リッドの対策案
「ラファお姉様、どうしてリッドお兄様が負けるというお話になるんですか」
「そうです。ヨハン様は確かに強かったと思います。でも、エルバに勝ったリッド兄様が負けるわけありません」
ティスとシトリーが声を荒らげると、ラファは不敵に笑いながらソファーに腰を下ろしてグラスのお酒を呷った。
「ヨハンも言っていたでしょ。リッドがエルバを倒したのは最初から最後まで一対一の状況ではなく、途中まで多対一の状況だったの。後半は一対一の状況になったみたいだけど……」
ラファは含みのある言い方をしつつ、横目で僕を見やった。
「あの時の『力』を、リッドはもう一度使えるのかしら」
「それは……」
鋭い指摘に、僕は思わず言い淀んだ。
エルバと対峙した時の『力』はメモリーの助力を得て発動したものだが、僕自身の寿命を削るものだった。
彼からは『二度とこの力は使わないように。というか、使ったら死んじゃうよ』と釘を刺されている。
でも、僕がエルバ戦で使った力の危険性について知る者は限られているはず。
どうして、ラファが『力』のことを知っているんだろうか。
「どうやら私の考えは当たりのようね」
訝しむように見つめていると、ラファは口元を緩めた。
「当たりって、どういうことですか」
ティスが小首を傾げると、ラファは「言葉どおりの意味よ」と口火を切った。
「狭間砦の戦いで、リッドがエルバを倒したのはまぎれもない事実よ。その力は遠目にも絶大だったわ。でも、今のリッドは以前より強いけど、あの時のような圧倒的な力は感じないのよ」
「だからどうしたと言うんです。普段から強力な魔力を発する必要がないだけでしょう。ラファ姉様。勿体ぶらずに教えてください」
シトリーが強めに尋ねると、ラファは目を細めた。
「つまりね。リッドがエルバを倒した時に使った力は『異常な力』だったのよ」
「ラファ、もうそれ以上は……」
皆にあまり心配はかけたくない。
僕が制止すると、彼女はにこりと頷いてくれた。
どうやらわかってくれたようだ。
僕が胸を撫で下ろすと、ラファは肩をすくめておどけた。
「あんな力、なんの見返りもなく使えるものじゃないわ。多分、命を削るか、それに準ずる危険があったはずよ」
「え……⁉」
ティスとシトリーが目を丸くして唖然とする。
彼女はまったく、わかってくれていなかった。
それどころか、楽しそうに口元を緩めている。
室内の注目を浴びる中、僕は額に手を添えてがっくり肩を落とした。
「リッドお兄様、ラファお姉様の仰ったことは本当ですか」
「そうです。お聞かせください」
「えっと……」
血相を変えたティスとシトリーに言い寄られ、僕は誤魔化すように頬を掻いた。
カペラ、ティンク、ダイナス、アモンは何とも言えない表情をしているが、詰め寄ってきた二人のように驚いた様子はない。
カペラは僕とエルバの戦いを目の当たりにしていたから、気付いていたけど黙っていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、彼同様にディアナも察したはずだ。
彼女のことだから、専属護衛の後任となったティンクにも当時の話をしているだろう。
僕に無理をさせないために。
アモンとダイナスはあの場にいなかったけど、ダイナスは騎士団長という立場だ。
現場の報告を騎士達から受けているだろうし、父上から何か聞いている可能性もある。
アモンはエルバとの戦いを見ていた戦士達から報告を受けただろうし、ラファから同様の話を聞かされていたかもしれない。
エルバとの戦いで発揮した力の危険性は、今のところファラ以外には誰にも話していない。
だけど、僕がどんな力を使って奴を倒したのか。
その光景は敵側にいた狐人族戦士達、ディアナやカペラをはじめとしたバルディアの面々は戦場で目の当たりにしている。
僕とエルバの戦いに圧倒されるだけの者もいれば、僕がどうやってあの力を引き出したのかを考え、察した者もいただろう。
実際、対峙していたエルバにも看破されていた。
普段から僕の言動、魔法、武術をよく知るディアナやカペラといった者であれば尚更だ。
当然、エルバと僕の戦いは父上に事細かに報告もいっているはず。
この件で問いただされたりはしていないけど、父上も何かしら気付いていながらあえて黙っているのかもしれない。
今後のことを考え、この場を収めるには本当のことを言った方がいいかもしれないなぁ。
