セクメトスの条件
「ホルスト、どういう風の吹き回しだ。最初に支持を表明するとは思わなかったぞ」
「どうもこうもありませんよ、セクメトス。ただ、リッド殿の提案がとても魅力的であり、ズベーラが抱える諸問題を解決できると考えたまでのことです。現状では私を含め、リッド殿以上の案を出せる者はいませんよ。そうでしょう、皆さん」
ホルストが笑みを浮かべて会議場を見渡すと、部族長達は難しい表情を浮かべた。
彼の事は油断ならないが、僕が今回行った『提案以上』のものが出せないというのは客観的に見ても正しい判断だろう。
バルディアで開発された『新技術』、当家とクリスティ商会の販路を前提にした提案である。
多分、僕以外の帝国貴族は勿論のこと、バルストやレナルーテと言った帝国以外の国でも不可能だ。
「俺もリッドの案に賛成するぜ」
ホルストの問い掛けに手を挙げたのは、兎人族部族長ヴェネだ。
「慎まんか、ヴェネ。こういう場合、すぐに賛同を表明するものではないぞ」
すかさず彼女の横に立つシアが呆れ顔で頭振るが、彼女は八重歯を見せて笑った。
「いいじゃねぇかよ、親父。そもそも現状だと、リッドの提案以上にズベーラが発展、改善する代案はないんだぜ。兎人族領の状況も親父が部族長の時から色んなことを試してはいるが、ほとんど何も変わってねぇしな」
「そ、それはそうだが……」
痛いところを突かれたらしくシアが顔を顰めるが、ヴェネは意に介さず言葉を続けた。
「下手に腹の探り合いをするよりも、腹を割って話した方が俺達の印象も良くなるってもんだ。なぁ、リッド」
「えぇ、それはそうですね。私達としても正直に話し合えるのが一番有り難いですから」
相槌を打って答えると、「だよな」と彼女は満足げに頷いた。
何だか、大きくなったオヴェリアを相手にしているような感じがするなぁ。
僕達のやり取りを見ていたセクメトスは「ふむ……」と相槌を打つと、他の部族長達を見回した。
「ホルストとヴェネは賛成のようだが、他の皆も同様の意見かな」
彼女が尋ねると、部族長達は頷いたり、返事をしたりなど様々な反応で賛成の意思表示を示した。
「……よかろう。では、ズベーラはリッド殿とグランドーク家の提案に全面的に受け容れる方向で考えるとしよう。とはいえ、各領地に様々な事情がある故、詳細は部族ごとで詰めてくれたまえ」
セクメトスがそう告げたその時、僕は「少しよろしいでしょうか」と切り出した。
「何かね」
彼女が眉をぴくりとさせて凄むが、僕は咳払いをしてにこりと微笑んだ。
「皆様と協力体制を築くにあたり、当家は『ズベーラ』にお願いしたいことがございます」
「ズベーラに、か。含みのある言い方だな」
「いえいえ、実に簡単なお話です。皆様と良い関係を築きつつ『人、モノ、金』の流れを円滑するため、様々な部分で税制上の優遇処置に加え、当家縁で身分を保障した者についての出入国を簡素化していただきたい。そして、それらの取り決めは『獣王』が変わったとしても必ず引き継ぐことを約束してほしいのです」
代表が新しくなったら前代表との決定を反故にする、なんてことは残念ながら良くある話だ。
正直、僕がこの約束をしたところで効力がどれほどあるのかはわからない。
しかし、それでも何もしないよりは良いはずだ。
万が一にでも反故にされた時は『約束を破られた』という大義名分が立つ。
僕がズベーラとの関係性で目指す目標地点は、ズベーラをバルディアと狐人族領に依存させること。
言ってしまえば、僕達がいなければ成り立たなくなるぐらいの影響力をズベーラ国内でも持つことである。
戦とは、必ずしも『武』でするものではない。
相手国の命綱となる経済、物資、食糧、燃料等々の重要な部分、首根っこを押さえる方法もある。
世界貿易が当たり前となっていた前世の世界では、こうした『首根っこ』を締めることで他国を兵糧攻めのように追い詰める手段を『経済制裁』と言っていた。
僕が過ごす現状の世界を見る限り、まだ経済制裁という概念はあまりない。
正確には、考え方としてはあるんだろうけど、具体的な言語化や戦略化されていないと言った方が正しいかも。
セクメトスを始めとする部族長達がどんなに優秀であっても、貿易の物量が少ない国事情に加え、言語化されていない戦略への対策は気付きにくいはずだ。
でも、気付いた頃にはもう手遅れである。
まぁ、『掌返し』をされた時の対抗処置として『経済制裁』もできるようにと考えているだけだから、良い関係が築けて、何もしなくて良いならそれにこしたことはないけどね。
