バルディアの新製品3
「アストリアやトーガで作られる紙は木が主成分でしょ。バルディアの紙はレナルーテから仕入れた竹で作っているんだよ」
竹紙は木で作る紙より上質なんだけど、その分ちょっと手間がかかる。
でも、製法工程に魔法を取り組むことで簡略化に成功。
仕入れとは別に、バルディア領内では竹の生産も同時並行で行われているから原料に困ることもない。
タイプライターこと文字打ち込み君用に作られる竹紙は、高品質かつ決まった規格の大きさ。
馴染みあるA4サイズで作製した。
この世界の紙の大きさには、まだこれといった国際規格というものはない。
大量生産ものだから、ある程度は揃っているけどアストリア、トーガ、レナルーテの竹紙など国によってまばらだ。
打ち込み君が世に出れば、規格にあわない紙は手書きの書類でしか使えないとなる。
そうなれば自然と紙の大きさは統一されていくことになるだろう。
当然、その頃には最初に規格を出したバルディアの紙が各国で一番売れているはず。先行者利益というやつだ。
「なるほど、竹紙ですか。それなら、私達も本国や他国に言い訳ができますね、クリス様」
「えぇ、そうね。それに紙の大きさと質に問題がなければ、アストリアの紙でも打ち込み君は使えるんですよね」
クリスの鋭い質問に僕は目を細めた。
「そうだね。だから、打ち込み君が世に出て認知され始めたころを見計らってアストリアにも専用紙を発注しようと思っている。質は求めるけど、バルディアが依頼すれば『純正品』として扱えるからね」
「世界にない新商品に必要な唯一無二の消耗品を供給する、か。いいですね」
クリスとエマが商人の顔になるなか、僕は「さて……」と切り出して話頭を転じた。
「他にも今日はあるからね。どんどん紹介していくよ」
「どんどん、ですか」
目を瞬くクリスとエマに、僕はエレン達と一緒に新商品を次々に披露していった。
蓄電魔石と電動機を利用して開発した掃除機、洗濯機、炊飯器、加熱調理器などを中心とした白物魔家電の数々だ。
バルディア領内で火力発電や水力発電など電力原確保も進んだことで、一気に実用化が進んでいる。
使えるのはまだ新屋敷内のみだけど、試用をお願いしたダナエをはじめとしたメイド達は『家事革命です』と大層喜んでくれた。
電力源と電動機が確保できたことで汚水に空気を送り込んで攪拌し、汚水を綺麗にする汚水処理施設の構想も練っている。
すぐには無理だが、近い将来では下水設備をバルディアに建設することも可能だろう。
「数年で領内全土に家電が使えるよう電気が行き渡るようにして、領民達の生活水準を上げる。同時にバルディアの町並みを都市開発計画の見本としていきたいんだよね。そして、その都市開発計画を帝都に持ち込んで受注できれば、バルディアの影響力と資金力は莫大なものとなる、なんてね」
もしも帝都全域に及ぶ公共事業を将来的に独占受注できたとなれば、入ってくる収入はとんでもない額になることだろう。
「……素晴らしい、素晴らしいですよ。リッド様」
わなわなと震えていたクリスが大声を発して身を乗り出した。
「打ち込み君だけでも素晴らしい商品なのに掃除機、洗濯機、炊飯器、加熱調理器。そして、将来の公共事業受注まで見越しての都市開発計画。クリスティ商会は今までも、そしてこれからも全力でお力添えさせていただきます」
「あ、あはは、ありがとう。そう言ってもらえると心強いよ」
彼女の勢いにたじろぎながら頬を掻いて苦笑していると、エマがすっとクリスの横に並んだ。
「クリス様。リッド様が公共事業をしていくということであれば、我が商会でも建築業部門を考えておいた方がいいかもしれませんね」
「そうね。バルディアの都市開発が進むなら人材は集めておくべきだわ。リッド様、今後の動きについて。改めてお話しいたしましょう」
「う、うん。わかった」
その後、僕とエレン達はクリスとエマから商品とバルディア開発計画について質問攻めにあうことになる。
クリス達との打ち合わせは無事に終わったけど、バルディア領での慌ただしい日々は続いた。
アモンとバルディアの連携、バルディア不在中の第二騎士団報告書の確認、獣王戦に向けての修行。
