親子の証明
「昨今のグレーズ公爵は『帝国純血主義』を掲げ、過激な言動が強まっているようですが社交界での影響力はいまだ顕在です。サンドラのことがありますから思うところはあるでしょう。ですが、今はまだ完全な対立を避けるべきです」
母上は語り終えると、真剣な表情を浮かべた。
今まで販売していた化粧品類や甘酒といった美容系食品は、マチルダ陛下のおかげで貴族内に浸透して売り上げは右肩あがりだ。
でも、帝都での一件でグレーズ公爵は僕、というかサンドラを保護し、魔力回復薬を独自に開発したバルディアに対して悪印象を持った可能性が高い。
どのような経緯にしろ、僕達は彼女の顔に泥を塗ったのだから。
まぁ、そのことに後悔は微塵もないけど。ただ、その意趣返しを社交界でされては厄介だ。
現状では化粧品類や甘酒はバルディアの独占状況に近いが、品質こそ悪いが似た商品が少しずつ市場に出始めているという報告をクリスからもらっている。
いずれは品質も優れた類似商品が必ず出てくるだろう。
その際、バルディア商品の不買運動やクリスティ商会の締め出しをされても面倒だ。
「わかりました。では、グレーズ公爵にも根回しをしておくようにいたします」
僕はそう告げると、サンドラに視線を向けた。
「サンドラとしては複雑だろうけど、ごめんね」
「いえいえ、気にしないでください。グレーズ公爵の影響力は、私が体験して一番身に染みていますからね」
彼女は頭を振って白い歯をみせたけど、目が笑っていない。
笑えないよ、その冗談。
「あ、あはは……」
「それに、ほら。よく言うじゃありませんか、リッド様」
顔を引きつらせて苦笑していると、サンドラは目を細めた。
「人を刺すときは、準備は念入りに。仕留めるのは一瞬で、ですよ」
「え……?」
なんて物騒なことを言うんだよ。
呆気に取られていると、母上が笑みを噴き出した。
「サンドラ、良いことを言いますね。リッド、グレーズ公爵は大物です。準備を怠ってはなりませんよ」
「は、はい。畏まりました」
母上から何とも言えない凄みを感じ、僕はごくりと喉を鳴らして頷いた。
「……人を刺すときは、準備は念入りに。仕留めるのは一瞬で。なるほど、勉強になります。お義母様、サンドラ様」
僕達の話を聞いていたファラが屈託のない笑みを浮かべると、母上とサンドラが嬉しそうに微笑んだ。
いや、レナルーテ暗部であるリバートン家の血筋を引いているファラがそれを言うと、あまり洒落にならない気がするんだけどなぁ。
「リッド、チョコ菓子の話はこれぐらいで次の話に移りなさい」
「あ、そうでしたね。それでは……」
父上に言われ、僕は残っていたもう一つの箱を開けた。
中身を見た母上とファラは、ハッとして目を丸くする。
これも、この世界ではまだ珍しくて価値が高いんだよね。
「リッド、これは全て本物なんですか」
「はい、もちろんです」
母上の問い掛けに頷くと、僕は咳払いをして畏まった。
「ズベーラの海側で取れる『真珠』。そして、手先が器用な猿人族と狐人族の手によって作られた装飾品です。こちらも帝都での販売を考えておりますので、忌憚のない意見をお願いします」
そう告げると、今まで僕の後ろで控えていた父上が静かにやってくる。
そして、箱の中から赤と紫の宝石と大きい真珠の組み合わせで作られたペンダントを手に取った。
「ナナリー。君の髪と瞳と同じ色だ。私はこれがよいと思ったんだがどうだろう」
「え、あ、はい。そ、そうですね。ありがとう、ライナー」
父上がふっと優しく微笑むと、母上は顔を赤らめて嬉しそうにはにかんだ。
初めて見るはずなのに、何故か母上の可愛らしい表情に既視感がある。
どうしてだろう。
