狸人族との親睦会
「ということで、こちらの話はまとまったぞ。いつ、どこで、誰に教えればいいんだ」
感情の緩急がすごいな、この人。
ギョウブの切り替えの速さに呆気に取られるが、僕は「えっと……」と切り出した。
「実はバルディア家に属する狸人族の子を連れてきておりますので、その子に今日明日にでも教えていただければと存じます」
「そうか。しかし、今日はこのあと親睦を兼ねた宴の用意をしてある。明日で構わないか?」
「はい、それで大丈夫です。では、彼にもそう伝えておきますね」
よし、これで狸人族との会談でやりたかったことは全部終わった。
後はギョウブから狸人族の獣化の情報を明日もらえれば、言うことなしだ。
「あ、そうだ。宴の準備が終わるまで、まだ少し時間がある。それまでは来賓室で待っていてくれ」
「わかりました。それでは皆さん、本日はお時間をいただきありがとうございました」
ギョウブと握手を交わして豪族達に向かって会釈すると、友好の示すような拍手が起きた。
油断はできないだろうが狐人族、狸人族、バルディアは上手くやっていけそうかな。
僕達は会議室を後にして案内されるまま来賓室に移動する。
しかし、その部屋には何故か数台のイーゼルが置かれ、絵師らしい人達が待ち構えていた。
「リッド様とアモン様ですね。部族長のギョウブ様より、文化交流と友好の印としてお二人の姿を絵にして記録するよう申しつけられております故、どうかご協力をお願いします。あと、ギョウブ様からの伝言で『これを断ると、リッド殿とアモン殿に対する俺の心証は著しく悪化するだろう』とのことです」
「な……⁉」
僕とアモンは唖然として固まった。
やられた。
最初から準備していたのか、もしくはクリス達の会話を聞いて準備したのか。
やっぱり、ギョウブは油断ならない人だ。
こうして、僕とアモンが『童水干』を着た姿は絵として記録に残されることになった、なってしまった。
短時間のうちに絵は数十枚描かれる……ちょっと枚数が多すぎると感じたのは気のせいだろうか。
そして、完成した僕とアモンの絵を見るなり、商人の目となったクリスとエマは息巻いた。
「複写したものを販売しましょう。絶対に爆売れ間違いありません」
「あはは、僕の一存じゃ決められないから父上と母上の了承を得られたらね」
「そ、そうだな。この件は、私達の一存で決められることではないと思う。多分……」
僕とアモンは揃って顔を引きつらせつつ、申し出をやんわり断るのであった。
◇
会談後、来賓室で待ち構えていた絵師によって僕とアモンが『童水干』を着た姿の絵が完成すると、ギョウブが『親睦会を開始するから、会場に案内する』とやってきた。
タイミングが良すぎることから察するに、絵が描き終わるのを近くの部屋で待っていたんだろう。
彼は室内にあった僕達の絵を見て、にやにやと口元を緩めていた。
何やら、良からぬ悪巧みをしていそうだ。
「……絶対、売ったりすることは許しませんよ」
「俺が君達の心証が悪くなるような真似をするわけないだろ」
僕がジト目で見据えるとギョウブは肩を竦めたが、その言葉が本当ならいいんだけど。
立食式で行われた親睦会の会場には狸人族の有力な豪族が集められていて、僕、アモン、クリスのところには人集りが絶えない状況が暫く続いた。
親睦会で振る舞われた料理は和風的な味付けが多くて驚いたけど、僕達が揃って目を丸くしたことがある。
どうやって仕入れたのか、バルディアの清酒がこれ見よがしに沢山並べられていたことだ。
バルディアの清酒は現在大人気商品で、大陸全土で引く手数多の商品になっている。
でも、皇室、貴族御用達になっているから帝国内を優先的に納品していて、国外への流通量は決して多くない。
にもかかわらず、この会場にいる人の全てが楽しめる量があるというのはかなり凄いことだ。
狸人族がバルディア、狐人族と友好的であること。
そして、狸人族の情報力、仕入れが如何に優れているかということを仄めかす意図があってのことだろう。