僕が狐人族領向けて出発する日が近づくなか、先駆けて父上が帝都に向けて出発した。
皇帝、皇后陛下にズベーラでのことを報告するためだ。
レナルーテには父上と僕の連名で書いた親書を、アスナの兄であるレイモンドとシュタインに持たせて帰郷させた。
エリアス王とエルティア母様からどんな反応が返事がくるのか、実は戦々恐々としていたりもする。
『決して無理や無茶をしないように。何かするときは通信魔法で事前に相談しろ。絶対にだ』
帝都へ出発寸前、父上は凄んで僕にそう言い残していった。
でも、僕は無理や無茶をしているわけでなはなく、どちらかといえば巻き込まれていると思うんだけどなぁ。
父上不在中のバルディア領運営業務は、執事のガルンが代行して行ってくれている。簡単な書類であれば気晴らしも兼ねて、母上にも確認をお願いしているそうだ。
新屋敷内にある父上とガルンが使う執務室の前を通ると、凄まじい勢いで『打ち込み君』が使用されている音が聞ける。
打ち込み君をガルンに渡した時、初めて彼の満面の笑みをみた気がした。
ついこの間、渡したばかりなんだけど、彼はすでに『タッチタイピング』を会得している。
さすが、できる執事は違うと驚いたものだ。
時間が有るときには第一騎士団の様子見を見に行ってみたりもしたが、立場が人を育てる、なんて言葉もあるようにルーベンスの言動は見違えて逞しく、副団長としての貫禄がついていた。
ディアナが身重になっているんだし、当然といえば当然かもしれない。
バルディア騎士団副隊長となれば、給与はかなりいい。
僕がいろいろなことをやり始めてからは、以前から定評のあった福利厚生も充実している。
その分、求められるものも多いけどね。
第一騎士団の様子を見に行った理由は、ルーベンスのことだけではなく、他にもある。
狐人族領で僕が紹介状を書いた狐人族の元戦士スレイ・レズナーのことだ。
父上は彼のことを知っていたらしく、採用はすぐに決まったと聞いている。
スレイは父上の専属護衛になりたいと申し出たそうだが、『有り難い申し出だが、貴殿にはまずバルディアの常識を知ってもらいたい。貴殿は第一騎士団にも良い刺激になるはずだ』と父上に諭されそうだ。
スレイは狐人族前部族長の親衛隊である馬周衆の頭目だった人物。
騎士団内で衝突していないかと心配したんだけど、どうやら僕が様子見に行った時にはその問題はすでに解決していたらしい。
何でも第一騎士団に配属された当日、ルーベンスとスレイが全力でぶつかり合ったそうだ。
結果は僅差でルーベンスの勝利で終わったらしい。
でも、これが切っ掛けで、スレイが武人かつ信用できる人物であることは第一騎士団のみならず、バルディア内でも瞬く間に知れ渡ったという。
彼の人となりや面白い出来事はないかと、ルーベンスにそれとなく聞いてみたところ『スレイですか。彼は寡黙なんですよね。あ、ですが、バルディアには背が高くて体型のよい美人が多いって呟いてましたよ』という答えが返ってきた。
どうやら、武人であることに間違いはないが、スレイは『むっつりスケベ』だったらしい。
バルディアで過ごす間、意外とびっくりしたことのひとつに母上の一日が激変していたこともある。
狐人族領に行く前、母上はリハビリ以外では車椅子に乗って移動することが多かったし、部屋の中で安静にしていることも多かった。
今ではちゃんとした服装に着替えてディアナやサンドラ、メイド達と一緒に新屋敷内や庭園を自らの足で散歩している。
サンドラ曰く『これも立派なリハビリですから』とのこと。
その姿を自分の目で見て実感した時、僕は人知れずうれし涙を流していた。
まだ無理はできないが、『実はリッド様やライナー様を驚かせたいということで、ナナリー様は秘密の特訓しているんですよ。完治した時を楽しみにしていてくださいね。ここだけの秘密ですよ』ともサンドラは言っていた。
秘密を教えてくれたのは、狐人族領に行く僕を彼女なりに心配してくれたのかもしれない。
母上が頑張っていることを聞くのも野暮なので、この件は僕の胸に秘めている。
忙しい日々の中でファラやメル、あとキール。バルディアの皆と過ごすの本当に楽しい。
そして、いよいよ狐人族領へ再び出発する日となった。




