部族長会議
「こちらの扉の奥に部族長の皆様がいらっしゃいます。扉はリッド様かアモン様がお開けください」
「わかりました。案内してくれてありがとう。感謝します」
来賓室からここまで案内してくれた竜戦士達に笑顔でお礼を述べると、彼等は少し意外そうに目を瞬いた。
あまり、お礼を言われることがなかったのかもしれない。でも、彼等はすぐに会釈し、道を空けて扉の横に控えた。
改めて目の前を見やれば、豪華かつ荘厳な装飾が施された大きな観音開きの扉がある。
帝城で両陛下や貴族達と対面する謁見の間に続く扉を彷彿させるよう雰囲気もあるが、それ以上に扉から只ならぬ魔力と剣呑な気配が漏れ出ていた。
扉に誰も触れていないというのに、冷や汗と武者震いを感じる。
帝国の貴族は政治力や交渉力に優れた人が多いが、言ってしまえば文官主体で武官は少ない。
一方、この扉の先に集まっている部族長達は優れた文官であるが、それ以上の武官でもある。
この先にいる部族長達は、エルバに勝るとも劣らない実力の持ち主ばかりなのだろう。
でも、ここで怖じ気づく訳にも、引き下がる訳にもいかない。
ふと左横に目をやれば、アモンも顔を強ばらせていた。
彼も扉から発せられる気配を感じ取ったのだろう。
こちらの視線に彼が気付くと、僕はふっと微笑んだ。
「アモン、行こう」
呼びかけにハッとした彼は頭を振ると、強ばった顔から破顔する。
「あぁ、わかった」
僕が右扉の取っ手を持ち、アモンが左扉の取っ手を持つ。
扉に触れた瞬間、手に軽い電気でも流れたような痺れを感じたが、僕とアモンは息を合わせて扉を一気に押し開いた。
ゆっくり開く扉と共に視界に入り込んでくる部屋は、それこそ帝城の謁見の間を彷彿させるような豪華絢爛かつ厳かな雰囲気の内装が施されている。
そして、部屋の中央には大きな円卓が置かれていた。
円卓の席には既に部族長と思しき人物達が席に着いていて、扉を開けた僕達は自然と彼等の注目を浴びる。
彼等の鋭く、刺すような視線に肌がひりつくような感覚を覚えた。
「ほう、やるじゃねぇか。気圧されずあの扉を開けやがったぞ」
挑発するような柄の悪い物言いが聞こえて目をやれば、赤茶の髪を雑に伸ばした長髪と水色の瞳を怪しく光らせる薄褐色肌の人物が薄ら笑いを浮かべていた。
服装は黒で統一された軍服のような出で立ちだが首元には赤いロングスカーフ、腰にも赤い腰布が巻かれている。
頭に生えた耳の形からして、おそらく彼が馬人族部族長だろう。
「茶化すな、アステカ」
丁寧な言い回しだが低くて威圧的な声が響くと室内の空気が震え、張り詰めた。
聞いたことのある声に反応して目を向ければ、部屋の一番奥側に位置する円卓の席にセクメトスが座っていた。
彼女の背後にはヨハンが畏まって立っている。
「そう急がずとも、これから存分に話はできる。まずは、リッド殿とアモン殿。席に座ってくれたまえ」
「はい。それでは失礼します」
セクメトスに会釈して、扉正面で空いていた円卓の席に向けて歩き出すと扉の閉まる音が室内に響く。
肩を竦めるアステカ、来賓室の前であったホルストを始めとする部族長達の注目を浴びながら僕に続きアモン、シトリー、ティス達もやってくる。
円卓の席は二席空いていて、その後ろにも二席用意されていた。
僕とアモンが円卓の席に着くとシトリーがアモンの後ろ、ティスが僕の後ろの席にそれぞれ座った。
ダイナス、カペラ、ティンク、ラファの四人は僕達の背後を守るように並び立っている。
僕達が席に座ついて間もなく、セクメトスが咳払いして畏まった。
「弱肉強食の世界に生きる獣人族。その部族を統べる同志諸君、今日も遠路はるばるよく来てくれた。歓迎しよう」
彼女は威厳のある声で切り出すと、「そして……」とこちらに視線を向けた。
「本日の会議には新部族長と貴賓が来ている。まずは、二人に自己紹介をしてもらおう」
「畏まりました」
頷きながら目配せすると、事前の打ち合わせ通りにまずアモンが立ち上がった。
「皆様とこうして顔を合わせるのは、前部族長にして私の父であるガレス・グランドークの葬儀以来でしょうか。狐人族部族長アモン・グランドークです。改めて、お見知りおきください」
彼が口上を述べて一礼するも、ほとんどの部族長は目礼や会釈するだけで反応は薄い。
アステカに至っては退屈そうに欠伸をしている。
ただ、黄色い髪を後ろでまとめた女性だけは何やら楽しそうにしていた。
アモンが席に着くと、入れ替わりで僕がその場に立つ。
「この場にいる皆様のほとんどには、初めてお目にかかります。マグノリア帝国バルディア領当主ライナー・バルディア辺境伯の息子リッド・バルディアと申します。この度は、獣人国の名高い部族長会議に異国の私が参加出来ること大変光栄に存じます。私は今現在、父の名代として狐人族領に派遣され戦後処理を任されております。今後、もしかすると皆様にも『色々』とお話を聞かせていただくことがあるかもしれません。見ての通り若輩者ですので、その際はご指導ご鞭撻の程、どうかよろしくお願いいたします」
僕はこれでもかというほどの笑顔を浮かべ、あえて演技がかった口調で口上を述べて一礼した。
ここは帝国ではないから、あまり強く出ることはできない。
かと言って、下手に出すぎれば舐められる。
だから、各部族と前政権の繋がりを探っていることをわざとらしく匂わせた。
どのような意図や経緯があったにしろ、『狭間砦の戦い』が起きた原因の一端はこの場にいる部族長達がガレスやエルバを止めなかったことにもあるのだ。
発した言葉が全て演技という訳でもない。
顔を上げてそれとなく見渡せば、相変わらず部族長達の反応は薄い。
しかし、どこかさっきよりも警戒されているような気配も僅かに感じる。
初手としては、こんなものだろう。
僕が席に着くと、セクメトスだけが拍手を始めた。
「良い挨拶だった。では、次はこちらの番だな」
彼女はそう言うと、僕達の隣に座っていたアステカを見やった。
「狐人族の領境である馬人族からお願いしよう。若輩者の手本となるような挨拶を頼むぞ、アステカ」
「ち、めんどくせぇな」
アステカは舌打ちしながら椅子を引いて雑に立ち上がると、左手を円卓に乗せたままだらんと気だるげに僕とアモンを見やった。
「馬人族部族長アステカ・ゼブラートだ。まぁ、よろしく頼む」
彼はそう言って座ろうとするが、「あぁ、そうだった」と何やら思いとどまって口元を緩めた。
「この場で是非、アモンに聞きたいことがあったんだ」
「何でしょうか」
アモンが首を捻って聞き返すと、アステカは「いや、大したことではないんだが……」と肩を竦めた。
「バルディア家の助力を得て実の父を葬り去り、邪魔者となる兄達を追放して部族長の座を簒奪。そうまでして手に入れたその椅子、その座り心地さ」
アステカはそう告げつつ、僕達が座っている椅子を指差して口元を緩めた。
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