハピス殿。この衣装を購入することは可能でしょうか?」
「もちろん可能だが、気に入ってくれたのなら、その衣装は持ち帰ってくれて構わんぞ」
「ありがとうございます。ですが、せっかくなので家族の分も購入させていただければと思いまして」
最近、ズベーラにいることが多くなり、母上やファラ達と過ごす時間が以前よりかなり減ってしまった。
父上とは通信魔法を介してやり取りすることはあるが、そうでない皆とは手紙のやり取りしかできない。
それも、各部族領を巡っている今は難しい。
でも、ズベーラの各部族領に訪れたことを伝える手紙に加えて、その土地の民族衣装を送れば、僕が見た各地の風景や雰囲気に思いを馳せて楽しんでもらえるかも。
歩けるようになったとはいえ、まだ遠出のできない母上。
帝国領の文化以外に触れる機会が少ないメルやファラ達にとっても、外の世界を知る良い機会になるだろう。
「なるほど。そういうことなら、すぐに手配しておこう」
「助かります」
僕は会釈し、側にいたクリスとティンクに目配せしてから耳打ちをした。
「狸人族領の『童水干』とか、あの辺りの衣装も母上やファラ達の分を見繕って、バルディアに送る手配をお願いできるかな」
「畏まりました。皆様、きっとお喜びになると存じます」
「購入と配送はクリスティ商会にお任せください。服のサイズはティンクさんと打ち合わせておきますので、リッド様は色合いやデザインの確認を後ほどお願いします」
「うん、わかった。よろしくね」
クリス、エマ、ティンクの三人にお願いしておけば間違いないはず。
母上やファラ、皆が喜んでくれるといいんだけどな。
「あの、ところでリッド様。ライナー様の分はご用意しなくてよろしいんですか?」
「え、父上の分?」
クリスの問いかけに、僕は首を傾げた。
父上が狸人族のギョウブが着ていた服装。
そして、目の前にいるハピスやカムイの衣装を着た姿を想像してみる。
帝国人は身長が高く、足がすらっとしている人が多い。
その中でも父上は高身長の部類に入る。
普段から剣術の稽古を欠かしておらず、たまにバルディアの温泉に一緒に入ると、実用的で無駄のない父上の肉体美にはいつも圧倒される。
肉体美といえばルーベンスもなかなかだが、彼は父上よりも身長が少し低い。
ダイナスは父上よりも背が高いが、彼の場合は肉体美というよりも筋肉美といった感じだ。
騎士団とバルディア家全体を客観的に見渡しても、父上は顔と体型の両面で最上位だろう。
子供の僕が言うと自慢のように聞こえるけど、客観的事実であることは間違いない。
その父上が様々な衣装を、母上やファラ、メル達の前で『ファッションショー』のように披露する、か。
うん、これはすごく母上が喜びそうだ。
なにより、父上が母上に振り回される姿が目に浮かんで面白い。
「ふふ……」と笑みがこぼれると、「リッド様、どうかされましたか?」とクリスが首を傾げた。
「あ、ごめんごめん。父上の分だったね。それもお願いするよ。ただし……」
「ただし……。なんでしょうか?」
含みのある言い方にクリスがきょとんとすると、僕はふっと表情を崩して耳打ちした。
「送り先は父上じゃなくて、母上にお願いね」
「あ……⁉ なるほど、そういうことですか。確かに、そっちの方がナナリー様やメルディ様もお喜びになるでしょうね。しかし、リッド様も相変わらず人が悪いというか、悪知恵が働くというか……」
「何を言っているんだい、クリス。僕はまだまだ純真無垢の子供だよ。ちょっと、人よりも先が読めるかもしれないけどね」
僕が目を細めると、クリス達は呆れ顔で肩をすくめた。
それから僕達は、ハピスに案内されて会議室に移動した。
僕やアモンの服装を目の当たりにした牛人族と熊人族の豪族達から小さなどよめきが起きたが、雰囲気は好意的だ。
彼等の好奇と値踏みするような注目を浴びる中、僕達は会談の席に着いた。
牛人族と熊人族は、獣人族の中でも体格が大きいとされる種族だ。
彼等が一堂に会するだけでも相当な圧がある。
しかし、これぐらいの圧なら帝都の貴族達に比べればまだまだぬるい。
びびらせたいのであれば、せめて僕との稽古で真剣を持つ父上を超えるぐらいの圧がほしいかな。
周囲をそれとなく見回しても、牛人族や熊人族の圧に怯んでいる者はいないようだ。
僕と同じく衣装を着替えたアモンも、にこにこしながら席に着いている。
こちらが全く動じない様子を見て、豪族達は少し意外そうに唸った。
帝国や他国の文官なら、体格の良い彼等を前にすれば少したじろいだかもしれない。
でも、僕達バルディア家はどちらかといえば武官だ。
この程度の圧でたじろぐような人間はいない。
商人であるクリスやエマも、こうした圧には慣れているようで、涼しい顔をしている。
僕達が席に着いて間もなく、ハピスとカムイが代表者的な立ち位置の席に腰を下ろす。
そして、ハピスが咳払いをしておもむろに口を開いた。
「では、これより牛人族、熊人族、狐人族、バルディアにおける会談を実施する。カムイ、問題ないな」
「あぁ、構わない。始めてくれ」
「それではまず最初に、リッド殿には自己紹介をしてもらえるかな。この場にいる者は、貴殿と初めて顔を合わせる者も多いからな」
カムイの答えを聞くと、ハピスは言葉を続けてこちらに視線を向けた。
僕は「畏まりました」と会釈して、その場に立ち上がる。
「改めまして、マグノリア帝国に属するバルディア辺境伯家の嫡男、リッド・バルディアです。本日はこのような場を用意していただき、誠に感謝しております。そして、ぜひこの機会に知っていただきたい。皆様に『水田』と『お米』の素晴らしさを」
「水田……? 米、だと?」
豪族達は揃って首を捻り、眉間に皺を寄せてあからさまに訝しんだ。
僕は彼等の反応を丁寧に観察し、気付かれないよう息を吐いた。
まぁ、そうなるよね。
でも、この反応は想定内。
僕は動じず、にこりと目を細めた。




