廊下でのひと時3
「最後の候補者は貴女です」
ティンクが指差したのはファラではなく、その背後に立つ人物だった。
「あ、アスナですか⁉」
ファラが驚きの声を上げると、ティンクはこくりと頷いた。
「年頃で接点が多いと言えば、アスナ様もおられますから」
「そんなこと、あるわけございません」
アスナは呆れ顔で深いため息を吐いた。
でも、ティンクは笑顔のままである。
「とはいえ、アスナ様。アレックス様には武具や装飾品でお世話になっているはず。時には贈り物をもらったことがあるのではありませんか」
「そうなんですか、アスナ」
興味津々といった様子でファラが身を乗り出すも、アスナはいたって冷静で頭を振った。
「確かにアレックス殿には助けられていますし、贈り物もいただいたことはあります。しかし、ティンク殿が仰ったような意図や感情は見受けられません」
「アスナ様はそう思っていても、アレックス様は違うかもしれませんよ」
ティンクが楽しそうに目を鋭くすると、アスナは僕とファラを見やって「いいえ」と続けた。
「お二人の様子を間近で見てきた身ですから、アレックス殿が私にそうした感情を持っていないと断言できます」
「え……」
思いがけないアスナの切り返しに、僕とファラはきょとんとして顔を見合わせた。
すると、どちらともなく顔が火照ってしまう。
「毎度、ごちそうさまです」
「あら。アスナ様も結構仰いますね」
アスナが優しく目を細めると、ティンクがにやけた。
「ふ、二人ともからかわないでください」
いたたまれなくなった様子のファラが耳を少し上下に動かして声を発すると、アスナとティンクは息が合ったように「申し訳ありませんでした」と会釈した。
「あはは……。誰を好きになるかは自由だからね。アレックスが誰を好きであろうと、僕は応援するつもりだよ」
乾いた笑いを発すると、カペラが「ありがとうございます」と頭を下げた。
「リッド様に陰ながら応援していただけるとなれば、アレックスも喜ぶかと存じます」
「大げだなぁ。応援と言っても見守るだけで、何かしようとは思ってないよ。それに……」
僕は咳払いをすると、カペラを見据えた。
「たとえアレックスだろうと、二股とかしてダナエ達を泣かしたら許さないからね」
「畏まりました。私からそれとなく伝えておきましょう」
「まぁ、彼は性格的に二股とかはしないと思うけどね」
変な方向に話が進んでしまったが、アレックスは純朴でひたむきかつ誠実な性格の持ち主だ。
誰かと付き合うようになれば、彼はその相手を一番大切にするだろう。
僕がやれやれと肩を竦めたその時、アスナが咳を払った。
「そろそろ食堂に移動した方がよろしいかと存じます。皆様がお待ちかと」
「あ、そうでしたね。リッド様、まいりましょう」
「うん」
ファラの言葉に頷くと、僕達は廊下での一時を終えて食堂に移動した。
◇
食堂に到着すると父上をはじめ、部屋に迎えにきてくれたメル達に加え、シトリーとティスの姿もあって皆は談笑していた。
「どうした。おそかったな」
「申し訳ありません。廊下で少し立ち話をしていました」
父上の指摘に陳謝しながら僕とファラが大きな食卓の席に腰を下ろすと、温かな朝食が運ばれてきた。
狐人族領では、こちらと同じ食事をできるだけ取れるようにしている。
だけど、食卓の上に並べられていくお米、パン、卵料理、味噌汁、お肉料理などなど。彩り豊かな食事を目の当たりにすると、やっぱりバルディアには及ばないと感じた。
朝食をとりながらファラやメル達と行う会話はとても弾んだ。
主な内容は狐人族領の状況や活躍について僕、シトリー、ティスが答えていくという流れだった。
ただ、部族長会議で僕が獣王戦に参戦することはこの場では伏せている。
そうした話題になると、父上から時折鋭い視線がこちらに向けていた。
ファラ達はその視線や雰囲気を察してか僕が答えに窮したり、言い淀むとすぐに話題を変えてくれていたけどね。
一方、僕が不在中のバルディア領内はというと、相変わらず国内外からの訪問者が日に日に増加。
最近だとアストリア、ガルドランド、トーガ、バルストからわざわざやってくる人も多いらしい。
彼等の目的の多くはバルディア領内でしか手に入りにくいさまざまな日用雑貨の仕入れ、食文化の体験、バルディアの発展が如何ほどか確かめる、ということのようだ。
ただ、人の出入りが多くなれば問題も起きやすくなるのは相変わらずで、父上が率いる第一騎士団、ファラが代行管理する第二騎士団は多忙になっているらしい。
第一騎士団の団長であるダイナスは狐人族領にいるため、バルディアでは副団長であるルーベンスが父上と連携して取り締まり強化を行っているそうだ。
彼はディアナと結婚し、最近では子供もできたことからか責任感も増して以前よりもやる気に満ちているとも聞いた。
狐人族領で父上に仕官したいと申し出てきた狐人族の戦士こと『スレイ・レズナー』。
彼は無事にバルディア家で採用されて第一騎士団に所属。
現在はルーベンスと共に働いているらしく、期待どおり即戦力となっているみたい。
第二騎士団では、多忙なファラの様子を見たキールとメルが『何か協力したい』と申し出てくれたそうで、父上の許可を得て事務作業を手伝ってくれているそうだ。
当初、キールは第二騎士団の子達から訝しまれたらしいが、父上や僕との訓練で得た胆力、武術、魔法を披露する機会を経て、今では皆と仲良くやっているらしい。
「鉢巻戦、ですか。あれは中々に興味深くて楽しかったですね。あれもリッドが発案したと聞きましたよ」
「発案、というほどのものじゃないけどね」
キールが目を細めると、僕は頬を掻きながら苦笑した。
第二騎士団の信頼を得るべく、彼は鉢巻戦を副隊長の子達と行ったそうだ。
結果として、キールは負けてしまったらしいけど、その勇士や言動を見て団員の子達は彼を信ずるに値すると認めてくれたみたい。
「でも、皇族の一員であるキールが鉢巻戦をするなんて、よく父上が許可してくれたね」
「いや、それは……」
僕が父上を横目に尋ねると、キールがなにやら決まりが悪そうに目を泳がせた。
見れば、メルも何だかバツが悪そうにしている。
どうしたんだろう。
僕が首を傾げると、どこからともなく「はぁ……」と深いため息が聞こえてくる。
「私が認めたのは、ファラの手伝いのみだ。鉢巻戦の実施など認めておらん。キールとメルの事後報告だ」
「え……?」
父上の言葉に目を瞬くと、ファラが「ふふ」と忍び笑った。




