対ヨハン戦にむけて2
「さすが、お気づきになるのが早い。こちらはリッド様の修行用に味や飲みやすさよりも効用と即効性を重視したものです。ライナー様をはじめ、ナナリー様やファラ様の強い要望でこの数日で急いで作りました。味はさておき、効果は保証しますよ」
「あ、そう……」
サンドラに言い返す気力もなく項垂れると、カーティスが興味深そうに「ほう」と顔を出してきた。
「効用と即効性重視の魔力回復薬とは興味深い。一粒、頂いてもよろしいかな」
「どうぞどうぞ。あ、リッド様。お渡ししてもよろしいでしょうか」
「うん。でも、独創的な味だからね」
サンドラの問い掛けに答えてカーティスに目をやると、彼はにこりと笑った。
「なに、この年になれば大抵の味は気にならなくなりますわい」
カーティスはそう言って丸薬を口に放り込むと、コップをもらって水をごくりと飲んだ。
「なるほど。独創的な味ですが、飲めないといわけではありませんな。近いものあげるなら、軍を率いた時代にやむを得ず食した雑草鍋でしょうか」
「へぇ、それは面白い興味深い評価ですね。私を含め、研究者の間では香草がどろどろに腐った匂いと評されております」
「サンドラ、カーティスに悪のりしないでよ。僕もその丸薬を飲むんだよ」
二人に抗議をすると、目と鼻の先までファラが満面の笑みでやってきた。
「さぁ、リッド様。バルディア家の未来のため、ぐぐいとお飲みください」
「わ、わかった。ぐぐい、とね」
丸薬を数粒手に取り、口に近付けると強力な臭いが鼻を突いた。
なるほど、確かに元々香りの強い香草類が腐れば、こんな匂いになるのかもしれない。
ふと周りを見渡せば、鼻の良い獣人族の子達があからさまに僕から距離をとっていた。
覚悟を決め、丸薬を手に取ると、口の中に放り投げてすぐさまコップの水をがぶ飲みする。
それでも口の中で草のえぐみが感じられ、強烈な臭いが鼻に抜けていく。
思わず顔を顰めるが、程なく魔力が回復するような感覚が訪れる。
「……効用と即効性重視というのはすごいけど、もうちょっと味にも気を遣ってほしいかな」
「えぇ、それはもちろんです。レナルーテにいるラスト君の治験を元に改善していく予定ですからご安心ください」
サンドラを怨めしげに見やると、彼女は胸を張ってドヤ顔を浮かべた。
ラスト君とは狼人族の少年、第二騎士団で分隊長を務めるシェリルの弟だ。
彼は母上と同じ魔力枯渇症を患っていて、レナルーテで治験に協力してもらっている。
魔法学のサンドラ、薬剤師のニキーク、医者のビジーカという研究狂いの三人とって彼は逸材らしい。
母上の治療が順調なのもラストの犠牲、ではなく献身的な協力も大きいだろう。
「まぁ、気長に待ってるよ」
ため息を吐くと、「リッド様」とファラが目を細めた。
「回復薬のおかげで顔色が少し良くなりましたね。どうぞ訓練に戻られてください。ヨハン様に負けることは、絶対に許されませんから」
「う、うん。そうだね」
たじろぎながら頷くが、彼女の笑顔には言い知れぬ凄みと圧がある。
ちょっと、いや、かなり怖い。
僕が訓練場の中央に足を進めると、後ろからやってきたカーティスが咳払いをした。
「では、リッド様。次の訓練を行いますぞ」
「わかった。次は何をすればいいのかな」
問い掛けると、カーティスは口元を緩める。
「リッド様は才能に溢れておりますが、まだまだ経験が足りませぬ。従って、これより第二騎士団の副隊長が獣化した上、二人一組で襲いかかります。彼等を相手に身体強化のみで対応してくだされ」
「二対一はいいけど。でも、それはいつもしている訓練とそんなに変わらない気がするけど」
訓練場の傍で控える副隊長の子達を見て、僕は首を捻った。
普段の訓練でも、第二騎士団の子達とは日常的に手合わせをしているからだ。
二対一というのはあまりないが、経験不足を補うことにはならないような気がする。
「心配ご無用。五分経過するごとに、対戦相手の組が控えと入れ替わります。時間経過と併せて組み合わせも変えますので、常に新たな対応を求められるでしょう。よい訓練になりますぞ」
「なるほど。それは面白いね」
五分ごとに対戦相手。
それも二人一組の相手が変わるとなれば、否応なしに対応力が鍛えられるだろう。
「リッド様。最初の相手は私アレッドと、エンドラがさせていただきます」
「よろしくお願いします」
呼びかけに目をやれば、可愛らしく整った顔立ちをした熊人族のアレッドと平凡な顔立ちをした猿人族のエンドラがカーティスの背後からやってきた。
「うん、よろしくね」と答えつつ、僕は組み合わせの意図を察してカーティスに視線を向けた。
「組み合わせは『力と素早さ』ということかな」
「左様です。事前に連携訓練もさせていますから、対ヨハン・ベスティアに向けてよい訓練になるかと」
「なるほどね」
僕は合点がいき、こくりと頷いた。
ヨハン・ベスティアの戦い方は、身体能力の高さを生かした『素早い近接物理攻撃』だ。
彼ほどの物理攻撃力と素早さを持つ子は第二騎士団にもいないけど、二人一組となれば擬似的にヨハンの戦い方を再現できるということだろう。
「アレッド、エンドラ。遠慮はいらないよ。僕のことを思ってくれるなら尚更ね」
「はい。カーティス様からも遠慮は無用と言われております」
「私がヨハンという方の代わりが務まるかわかりませんが、精一杯頑張ります」
アレッドは目を細め、エンドラは遠慮がちに頬を掻いて会釈した。
「では、訓練を始めますぞ。構え」
カーティスが右手を掲げると、僕は身体強化・弐式を発動する。
その様子を見て、アレッドとエンドラも獣化と身体強化を発動。
訓練場の中央から強い魔波が吹き荒れる。
「始め」
カーティスの掛け声が訓練場に響くと、エンドラが即座に跳躍。
僕との間合いを一気に詰め、爪撃による連続攻撃で速攻を仕掛けてきた。
猿人族はその身軽さと素早さを生かした攻撃が得意であり、一撃ではなく手数を繰り出す傾向がある。
「かなり速いけど、これぐらいなら対応できるよ」
「そうですよね。ですから……」
彼は不敵に笑うと、攻撃を止めて急にしゃがみこんだ。
ハッとした次の瞬間、アレッドが死角から現れて強烈な蹴りを繰り出してきた。
エンドラの牽制にまんまと引っかかってしまい、避ける動作が間に合わない。
僕は咄嗟に腕を交差した。
「これならどうですか」
「ぐ……⁉」
熊人族のアレッドが獣化して繰り出す一撃の重さは、騎士団長のダイナスやルーベンスにも匹敵するからそのままでは耐えられない。
僕は蹴りの威力を消すべく、バク宙で大きく飛び退いた。




