本題
母上とファラに真珠と宝石を組み合わせたペンダントを渡した後、改めて装飾品の作りの精巧さ、帝国文化との相性など、必要な改善点がないか確認してもらった。
今回用意した真珠の装飾品は、ズベーラの王都で購入した猿人族が作製した物。
サフロン商会から引き継いだズベーラ国内の販路を使って仕入れた真珠をバルディアで帝国貴族向けに加工した物の二種類がある。
僕と父上が選んで渡したペンダントは、ズベーラの王都ベスティアで猿人族部族長ジェティ・リストートから購入したものだ。
『リッドちゃんのお母様と奥さんに渡したら、絶対に喜ぶわ。ほらほら、息子として夫として甲斐性を見せる絶好の機会じゃないの』
個別会談時に真珠や装飾品の話をすると、彼女は目を光らせてすぐに猿人族が作ったという装飾品の数々を見せてくれた。
当初から見本として購入するつもりではあったけど、ファラと母上が喜ぶ顔が脳裏に浮かんで予定よりも多く購入してしまったのは秘密である。
購入後の請求書を見たときは、ちょっと買いすぎたかなとも思ったけど、さっきの母上とファラの喜ぶ反応を見られたから購入してよかったと思う。
「そうですね。品質や作りはどちらも問題ないと思います。ですが、細かい部分でみればズベーラで仕入れたという装飾品の方が品質に少し幅がある感じがします。それと、どうしても意匠と趣向が帝国とは違いますから、その部分が帝国貴族に最初は受けが悪いかもしれません」
母上が箱の中にある装飾品と首に下げたペンダントを吟味して語ると、横で見ていたファラがこくりと頷いた。
「私もお義母様と同意見です。それと、もしよろしければレナルーテ向けにも真珠の装飾品を作ってみては如何でしょうか」
「えっと、理由を聞いてもいいかな」
僕が聞き返すと、ファラは首にかけている真珠のペンダントを見つめた。
「ご存じのとおり、レナルーテは大陸内部にあって近くに海がありませんから。華族にかぎらず、レナルーテの民には海への興味と憧れがございます。そこに海で取れた真珠を使った装飾品となれば帝国以上の人気を獲得するやもしれません」
「レナルーテの国民には海への憧れがある、か」
彼女の提案に、僕は自身の口元に手を当てて考えを巡らせる。
真珠を使った装飾品の販売は帝国を主な市場にして、様子を見ながら大陸全土に販売する計画を立てていた。
事前の調査で帝国内における真珠の需要に対して供給がたりない状況であり、市場規模がまだまだ発展途上の高額商品で勝算があるとわかったからだ。
しかし、海が周囲にないレナルーテは、帝国よりも真珠を扱った商品の入手経路がかぎられているはず。
それにバルストで手に入る真珠は、確かそのほとんどが教国トーガに販売されているはずだ。
レナルーテの国民や華族に海への強い憧れがあるなら、潜在的な需要はもしかすると帝国以上なのかもしれない。
「リッド様。真珠で作った装飾品を父上に贈り、母上とリーゼル様にお渡しするようにお伝えすれば必ずお二人は身に着けるでしょう。そうなれば、瞬く間に華族と民にバルディアで真珠の装飾品が手に入ることが知れ渡るはず。きっと引く手数多の人気商品になるかと存じます」
「なるほど……」
ファラが続けた言葉に僕は唸った。
エリアス王に贈り、エルティア義母様とリーゼル王妃に身に着けてもらえれば王族を広告塔に利用できる。
僕やクリスが帝国の皇族であるマチルダ陛下を広告塔にしたように。
ファラの着眼点や飲み込みの早さ、理解力と応用力の高さにはいつも驚愕させられる。
僕には前世の記憶から得られる知識という優位性があるけど、彼女にはそうした知識や記憶はない。
つまり、ファラの言動は全て彼女自身が持つ才覚だけに起因しているということだ。
