提案と賛同
「ほう、リッド殿と協力することでズベーラの国防にも利点あるのかね。是非とも聞かせてくれたまえ」
セクメトスはおどけるように両手を広げると、足を組み直して玉座の肘置きを使って頬杖をついた。
彼女の瞳には興味、好奇、挑発と様々な色が浮かんでいる。
見渡せばルヴァは真剣な面持ち、ジャッカスは眉間に皺を寄せ、ギョウブは椅子に深く腰掛けて何を考えているかよくわからない。
今までの提案に各部族長達の反応は上々。
ここで臆するわけにも、失敗するわけにもいかない。
僕はそれとなく深呼吸すると、「勿論です」と頷いた。
「先に説明した協力体制を各部族領、狐人族領、バルディア家で構築すればズベーラは全域で経済活動が活発化は確実視されます。上手くいけば、食糧問題も解決するでしょう。加えて税収増となれば、国防予算の拡大することも可能になります。国内全土を発展、活発化させれば国防力も上がっていくと存じますがどうでしょうか」
軍事力拡大には費用が掛かるけど、維持にはもっと費用がかかる。
国の経済を活性させて得た外貨を国内の発展費用に充てるのは、もっとも基本的な考え方だ。
でも、その基本的なこと、というのは中々に難しい。
外貨を得られるように経済を活性化させる、口にするほど簡単なことではないからだ。
しかし、バルディアとクリスティ商会にはここ数年で培った大陸東側から中央にかけての販路。
そして、反対側である中央から大陸西側の販路はサフロン商会の販路がある。
これらを使用すれば、ズベーラ国内の様々な商材を大陸全土に販売できるわけだ。
国内需要を満たしているのであれば、国外需要に対応できるようにするまでのこと。
事前に調べた限り、ズベーラは国外向けの販路が弱い。
というか、人力と馬車では運べる物量に限界がある。
兎人族の海産物は乾物以外は輸送に適さないし、猿人族の作る装飾品や工芸品は素晴らしい。
でも、帝国、レナルーテ、アストリアを始めとする他国の趣味に合っているとは言い難かった。
「……所詮、将来的にという不確実な話か。我等は現状におけるトーガとの小競り合いに頭を悩ませている。どうせなら、その点にも提案の一つぐらいほしいものだな」
冷たく突き放すよう物言いで返してきたのは、狼人族部族長ジャッカスだ。
彼は腕を組んだまま、横目で冷たい視線をこちらに向けている。
「ご安心ください。当家と皆様が協力体制を築くことは、トーガへの牽制にもなるはずです」
「なに……?」
ジャッカスが顔を顰めると、ギョウブが「なるほど、な」とおどけるように相槌を打った。
「バルディアとズベーラと協力体制を敷いた場合、手を出すトーガから見れば帝国を刺激してしまうことも考えなければならない。そうなれば奴等は尻込みする、もしくは手を緩めざるを得ないということかな」
「えぇ、仰る通りです」
僕は目を細め、こくりと頷いた。
狸人族部族長ギョウブはズベーラ国外対応を任されているらしい。
前世の記憶で近い役職を上げるなら、政権運営に携わる外務大臣のような立場だろうか。
「ズベーラ国内が発展して食糧問題が解決できれば、武具や兵糧の軍備も整っていくわね」
冷静な口調で切り出したのは鼠人族部族長ルヴァだ。
彼女はズベーラ国内の財政、軍備管理などの裏方をまとめる人物でもある。
セクメトスを支える右腕と言ったところだろう。
ズベーラは各部族長達が様々な思惑で動いている中で、主な政策と運営をまとめている中心人物は獣王セクメトス、ルヴァ、ギョウブの三人らしい。
眉間に皺を寄せて腕を組んだままの狼人族部族長ジャッカスは、セクメトスと共にトーガの軍事担当だと聞いている。
僕は部族長達をあえて見回してから口火を切った。
「当家と部族長の皆様が協力関係を築けば、トーガの攻勢を牽制して時間を稼げます。一方、ズベーラ国内ではその時間で経済活性を図って発展を急ぎます。そうすれば、結果として御国の軍事力も強化にも繋がるでしょう。色々とお伝えしましたが、一言で言えば『富国強兵』こそが私が持ってきた提案です。如何でしょうか」
投げかけると部族長達は一斉に思案顔を浮かべた。
でも、その顔は概ね好意的にも見える。