「そうか、気に入ってくれてよかった。では、私が付けてあげよう」
「ありがとうございます。で、でも、急にどうしたんですか」
嬉し恥ずかしそうに戸惑う母上の背後に立った父上は、ペンダントを丁寧に取り付けていく。
「事前にリッドからこの箱の中身を見せられた時、ナナリーの顔が浮かんだんだ」
父上はペンダントを取り付け終えると、母上の耳元にすっと顔を寄せた。
「これは必ず君に似合うだろうな、と」
「……⁉」
父上の低くて優しく溶けるような声が聞こえると、母上の顔が一気に耳まで赤く染まって気恥ずかしそうに俯いてしまう。
その瞬間、先程の既視感の正体がわかってハッとする。
そうか、母上の表情がメルにそっくりなんだ。
いや、メルが母上に似ているというべきか。
それにしても、二人から発せられる情緒たっぷりの甘い空気は凄まじい。
まるで、メロドラマの一場面を切り取ったような雰囲気である。
何より驚くべきことは、父上があれを自然体でやっていることだ。
周囲を見渡せば父上と母上の熱に充てられたのか、ファラ、サンドラ、ディアナ、ティンク達は頬を赤くして見蕩れている。
僕は咳払いして「ファラ」と呼びかけた。
「ひゃ、ひゃい。なんでしょうか?」
彼女はハッとすると、慌てた様子でこちらに振り返った。
見れば、彼女の耳が少しだけ上下している。
僕は「ふふ」と噴き出すと、両手で持っていた箱をカペラに渡す。
次いで、箱の中から紺と朱赤の宝石と真珠の組み合わせで作られたペンダントを手に取り、ファラに向き直った。
「父上に先を越されちゃったけど、実は僕もズベーラの王都でこれを見つけた時、ファラの顔が浮かんだんだ」
「え……」
ファラの顔が耳まで一気に赤く染まっていく。
僕は一歩前に出て、空いている手を彼女の頬に添えながら瞳を真っ直ぐに見据えた。
「これも、君の鮮やかな髪と綺麗な瞳と同じ色でよいと思うんだけど。どうかな」
「え、あの、その……」
彼女は目を泳がせながら耳をぱたぱた上下させると、程なく気恥ずかしそうに耳を両手で押さえながら俯いた。
「……はい。ありがとうございます」
「よかった。じゃあ、折角だから付けてあげるね」
「ふぇ……⁉」
目を瞬くファラを横目に、僕はすっと背後に回ると丁寧かつ手早くペンダントを取り付けていく。
「ちょっと待ってね。すぐ付け終わるから」
「は、はい」
「……よし、できた」
取り付け終えると、僕は正面に移動して彼女の姿を見つめた。
「あ、あの、リッド様……?」
「……うん」
ファラは期待と不安が入り交じった瞳でこちらを見つめている。
呼びかけに頷くと、僕は目を細めてすっと彼女の耳元に顔を寄せた。
「すっごく可愛い。とっても似合ってるよ」
「……⁉」
本心から思ったことを優しく囁くと、ファラは真っ赤になった耳をぱたぱたと上下させる。
「……ありがとう、ございます」
消えそうな声で呟くと、彼女は耳を両手で押さえながら再び俯いてしまった。
ファラの様子に僕が目を細めていると、父上が小さなため息を吐いてこちらにやってきた。
「……リッド。お前が素でそういうことをするから、貴族達や令嬢の目に留まるんだぞ」
父上の耳打ちに、僕は「えぇ」と顔を顰めた。
「でも、それをいうなら父上だって自然体で母上にしていたじゃありませんか」
「何を言う。私はお前ほどではない」
合点がいかない僕は、傍に控えていたカペラに振り向いた。
「ね、さっきのやり取り。カペラの目には僕と父上がどう見えた?」
「そうですね……」
彼は思案顔を浮かべて程なく「とりあえず……」と切り出した。
「お二人が間違いなく親子であることが証明されたように見えました」
「え……?」
予想外の答えに、僕と父上は顔を見合わせた。




