対面
「な……⁉」
僕は驚愕し、一瞬で背筋が寒くなる。
この城に足を踏み入れてから『電界』を軽く発動して常に周囲の気配を探っていた。
それなのに、いとも簡単に背後を取られたのだ。
絶対、この声の主は只者じゃない。
警戒しながら振り向くと、そこにはアリア達と良く似た『髪色』の短髪と細く青い目をし、眼鏡を掛けた優男が笑顔を浮かべていた。
優男の背中には鳥人族の特徴である翼が生えており、色は漆黒である。
男の服装は白を基軸とした外套【トレンチコート】姿で、どこか威圧的な印象を受けた。
また、彼の両隣には護衛と思しき鳥人族の少女が二人立っている。
一人は、赤黒い髪を左右で結んで長く垂らした勝ち気そうな赤い目をした少女。
髪の結び目の部分には何枚もの羽が差してある。
服装の作りは優男と似ているが、露出部分が多くてちょっとパンクのような印象を受けた。
背中に生えている翼は、縁と外側は赤いようだが内側は真っ白。
二人目は、鋭くて青い目をした『アリア』と髪色と髪型含めてよく似た少女だ。
一人目の赤い目の少女より背は低く、服装は優男が来ている白を基軸とした外套【トレンチコート】の裾を短くして、腰部分をスカートにしたような感じである。
彼女の背中に生えている翼も、アリア達を彷彿とさせるものだった。
「……ホルスト殿、ご無沙汰しております」
アモンが警戒するように呟き、前に歩み出た。
『ホルスト』という言葉に反応し、僕の脳裏に鳥人族部族長『ホルスト・パドグリー』の名前が呼び起こされる。
こいつがアリア達の父親にして、彼女達を『期待外れ』や『失敗作』と罵った挙げ句にエルバを通してバルストに売り飛ばした張本人か。
それとなく探るように見つめていると、ホルストはふっと口元を緩めてアモンに手を差し出した。
「えぇ、お互い忙しい身ですからね」
ホルストはアモンと握手を交わすと、笑顔のまま横目で空を見やった。
「私も今し方きたところです。空から皆さんの姿が見えたので、ご挨拶をと思いましてね」
彼はそう告げると、僕に視線を下ろして「それで……」と切り出した。
「貴殿がエルバを倒したという型破りな風雲児リッド・バルディア殿ですか」
「はい、初めてお目に掛かります。鳥人族部族長ホルスト・パドグリー殿」
僕がアモンの横に並び立って手を差し出すと、彼はにこりと嬉しそうに笑って握手を交わした。
「いやはや、私の名前までご存じとは。大変光栄です」
「とんでもないことです。ズベーラを収める各部族長の皆様の名前は、帝国でも有名ですよ。ところで、そちらのお二人は?」
ホルストの背後に立つ二人に視線を向けると、彼は「あぁ、紹介が遅れましたね」と目を細めながら頬を掻いた。
「イビ、イリア。二人とも、リッド殿に自己紹介なさい」
彼が告げた名前を聞き、『やっぱり、この子達がそうなのか』と僕の中に緊張が走る。
旧政権派のガリエルと対峙した時、途中で変装した鳥人族が介入してきた。
当時その場にいたアリア曰く、相手の気配や魔力から彼女の姉妹である『イビ』や『イリア』で間違いないということだった。
だが、あの場にいた鳥人族が彼女達であったことを証明する物的証拠は何もない。
二人は会釈して顔を上げると、赤黒い髪の少女がまず畏まった。
「ホルスト様の護衛をしております、イビ・パドグリーでございます」
「同じく、イリア・パドグリーです」
イビは透き通った綺麗な声で淡々と発した。
続いてイリアが発するも口調は刺々しく、瞳に憎悪のような光を宿してこちらを一瞥する。
心当たりない視線に、僕は思わずごくりと喉を鳴らした。
「この二人は、姓はパドグリーですが、分家に当たる血筋の子達でしてね。若いながら、実力は申し分ない。後進の育成を兼ね、私の護衛をさせています」
ホルストはイビとイリア、それぞれの頭の上にゆっくりと手を置いた。
その表情はとても穏やかで、優しくて、慈愛に満ちている。
「ところで、リッド殿。何やら、気になることがありそうですね。どうかされましたか」
僕の機微を察したらしく、ホルストが優しい声で尋ねてきた。
「あ、いえ。イビ殿はとても綺麗な声をしているし、イリア殿はよく見知った子に似ていたので少し驚いただけです」
牽制するように投げかけて微笑みと、ホルストは「ほう……」と楽しそうに口元を緩めた。
「今のやり取りでイビの美声に気付くとは、リッド殿はお目が高い。いや、この場合は優れた耳をしていると褒めたほうがよろしいかもしれませんな」
彼は心底嬉しそうに破顔すると、まるで娘を褒められた父親のような慈愛に満ちた目でイビを見やった。
「この子は歌を得意とする鳥人族の中でも、特に秀でた才能を持った子なんですよ。私も自慢に思っております」
「そ、そうなんですね」
想像と全く違うホルストの言動に戸惑いながら相槌を打った。
言動のほとんどは演技なんだろうが、彼の発する優しく耳心地のよい語りには悪意は到底感じられない。
それどころか、だんだんと聞き惚れていくようなふわふわとした不思議な感覚に襲われて何故か気を許してしまうそうになってくる。
でも、それが逆にとても不気味で空恐ろしく、ふと気付けば嫌な手汗で掌が湿っていた。
気をしっかり持て、こいつが『良い奴』のわけないじゃないか。
僕は深呼吸をすると、「なら……」とイビに視線を向けて笑いかけた。
「いずれ、イビ殿の綺麗な歌声を社交辞令ではなく、本当に聞かせてほしいものです」
彼女の綺麗な歌声を聞きたいのは本心だった。
そして、全身に痛みが走る強烈な叫び声は、もう聞きたくない。
イビは眉をぴくりとさせるが感情のない声で「……機会がありましたら」と淡々と頷いた。
「それから……」
ホルストは話頭を変えるように切り出すと、何やら寂しそうにイリアに視線を向けた。
「この子には双子の実姉がいましてね。アリア、という子なんですよ。リッド殿は、アリアのことをご存じなのではありませんか」
「……えぇ、良く知っていますよ」
彼の瞳に不気味な光が一瞬だけ煌めく。
本題がきたなと、僕は平静を装いながら頷いた。
「数年前、当家がバルストで売り出された獣人族の子供達を保護したことはご存じでしょう。その中には十数名の鳥人族の子達もいました。その一人が、アリアです」
「……⁉」
僕の言葉にいち早く反応したのは、憎悪を瞳に燃やすイリアだった。
彼女は声こそ発しなかったが、鬼のような形相を浮かべて今にも襲いかかってきそうな雰囲気である。
僕の側にいたダイナス、カペラ、ティンクの気配が身構えたものに変わった。
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