会議室が何とも言えない緊張した雰囲気に包まれる中、セクメトスが不敵に笑いだして耳目を集めた。
「富国強兵、か。実に面白い提案だ。しかし、リッド殿……」
彼女は含みのある言い方をすると、身を少し乗り出して凄んだ。
「貴殿の意思で本当に協力体制を築いて良いのかね。我等としては有り難い話だが、トーガからすれば気持ちの良い話ではない。貴家が属する帝国とトーガの関係性が著しく悪化する危険性があるのではないか。それに巻き込まれたとあっては、こちらは溜まったものではないぞ」
念押しのように威圧するような言葉に思わず腰が引けそうになるが、僕はすぐに頭を振った。
「ご指摘は御尤もです。ですが、ご安心ください。当家と皆様が協力体制を築いたところで、帝国とトーガの関係性は今までと変わりません。むしろ、帝国はケルヴィン領を守る意味での牽制に繋がるはずです」
「ケルヴィン領を守る牽制、だと」
セクメトス達は眉をぴくりとさせた。
「はい。ご存じとは思いますが、トーガはズベーラだけではなく、帝国のケルヴィン領にも時折ちょっかいを出しております。しかし、それは山岳部があることで地形的に帝国とズベーラが連携をしないだろう、という考えで行っている可能性が高いはず。付け加えると、当家と国境を構えていた旧グランドーク家が他国に対して好戦的だったことも関係していたかもしれません」
以前、僕が帝都に出向いた時に知り合った帝国ケルヴィン領の次男デーヴィド・ケルヴィン。
彼とは今も文通を続け、連絡を取り合っている。
僕が手紙でズベーラに行くことを伝えた際、彼からの返事はとても興味深かった。
『君がズベーラへ行くことが決まったと知って、とても驚いたよ。
でも、それ以上にとても面白い動きだ。
ズベーラとケルヴィン領にちょっかいを出してくるトーガだが、彼等は帝国貴族とズベーラが手を組むことはあり得ないだろうと考えている。
帝国の高位貴族達は獣人族を野蛮であるとか、帝国人より下に見ている人達がほとんどだからね。
でも、リッドは違う。
もし、帝国貴族とズベーラが手を組み始めれば、トーガは警戒して手を出すことを控えていくことになるはずだ。
大陸で二番目の規模を誇る大国とはいえ、帝国とズベーラを同時に相手することはできないだろうからね。
型破りな活躍を期待しているよ、リッド。
デーヴィド・ケルヴィン』
この手紙をもらった僕はすぐに彼と再び連絡を取り合い、バルディアとズベーラ、各部族長達との協力体制について意見交換を行っている。
その際、デーヴィドは父であるケルヴィン領当主こと『グレイド・ケルヴィン』にもそれとなく話をしてくれたそうだ。
そして、グレイドの答えは『協力体制を築くことに賛成』だったと聞いた。
勿論、僕の父上にも事前に今回の会議内容を伝えて了承も得ているから、帝国の剣、盾と評される貴族が賛成しているから問題ないというわけだ。
「……そして、もう一つお伝えしておきます」
僕は口元を緩めると、難しい表情をしている部族長達に向かってゆっくり切り出した。
「バルディア家は帝国に属し、皇帝陛下に忠誠を誓っております。ですが、必ずしも帝国貴族の保守派や革新派と呼ばれる者達と共同歩調をとるわけではありません。他国と国境を構える辺境伯家として、皇帝陛下もとい帝国と自領の有益となるなら独自に動くこともあるということです」
そう告げると、会議場に静寂の間が訪れる。
しかし、突然に拍手する音が室内に響き渡った。
見やれば、鳥人族部族長ホルスト・パドグリーが目を細めている。
「我等を前にしても臆さず、実に素晴らしい提案でした。流石、エルバとガレスを打ち破った型破りな風雲児殿です」
「……それはどうも。お褒めに与り光栄です」
ホルストの意図が分からないため、警戒しながら畏まって淡々と会釈した。
すると、彼はそのまま玉座へと視線を向ける。
「セクメトス。私はリッド殿が説明してくれた『富国強兵』の提案を全面的に支持するよ」
「え……?」
思いがけない最初の賛同者に、僕は思わず呆気に取られてしまう。
一方、話を振られたセクメトスは「面白い……」と不敵に笑っていた。