当家縁かつ身分を保障した者とは、主にクリスティやサフロン商会に属す面々を指している。
話がまとまれば商売での往来が増えるだろうから、業務効率を考えてのことだ。
税制上の優遇処置は帝国内の商売同様、異常なまでの『高い関税』を掛けられては商売が成り立たなくなってしまうから、牽制の意味合いが強い。
部族長達は顔を顰めるが、セクメトスは合点がいった様子で頷いた。
「なるほど。確かに獣王が変わる度、交わした取り決めが変更になるのを避けたいのは貴家としては当然だな。税制上の優遇処置というのは出来る限り善処しよう。ルヴァ、草案の作成を頼めるか」
「税制上の優遇処置についてね、わかったわ」
彼女が頷くと、セクメトスは視線をギョウブに向けた。
「ギョウブには、バルディア家が身元を保証した者に限り出入国を簡素化する件についての草案を頼む」
「あいよ」
彼が面倒臭そうに相槌を打つと、セクメトスはこちらに視線を戻した。
「さて、リッド殿。貴殿の提案と申し出は受け取った。しかし、協力関係を築くには信頼の構築が必要不可欠と思わないか」
「それは仰る通りですね。当家としては、今後の活躍でその信頼を得て行きたいと存じております」
にこりと微笑んで会釈するが、彼女はにやりと口元を緩めた。
「いや、もっと良い方法があるぞ」
「……どのような方法でしょうか」
とんとん拍子に話が進むから、何か仕掛けてくるだろうと思ったら案の上だ。
警戒するように聞き返すと、セクメトスはふっと表情を崩した。
「知っての通り、我等獣人族は『武』を重んじる種族だ。従って、リッド殿がエルバを倒したという、その力を我等に披露してほしい」
「え……?」
思いがけない提案に呆気に取られると、周囲から囃し立てるような声や口笛が響いた。
「母上、それ僕も凄く興味があります」
セクメトスの隣に控えていたヨハンが何やら目を輝かせて身を乗り出すと、馬人族部族長アステカが「はは」と噴き出した。
「そりゃ面白い。是非、見せてほしいもんだな。エルバを倒したという、型破りな風雲児殿の実力をな」
「俺も賛成だ。俺は、俺より年下で強い奴には会ったことがねぇからな。リッドが頭だけじゃなく、腕っ節も間違いないなら、より安心できるってもんだぜ」
「私も、リッドちゃんの実力はとっても興味があるわ」
ヴェネとジェティが乗っかるように続くと、僕はハッとして頭を振った。
「ちょ、ちょっとお待ちください。突然、そのようなことを申されても困ります。そもそも、私の武は披露するほどのものではありません」
「謙遜せずともよい。エルバを倒すほどの実力となれば十分見るに値するものだよ。それに、郷に入っては郷に従え、というであろう」
「いや、しかし……」
僕はどう断ろうかと、顔を渋った。
エルバを倒したことは事実だけど、今後のことを踏まえてもこれ以上の悪目立ちは避けたい。
そもそも、他国かつ人前で武を披露なんてしたら、父上に絶対怒られちゃうよ。
「そうか。ならば……」
セクメトスは、含みのある物言いでゆっくり切り出した
「先程、申し出があった税制上の優遇処置と出入国を簡素化の件だが、リッド殿が信用できるだけの力を我等に披露してくれることを条件としようじゃないか。勿論、色を付けてな」
「な……⁉」
僕が目を見開くと、彼女はにやにやと笑った。
「これで、貴殿達にとっても良い話になっただろう」
セクメトスの表情を見て直感する。
この人は絶対に折れないし、譲らないだろう。
でも、確かに悪い話ではない。
僕がエルバを倒した実力を披露すれば、こちらの条件に色を付けると言ってくれたのだ。
ただ、今の僕はエルバを倒した時と全く同じ力は出せないから、少し気掛かりだけど。
何にしても、このままでは話が進まない。
僕は観念して深いため息を吐くと、「わかりました」と頷いた。
「おぉ、流石はリッド殿。話が早くて助かるよ」
「あはは……。ただ、私の武で皆様が満足してもらえるのか。些か不安です」
頬を掻きながら乾いた笑いで返すと、セクメトスは咳払いをして畏まった。
「では、リッド殿に実力を披露してもらう場についてだが、二ヶ月後に開催される獣王戦が丁度良かろう。本戦を盛り上げる前哨戦として、我が子ヨハンと対峙してもらおうではないか」
「母上、本当ですか⁉」
ヨハンは飛び上がって喜ぶが、僕は「え、えぇ⁉」と目を丸くした。




