個別会談、狸人族領へ
狐人族領に到着すると、僕を待っていたのはバルディア以上に忙しい日々だった。
ズベーラ王都ベスティアで開催された部族長会議。
各部族長と繋がりを持てたのは良かったんだけど、日程調整の結果一か月丸々、各部族領への移動と個別会談で埋め尽くされていたのだ。
かといってのんびり各領地を回っては、獣王戦前に仕上げの修行をする時間がなくなってしまう。
背に腹はかえられない、苦肉の策というわけだ。
もちろん、各領地を回る間も合間を縫って、獣王戦に向けた修行もしなければならない。
各部族領には、僕を含めたバルディア家関係者、アモンを始めとする新グランドーク家関係者、クリスティ商会の一団。
以上の面々で狐人族領の西側から狸人族、牛人族、熊人族、鼠人族、猫人族、狼人族、猿人族、兎人族、鳥人族、馬人族という順番で訪れることになった。
最初に向かった狸人族領は、木々が生い茂る緑豊かな光景が広がり、山から流れてくる綺麗な川もあって自然豊かな領地だ。
町並みに目を向ければ、木造で造られた簡易的な平屋と出店が立ち並び、大通りは商人達が行き交ってとても賑やかで華やか。
さすがはズベーラで一番商売が盛んな領地だと感心したものだ。
町ゆく狸人族の服装も面白くて目を引いた。
不思議なことにレナルーテ同様の和風なんだが、時代的にもっと古い印象をうける。
平民の女性達は『小袖【こそで】』という服装、男性は『筒袖【つつそで】』、『括り袴【くくりはかま】』、『直垂【ひたたれ】』という服装が一般的らしい。
子供に至っては『童水干【わらわすいかん】』っぽい服装で大通りを走り回っている。
かと思えば、狸人族の成人済みの豪族達は男女ともに『スーツ』に近い服装だ。
なかなかに目を引く光景である。
『ときレラ』の制作者の意向が反映されているのか。
もしくはレナルーテと文化的交流が過去にあったのか、いずれ調べてみたいような気もする。
「アモン。それにリッド殿とクリスティ殿。遠路はるばる狸人族領へようこそ。歓迎するよ」
部族長屋敷に到着すると、早々に狸人族部族長ギョウブ・ヤタヌキが出迎えくれた。
「こちらこそ、ギョウブ殿自ら手厚い歓迎をしていただき痛み入ります」
挨拶もそこそこに、すぐさまクリスをギョウブに紹介。
すぐ会談にうつることになったんだけど、ギョウブが「会談前にちょっといいかな?」と言ってきた。
「リッド殿。折角、狸人族領に来られたんだ。友好を深めるためにも、この機会に我らの文化を直に触れてほしいと思ってね。来賓室に贈り物を用意しているんだ。是非、受け取って身に着けてほしい」
「……? 受け取るのは構いませんけど。身に着ける、ですか」
ペンダントや指輪とか、狸人族お手製の装飾品でも用意してくれたのかな。
でも、どうしてこのタイミングなんだろう。
贈り物なら帰りでもいいはずなのに。
僕が首を傾げると、ギョウブはすっと耳打ちをしてきた。
「俺は狭間砦の戦いから部族長会議までリッド殿の活躍を目の当たりにしているが、他の豪族や領民はそうじゃない。無駄に警戒している奴もいるから、ここはリッド殿に懐の深いところを見せてもらい、友好的であることを知らしめてほしいんだ」
「なるほど、わかりました。そういうことなら協力いたします」
部族、豪族、国、貴族。どのような組織にしろ、一枚岩なんてそうそうあり得ない。
ギョウブは僕達に友好的だが、狸人族の豪族のなかには狐人族とバルディア家が組んで台頭することに危機感もしくは嫌悪感を抱く者がいてもおかしくないだろう。
狐人族領で問題になったサンタス家のように。
まして、他国の見知らぬ子供と革命を起こした幼い新部族長ともなれば面白く思わない方が普通な気もする。
「さすが。リッド殿は話がわかる。では、早速案内しよう。よければ、アモンも一緒に頼むよ」
「わかった。リッドがやるなら私も手伝おう」
こうして、僕とアモンはギョウブに案内されるまま来賓室に移動する。
そこに用意されていた『贈り物』は、僕とアモンの予想外のもので目を丸くした。
でも、協力すると言った以上、身に着けないわけにはいかない。
僕とアモンは止むなく、狸人族の人達に説明をしてもらいながらそれに着替えた。
「おぉ、二人とも。よく似合っているじゃないか」
僕達の姿を見るなり、ギョウブは大袈裟に喜んだ。
半分は絶対に面白がっているよね。
僕は小さなため息を吐くと、ギョウブをジト目で訝しんだ。
「……本当にこの格好に着替えるだけで友好的と示せるのか。甚だ疑問だよ」
僕が着替えた格好。
それは狸人族領内で見かけた子供達が着ていた『童水干』である。
ただし、細部にまで拘った綺麗な刺繍や作りから察するに、最高級品であることは間違いない。
色合いは白と淡い水色を基軸としていて、一部には綺麗な赤色も使われている。
「私もリッドと同意見だ。というか、リッドだけでよかっただろう」
やれやれと肩を竦めて頭を振るアモン。
彼も僕と同じ『童水干』の格好に着替えているが、色合いは黄色を基軸としたものだ。
「はは、そうつれないことを言うもんじゃないぞ。ほら、皆の顔を見てみろ」
「皆の顔?」
ギョウブに言われて見渡せば、何やら周囲にいる面々の目が輝いているような。
いや、ただ僕みたいな帝国出身者が着るのは物珍しいだけだろう。
ふいにクリスと目が合ったので、彼女の前に出て上目遣いで「どうかな?」と尋ねてみたが返答がない。
クリスは、何やらわなわなと震えて俯いているだけだ。
ほら、やっぱり。
物珍しいだけで似合ってないんだろう。
どこか寂しい気持ちを感じたその時、クリスが「……です」と呟いた。
「えっと、どうしたの。上手く聞き取れなかったんだけど」
小首を傾げると、彼女はしゃがみ込んで僕の両肩を掴むなり勢いよく顔を上げた。
「可愛いです。可愛いすぎですよ、リッド様」
「え……?」
可愛いってどういうこと。
呆気に取られて目を瞬いていると、ティンクが「クリス様の仰る通りです」と興奮気味に声を上げた。
「帝国様式や狐人族様式の服も格好良くてお似合いでしたが、『童水干』はリッド様とアモン様のあどけなさを引き立ててまた違った魅力がございます。そのお姿、是非、絵師を呼んで描き残しましょう。きっとナナリー様とライナー様もお喜びになるでしょう」
「え、絵師⁉」
思いがけない提案にたじろぐと、「良いことを思いつきました」とクリスの後ろに控えていたエマが挙手をした。
しかし、彼女の目は商人のそれである。
「ティンクさんの仰る通り、リッド様とアモン様のお姿を絵にしましょう。そして、そのお姿を帝国全土、いえ、大陸全土に販売するんです」
「えぇ⁉」
僕とアモンは、揃って素っ頓狂な声を出してしまった。