僕は深呼吸をすると、咳払いをした。
「そうだね、ラファの言うとおりだよ。エルバを倒した時に使った力は相応の見返りが必要なものだった。今後は使えないし、二度と使うつもりもないよ」
「えぇ⁉」
「リッド兄様、お体は、お体は本当に大丈夫なんですか」
ティスとシトリーが目を丸くして心配するが、僕は目を細めて頷いた。
「もちろん。身体が大丈夫だから、ここにいるからね」
「そう、ですか」
「よかった、よかったです」
二人がほっとすると、ラファが「やっぱりねぇ」と不敵に笑った。
「やっぱり、か。そろそろ本題を聞かせてくれないかな」
「せっかちねぇ。でも、いいわ。教えてあげる」
僕が尋ねると、彼女は酒を注いだグラス越しにこちらを見つめた。
「リッドは魔武の才能に溢れているわ。総合力で見れば、今でもヨハンより強いかもしれない。だけど、一対一となれば別よ」
そう告げると、ラファの表情から笑みが消えた。
「ヨハンは、あの子が秘めている身体能力はまだまだあんなものじゃないわ。リッドが魔法を使おうとしても、ヨハンはその前に間合いを詰めてくるはずよ。そうなったら、身体能力がものをいう近接戦になるわ。はたして、お得意の魔法が実質封じられた状況下で、身体能力に劣るリッドがヨハンに勝てるのかしら」
言わんとしていることを察して、この場にいる皆が悩ましげに唸り声をあげた。
武舞台での戦いから察するに、ラファの言うとおりヨハンの身体能力はすでに僕を大きく上回っている。
魔法を使う間もなく、彼が得意とする近接戦に持ち込まれたらかなり厳しい戦いになることは間違いない。
「で、でも、リッド兄様は『身体強化・弐式』や『烈火』を使いこなせます。仮に勝てずとも、負けることはないのではありませんか」
ティスが声を上げると、ラファはグラスを呷って頭を振った。
「確かに、リッドの年齢で身体強化・弐式や烈火を扱えることは驚愕に値するし、実力も相当なものよ。だけど、ヨハンにも『獣化』があるわ。それも、猫人族が獣王戦に出場するために必要な『獅子』の状態になれるのよ」
何も言い返せず、ティスは俯いてしまう。
ラファは「ふふ」と笑みを溢すと、グラスの中でたゆたう酒に視線を落とした。
「そして、さっきも言ったけど、あの子は本気じゃなかったわ。まぁ、現状でリッドが勝てる見込みは一割未満と言ったところかしらね」
ラファは酒を呷ると、こちらを見やった。
「さて、リッド。貴方はどうするつもりなのかしら」
「相手がそれだけ強いなら、やることは決まっているさ」
そう告げると、僕はにこりと微笑んだ。
「今の僕で勝てないというなら、勝てるようにもっと強くなる。それだけさ」
バルディアの未来がかかっている。
相手がどんなに強くても、どこの誰であろうと僕は負けない。
例え『ときレラ』における最強キャラだったとしても、負けるわけにはいかない。
獣王戦までまだ時間はあるんだ。
それまでに強くなって、ヨハンに必ず勝ってみせる。
「あら、頼もしいわね。それでこそ私の見込んだ男の子よ。期待しているわ」
楽しそうに目を細めると、ラファはグラスに酒を注ぎはじめる。
僕の事を心配してくれているのか、他人事と思って楽しんでいるのか。
彼女の真意は本当に測りかねるなぁ。
僕がやれやれと肩を竦めると、アモンが「しかし、リッド」と切り出した。
「水を差すようで悪いけど、強くなるといっても具体的に何をするつもりなんだい」
「そうだなぁ……」
考えを巡らせたその時、とある単語が脳裏に浮かんでひらめいた。
「とりあえず、牢宮【ダンジョン】に潜ってみようかな」
こうして、獣王国ズベーラの首都ベスティアで開かれた部族長会議は終わったけど、獣王戦で行われるヨハンとの試合。
セクメトスをはじめとする一癖二癖もある部族長達との個別会談。
油断ならないホルスト・パドグリーの真意。
新たな問題が山積みである。
個人的に一番気が重いのは、獣王戦で僕とヨハンが戦って万が一にでも負けるようなことがあれば、将来生まれるであろう僕とファラの間に生まれた子の未来も決まってしまう可能性が出てきたことだ。
もちろん、負けるつもりはない。
ないけど、父上とファラに報告はしないといけない。
二人とも、絶対に怒るだろうなぁ。
父上の怒りは想像がつくけど、ファラはどんなことになるんだろうか。
想像するだけで、背筋が寒くなるような気がした僕だった。




