要注意人物指定
「じゃあ、呼ばれるまでここで休んでいてくれ」
ヨハンは八重歯を見せて笑った。
僕達が案内された来賓室は、白を基軸とした装飾で城内の道中同様、荘厳な雰囲気に包まれている。
「案内してくれてありがとう」
「気にしなくて良いよ。それより……」
皆を代表するように前に出てお礼を述べると、ヨハンは頭を振って僕の背後に視線を向けて微笑んだ。
「なぁ、シトリー。君は僕の部屋に来ないか」
「い、いえ。結構です」
彼女は勢いよく頭を振りながら答えると、アモンの背後に隠れてしまった。
「お誘いは有り難いですが、部族長会議前です。それに、シトリーもこの通り驚いているようですからご容赦ください」
「そ、そうか。それは残念だ」
アモンに笑顔で告げられたヨハンは、耳と肩をしゅんと落として竜戦士達とすごすごと来賓室を後にした。
扉が閉まる音が聞こえ、ヨハン達の足音が聞こえなくなると僕達は「はぁ」と深いため息を吐いて、部屋に備え付けられていたソファーや椅子にそれぞれ腰掛けた。
「あらあら。会議前だというのに皆お疲れねぇ」
一人だけあっけからんと笑みを溢したのはラファだ。
彼女は来賓室に用意されていたコップを手に取ると、棚に並んでいた様々な銘柄の酒瓶を物色する。
一番良さげなものを選びだしたラファは、一人用のソファーに腰掛けて足を組むと口元を緩めて一人酒を始めた。
「あら。これ、意外といけるわね。リッドのくれる清酒には負けるけど」
彼女が酒をコップに注ぐ音が室内に響く中、カペラが「リッド様、よろしいでしょうか」と切り出した。
「あ、ごめん。お礼を言いそびれてたね。さっきはありがとう」
「いえ、とんでもないことでございます」
僕達のやり取りに部屋にいる皆の目が集まると、彼は「先程の件ですが……」と続けた。
「あの時、私が嫌な気配を感じ咄嗟に発動したのは『魔力変換強制自覚』です。あれでリッド様が意識を覚醒できたということは、ホルスト殿が魔法を発動していのは間違いないかと」
「やっぱりそうだよね」
僕は相槌を打つと、口元に手を当てて考えを巡らせる。
『魔力変換強制自覚』とは、サンドラが編み出した特殊魔法だ。
本来の使用用途は魔力変換未習得者に施し、強制的に魔力変換の感覚を会得させることにある。
ホルストとの会話で意識にもやがかかっていく感じがした。
あれはおそらく、彼が何かしらの方法で『自身の魔力』を僕の中に送り込んで『操作』しようとしたのだろう。
カペラが魔力を僕に流し込んでくれたおかげで、僕の中に入ってきたホルストの魔力が消された。
もしくは相殺されたのかもしれない。
何にしても、『魔力変換強制自覚』が精神操作のような洗脳や催眠対策として使えるという事実は大きな発見と言えるだろう。
「リッド。考えているところ悪いが、私達にもわかるように説明してくれないか。ホルスト殿が君に何かしているとは感じたが、流石にその内容までは把握できなかったんだ」
「あ、そっか。えっと、あくまで僕が感じたことからの仮説なんだけど……」
アモンの問い掛けに頷くと、僕はホルストとの会話で意識にもやがかかったような感覚に襲われ、彼の言うことが全て正しいという認識になりかけたことを説明した。
「……という感じでね。多分、精神操作というか。対象を催眠や洗脳状態にする魔法だと思う」
「それが本当なら、国家間の問題になりかねない。重大事案じゃないか」
アモンが立ち上がって声を荒らげるが、僕は頭を振った。
「腹立たしいけど、証拠が何もないし、水掛け論になるだけだよ」
「……それもそうか」
僕の言葉で急激に頭が冷えたのか、アモンは腰掛けていたソファーにどさりと座って深いため息を吐いた。
「ホルスト殿がリッドに何かしているというような印象はあったが、私は何も感じなかった。ということは、有効範囲は相当に狭いのではないだろうか」
「アモン殿の意見、私も同感です」
次いで会話に参加してきたのは険しい表情のダイナスだ。