僕、父上、クリスの動きを間近で見聞きしていることに加え、第二騎士団運営の経験がここ最近における彼女の成長に大きな影響を与えているのかもしれない。
時折、『僕の将来が末恐ろしい』なんて言われることがある。
でも、僕からすればファラの将来が一番末恐ろしい気がしてならない。
「あの、リッド様。如何でしょうか」
「え、あ、ごめん」
ファラが不安そうに発した呼びかけに、僕は我に返るとすかさず頷いた。
「うん、一考の価値があるね。父上、すぐにクリスへレナルーテにおける真珠の需要と市場調査を依頼しましょう。裏が取れればファラの提案を採用して、エリアス王に真珠の装飾品を贈るのはどうでしょうか」
「そうだな、それがよかろう。だが、アーウィンやマチルダ陛下への献上は先に済ませておかねばならんぞ。両陛下をないがしろにしたと一部の貴族達に邪推され、悪評を流布されてはたまらんからな」
父上が肩を竦めると、母上がくすりと笑った。
「マチルダ陛下は立場上、装飾品にもこだわる方ですからね。レナルーテ後の紹介となれば、少し拗ねてしまうかもしれませんよ」
「え、マチルダ陛下ってそんなところがあるんですか」
僕はぎょっとして目を瞬いた。
クリスに『マチルダ陛下はやばいです。危険です』と言わしめ、僕も帝都で対面した時にその言葉を実感した相手だ。
もし、マチルダ陛下が拗ねるようなことがあれば……想像するだけでも後が怖くてぞっとする。
「大丈夫ですよ。分別のあるお方ですから、拗ねるだけで取って食ったりはしません」
「そ、そうなんですか。それならいいんですけど」
母上の言葉に少し安堵するも、不安は残る。
とりあえず、マチルダ陛下だけは怒らせないように細心の注意を払おう。
母上とファラの評価を聞き終えると、次いでサンドラ達にも装飾品の品質を確認してもらった。
皆の評価も上々であり、貴族や華族向けの商品として販売するのは問題なさそうだ。
あと折角だから、サンドラ達には真珠の装飾品を数日身に着けてもらい、周囲の目や使用感も試してもらうことにした。
最初は『高価な品を預かるわけにはいきません』と皆に揃って断られたが、『使用後はそのまま贈呈するから気にしないで』と説明する。
それでも渋られたけど、父上からもお願いしたことで皆は受け取ってくれた。
サンドラとアスナはブローチ。
ティンクはイヤリング。
母上とファラは、父上と僕が最初に渡したペンダント。
チョコ菓子の試食、装飾品の贈呈と試供によって母上、ファラ、サンドラ達は和気あいあいとしている。
部屋全体が明るくて、和やかな雰囲気だ。
そろそろ頃合いだろう。
それとなく見やると、父上が咳払いをして耳目を集めた。
「では、次は私からナナリーとファラに伝えたいことがある」
「はい、何でしょうか」
母上が頷くと、父上は懐から一通の封筒を取り出した。
「これはズベーラの獣王セクメトス・ベスティアから届いた親書だ。これの内容だが、数ヶ月後に開かれる獣王戦にバルディア家を招待したいとある」
「まぁ、それはとても光栄なお話じゃありませんか。数ヶ月後なら、私も行けるかもしれないわ」
「本当ですね。私もズベーラに行ける機会ができて嬉しいです」
母上とファラは嬉しそうに微笑むが、父上は少し決まりが悪そうに「……まだ続きがある」と続けた。
「ただし、獣王戦の舞台に花を添えるべく開催する前哨戦。これにリッドとバルディア騎士団の騎士に参戦してもらいたい。そして、前哨戦でリッドが敗北した場合、将来的にバルディアと獣王を輩出した部族で縁談をまとめたい、とある」
「え……」
笑顔から一転、ファラと母上の目は点になってしまった。




