リッド、母上に報告する
朝食を終えると、僕達は皆で母上の部屋へと移動する。
室内では正装姿の母上が姿勢を正して立っていて、その横にはディアナとサンドラが控えていた。
見れば母上の顔色がとても良くて、生気に溢れている。
以前は立つことすらままならなかったのに。
魔力枯渇症の治療薬が効いていることに加え、母上がリハビリを頑張っている結果なんだろう。
「おかえりなさい、リッド」
「はい。ただいま戻りました」
僕が狐人族領に出向いている間、母上の容態を間近で見られないのは少し不安だった。
でも、母上の姿を見るかぎり、いらぬ心配だったようだ。
父上をはじめ、サンドラやディアナが目を光らせていたに違いない。
「ごめんなさいね。本当はすぐに会いにいきたかったのだけれど、サンドラとディアナからまだ無理は禁物って怒られてしまったの」
母上がそう言って控えていた二人に視線を向けると、サンドラが「当然でございます」と頷いた。
「ナナリー様は目を離すと、すぐに無茶をしますので。出迎えにいくより、こうして待つぐらいで丁度よいかと存じます」
「サンドラ様の仰るとおりです。リッド様の型破りな行動力はどこからくるのかと思っておりましたが、意外とナナリー様譲りかもしれません」
ディアナがそう言ってため息を吐くと、母上が頬を膨らませた。
「あら、ディアナ。私のどこが型破りなのかしら」
「……隙あらば部屋を出てリハビリを強行しようとし、ライナー様に悪戯を仕掛けにいくところでしょうか」
「そ、それは……」
ディアナの鋭い返しに母上が決まりの悪い顔を浮かべると、サンドラがくすりと笑った。
「他にもありますよ。実は……」
「も、もうこの話はやめましょう」
珍しく母上が顔を赤らめ、慌てた様子でサンドラの話を遮った。
それとなく父上を見やれば、小さなため息を吐いている。
間違いなく、母上は心身共に快復へ向かっているようだ。
一安心、なのかな。
それにしても、僕の言動が母上に似ているなんて考えたこともなかった。
父上の反応から察すれば、言い得て妙なのかもしれない。
皆がやり取りに肩を震わせて忍び笑うなか、母上は咳払いをして威儀を正すと「それよりも……」と切り出して僕を見やった。
「リッド。こちらにいらっしゃい」
「は、はい」
言葉に従うまま前に出ると、にこりと目を細めた母上は僕を胸の中で優しく抱きしめる。
とても心地よくてつい顔がほころんでしまうが、皆の目もあるのでちょっと恥ずかしい。
「あ、兄様。嬉しそう」
「型破りな風雲児と名高いリッドも、ナナリー殿の前では形無しみたいですね」
「へぇ、リッド兄様もあんな顔するんだ」
「うん、ちょっと驚きです。でも、リッドお兄様の気持ちもわかります」
メルとキールの茶化す声が聞こえ、次いでティスとシトリーの可愛らしい声が聞こえてくる。
僕は母上の腕の中から顔を覗かせると、何故かファラだけは「むぅ」と頬を少し膨らませていた。
「茶化さないでよ」
僕はそう言って睨むが、皆の生暖かい眼差しは消えない。
すると、母上が微笑みながら僕の顔を覗き込んだ。
「少し見ないだけで、逞しい顔になりましたね。慣れない遠方では大変なことも多かったでしょう。狐人族領でのことを沢山きかせてくださいね」
「か、畏まりました。それでは……」
母上の抱擁から解放されると、僕は咳払いをして狐人族領での出来事を語り始める。
途中、ティスやシトリーも会話に参加した。
ただし、獣王戦や獣王からの要求はこの場では上手に伏せている。
話を進めていく中で母上が特に関心を抱いたのはティスとアモンの顔合わせ、シトリーとヨハンの婚約の件だった。
『アモンとティス、シトリーとヨハンは上手くやっていけそうか』
『ティスが豪族に受け容れてくれそうか』
『獣王の息子と婚約したことで、シトリーがまた辛い立場になるのではないか』
母上は心の底から心配して僕、ティス、シトリーに何度も問い掛けきていた。
ティスとシトリーが母上のことを慕っているように、母上も二人を本当の娘として接している。
だからこそ、二人のことを案じていたのだろう。
幸い、アモンはティスのことを好いているし、ヨハンもシトリーを気に入っていることは間違いない。
まぁ、シトリーは彼の愛情表現に困惑しているみたいだけどね。
まだどうなるかわからないけど、現状では上手くやっていけそうな雰囲気と状況であることを伝えると、母上は「よかった。それなら一先ず安心ね」と胸を撫で下ろしていた。
それからズベーラの王都ベスティアに行ったこと。
そして、部族長会議に参加したことを伝えていった。
「……という具合でして、獣王をはじめとする部族長達は油断ならない曲者ばかりでした」
「そう、それは大変でしたね」
説明を終えると、母上は目を細めて僕の頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ顔がほころぶが、僕は『そろそろ頃合いかな』と横目で父上に目配せした。
父上はそれとなく頷くと、皆を見渡して咳払いをする。
「すまないが私とリッド。そして、ナナリーとファラだけで話したいことがある。皆、悪いが席を外してもらえないか」
「私も、ですか」
ファラは名前を呼ばれるとは思わなかったらしく、きょとんとして小首を傾げた。
「えぇ。姫姉様はいいのに、どうして私はダメなの」
メルが頬を膨らませると、隣に立っていたキールが察した様子で「わかりました」と目を細めた。
「メルディ。私達には、まだ聞かせられないことなんだよ。でも、時が来たら教えてくれるんですよね、リッド」
「その時がくればね」
「じゃあ、話せるようになったら教えてね。兄様」
メルの膨らんでいた頬がしぼんでいつもの可愛らしい顔に戻った。
「うん、もちろんだよ」
僕が返事をすると、メルを先頭にして皆が退室をはじめた。
「リッド様。私達は如何いたしましょう」
「あ、そうだったね。アスナ、ディアナ、サンドラにも聞いておいてほしい」
アスナの問い掛けに答えると、三人は顔を見合わせてこくりと頷いた。
やがて部屋には僕、父上、ファラ、母上、護衛の面々だけとなる。
つい先ほどまで和やかな雰囲気だったのに、今は沈黙で重苦しい空気が漂っていた。
部屋の外に出たメル達の足音と声が聞こえなくなると、父上は咳払いをして「さて……」と切り出す。
これからどんな話題が繰り出されるのか、と母上をはじめ部屋にいる誰もが息を飲むなか、父上は僕を見やった。
「まずは、リッドからナナリーとファラに渡すものがあるそうだ」
「え……?」
「私とお義母様に?」
肩透かしを食らったかのように、ファラと母上が目を瞬いた。
アスナ、ディアナ、サンドラも同様である。
室内に残っていたティンクとカペラに目配せすると、二人はどこからともなく綺麗な包装紙で包まれた箱を取り出した。
「実はズベーラで見つけた食材で美味しいお菓子を作ってみました。それから、猿人族や狐人族で今後作っていく装飾品の試作品もあります。是非、ファラと母上の忌憚のない意見をもらえればと思いまして」
僕が満面の笑みで告げると、ファラと母上は鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとするのであった。