「あの時、リッド様の側に立っていたのはアモン様、カペラ殿、そして私です。しかし、リッド様が感じられた『意識にもやがかかる』ということはありませんでした。ホルスト殿の目線や話し方を思い返しても、魔法の対象はリッド様に限定していたのでしょう」
「精神操作、催眠、洗脳ですか。そんな魔法があるなんて、ぞっとしません」
ダイナスが言い終えると、ティンクが嫌悪感を露わにした。
「気付きませんでした。リッド兄様がそんな恐ろしい目にあっていたなんて……」
「私もです。リッドお兄様を前に、ホルスト殿はよく笑う方ぐらいだなとしか感じませんでした」
ティスとシトリーが僕達の会話で事態を察したらしく、表情から血の気が引いて真っ青になっている。
そんな二人にティンクは寄り添うと、優しく頭を撫でた。
「リッド様。私達は奥の別室に行っております」
ティンクが視線を向けたのは、来賓室の奥に続く扉だ。
案内してくれたヨハンが最初に見せてくれたけど、奥は仮眠室になっていた。
大きいベッドの二台に加え、ソファーやテーブルも備え付けられている。
「うん。二人とも怖がらせてごめんね」
「いえ、気にしない下さい」
「お力になれず、申し訳ありません」
二人がティンクに付き添われて別室に行き、扉が閉まる音が聞こえると僕は一人酒を続ける女性を見やった。
「ラファは、ホルストの事をどれぐらい知っているんだい」
訝しむように尋ねると、酒を水のように呷った彼女は「ふぅ」と息を吐いて肩を竦めた。
「さぁ、私も多くのことは知らないわ。ただ、あの領地を探りに行った諜報員は国や領地を問わず、誰も帰ってこないっていうのは私達の間じゃ有名よ。これ、前にも言わなかったかしら」
「そうじゃない。ホルストが僕にしようとしたことだよ」
僕が口調を強めると、室内の空気が重くなった。
でも、彼女は気にする様子もなく一人酒を続けている。
「私も仕事柄似たようなことをすることがあるけど、あそこまであからさまにして即効性のあるやり方は初めてみたわ。是非、方法を教えてほしいぐらいね」
さりげなく恐ろしいことを発したが、彼女は現役で狐人族の暗部を統括している人物である。
もし、あのやり方を彼女が知っていたら既に嬉々として使っていそうだが、今までの言動にはそんな様子は見られなかった。
どうやらラファも本当に知らないようだ。
僕はため息を吐くと、額に手をあてて頭を振った。
「鳥人族全体が悪とは思わないけど、『ホルスト・パドグリー』は改めて要注意人物指定だね」
いっそ『仮想敵』と言いたいところだが、壁に耳あり障子に目あり、という言葉もあるからあまり大それた発言はここでするのはあまりよろしくない。
「そうですな。注意しておくことに越したことはないでしょう」
ダイナスが頷くと、カペラも「同意します」と頷いた。
「私の『元上司』がその手の尋問を得意としておりましたが、あのような魔法の話は聞いてことがありません。戻ったら、すぐに連絡してみようと存じます」
彼の言う『元上司』とは、レナルーテの暗部こと忍衆の頭目である『ザック・リバートン』のことだ。
確かに裏の世界に長年精通しているであろう彼なら、僕達が知らないホルスト・パドグリーや鳥人族の情報を持っているかもしれない。
「わかった。僕からも是非お願いするよ」
僕が頷くと「すまない、リッド」とアモンが首を傾げた。
「カペラ殿の元上司とは何者なんだ」
「私もそれは少し興味あるわね」
彼に続き、ラファが不敵に笑った。
彼女はある程度察しているだろうが、カペラの過去をちゃんと説明したことはない。
どうしようかと目配せすると、カペラが会釈した。
「リッド様、折角の機会です。私の口から説明してもよろしいでしょうか」
「そうだね。今後の連携強化も兼ねてお願いするよ」
「承知しました。それでは……」
カペラは畏まると、自身がレナルーテの暗部に所属していたことをアモンとラファに語り出した。
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