豪族達との挨拶が大体終わると、ギョウブが周囲を見渡すようにやってきて「そういえば、ラファの姿が見えないな」と尋ねてきた。
アモンの姉であるラファ・グランドーク。彼女は今回の外遊には同行しておらず、狐人族領に部族長代理として残っていると説明した。
外遊の目的には、アモンが名実ともに狐人族部族長であること。
そして、狐人族が旧体制を一新し、新体制となったことを周知する目的も兼ねている。
アモンとラファが並ぶと、どうしても過去の実績からラファの方が注目を浴びてしまうから、今回はこうした配置となったわけだ。
ラファを部族長代理として狐人族領に残すということは、アモンとラファの間に強い信頼関係が構築されていることを国内外に示すことにもなる。
狐人族の新体制が盤石なものになりつつあると広まれば、狐人族領に商機があると人が集まるだろう。
そうなれば狐人族領の再興を早め、背後にいるバルディアの懐も自然に潤うというわけだ。
僕達の答えを聞くと、ギョウブは目を丸くして「あのラファが部族長代理、だって。あっはは、あいつにしては柄にもないことをしたもんだ」と楽しそうに笑い出した。
確かに彼女は『部族長なんて椅子。代理でも何でも座りたくないから、アモンを部族長にしたのに。これじゃ、本末転倒よ』とぼやいて部族長代理を引き受けることを最後まで渋っていた。
ギョウブとの談笑も終わると、僕達のところにやってくる人に変化が訪れる。
狸人族の令嬢達がアモンとお近づきになりたいとやってきたのだ。
狸人族の令嬢達は中々に強かで押しが強く、アモンは丁重に断るのに必死な様子だった。
帝国で似たような体験をしていた僕は親近感を抱きつつも念のため、彼の耳元に顔を寄せて釘を刺した。
「バルディアとグランドークの関係。そして、アモンの婚約者となったティスが僕の妹であることを忘れないようにね」
「も、もちろんだとも」
告げてから微笑み掛けると、アモンは血の気が引いたような顔で頷いていた。
親睦会が終わると僕達はそのまま部族長屋敷の客室で宿を取らせてもらう。
そして、翌日。
僕は第二騎士団特務部隊所属の狸人族ダンを連れてギョウブと面会した。
会談で話していた狸人族の化術、獣化について教えてもらうためだ。
ちなみに、僕の服装は帝国様式の普段着である。
「数年前に悪質な悪戯の数々で巷を騒がした後、行方知れずになった三兄弟がまさかバルディアに流れ着いていたとはな。いやはや、これは驚いたよ」
ダンの姿を見たギョウブは何やら眉間に皺を寄せ、名前を知ると肩を竦めて頭を振った。
飄々としているギョウブをして悪質な悪戯と言わしめるとはね。
「ダン、君達兄弟はいったい何をやったんだい?」
「そんな大したことはしていませんよ。自分は頭が良いと思い込み私腹を肥やしていた愚かな豪族達を相手に、悪戯という名の知恵比べを挑んだんです。最後は領民の支持も得て、完膚なきまでに叩きのめして領地から追い出してやったんですよ。まぁ、最終的に結託した豪族達の人海戦術や領民の裏切りで奴隷落ちしちゃいましたけどねぇ」
「あれは見方によっては決起だよ。後処理がどれだけ大変だったことか……」
ダンはあっけからんと肩を竦めるが、ギョウブは忌ま忌ましそうに吐き捨てた。
ギョウブの口調からして、本当に後始末が大変だったんだろう。
「まぁ、全ては終わった話。それはそれ。これはこれだ。会談での約束は果たす。だから、文字打ち込み君の件は頼むぞ、リッド殿」
「わかりました。私も約束は果たします」
二人に思いがけない因縁があったことで最初はどうなるかとひやひやしたが、ギョウブはダンに狸人族の獣化と化術についても教えてくれた。
予想通り、狸人族の獣化にも段階があることが分かり、ダンは「これでもっと強く、そして華麗に化けられるという訳ですね」と大喜びしていた。
ただ、ダンの場合、化術の向上心がありすぎて、突拍子もないことしでかすところがある。
そこだけがちょっと不安だ。
こうして狸人族領の日程が終わると、僕達一行は次の目的地である牛人族領へと出発した。




