手記
「アモン兄様、リッド兄様。顔色が優れないようですが大丈夫ですか」
「うん、何だか真っ青だよ」
部族会議に向かう被牽引車の中、正面に座るティスとシトリーが心配そうに呟いた。
僕は頬を掻きながら苦笑する。
「いや、ちょっと夢見が悪くてね。朝起きたら寝汗でびっしょりだったんだ」
「私もだよ。何だか、変な気に当てられた感じでね」
アモンの言葉に、二人が顔を見合わせて「変な気、ですか?」と小首を傾げる。
僕は目を細め、それとなく隣に座っている彼の脇腹を肘で小突いた。
「ま、まぁ、あれだよ。王都の屋敷に慣れていないせいだと思うんだけどね」
ハッとしたアモンが誤魔化すように頭を掻いて笑い出すと、ティスが噴き出した。
「アモン様、意外と繊細なんですね」
「あ、あはは。そ、そうみたいだね。自分でも気付かなかったよ」
二人の微笑ましいやり取りのおかげで、被牽引車内に流れる雰囲気が少し変わった。
どうやら、話題を逸らせたらしい。
アモンの言った『変な気』とは『ガレスの秘密部屋』のことである。
実際、僕もその『気』に当てられたせいで夢見が悪かったのだろう。
未だにあの地下室に漂っていた埃と土が入り交じりあい、かつ少し据えた臭いが鼻に残っている。
夢の内容は覚えていなかったが、『もしかしたら、将来の断罪に拘わっている可能性もあるかもしれない』と考え、メモリーに内容を確認できるか問い掛けた。
『断罪とは一切関係ないと断言するよ。それに夢は儚いって言うだろう。覚えてないなら、わざわざ思い出す必要もないし、思い出さないことが良いこともあるんだよ』
彼の返事はとても強い口調で、どこか凄みがあった。
何やら嫌な気配もしたことから、僕は『そ、そうだね』と頷いて夢は思い出さないこと決めたのだ。
しかし、出発前の朝食時にアモンと顔を合わせた時、何故か互いにどことなく気まずくなってしまった。
聞けば、彼も夢見が悪くて朝起きたら寝汗が凄かったらしい。
ただ、僕同様、彼も夢の内容は一切覚えていなかった。
『あの秘密部屋は調査が終わり次第、解体。何か別の使い道を考えるよ』
『うん。それが良いと思う』
アモンの考えに、僕は即答した。
秘密部屋を調べてくれたカペラとダイナスも朝食に姿を見せていたが、二人はけろっとしていて夢見が悪そうな気配はない。
流石、騎士団長と元暗部というべきか、あの程度の『気』では動じるようなことはないようだ。
朝食が終わるとカペラとダイナスから話したいことがあると、僕とアモンは声を掛けられて執務室に移動した。
曰く、二人が隅々まで調べた結果、ベッドの隣に置いてあった棚の床下に『ガレスの手記』が隠してあったそうだ。
ただし、ほとんどの内容が僕とアモンの教育上大変よろしくないということで、手記の最後に記されていた重要な部分だけカペラが教えてくれた。
『エルバから言われた部族長会議での根回しは無事済んだ。
バルディアを倒した後は、無礼極まりない使いを寄越したあの男に吠え面をかかせてやる。
しかし、ズベーラ国内も油断はできん。
セクメトスはエルバが獣王戦で事故に見せかけて何とかするだろうが、奴だけは得体がしれない。
我々が行う資金集めや縁故作りの奴隷売買とは別に、奴は独自に彼方此方から身寄りのない獣人族を集めているようだが、その目的や意図が全くわからん。
過去には奴の領地に間者を送り込んだこともあるが、領内の立ち入り禁止区域の奥に建てられた屋敷が怪しい、という報告を最後に全員が消息を絶っている。
結局その全容は未だにわかっていない。
もしかすると、ズベーラ国内における最大の敵は奴なのかもしれん。
だが、私にはエルバがいるのだ。
恐れることは何もない。
しかし、もしエルバが奴を倒すとなれば、実に皮肉な話となるだろう。
○月×日、ガレス・グランドーク』
この内容を聞き終えた僕とアモンは、揃って思案顔を浮かべて唸った。
無礼極まりない使いというのは、メルディやラファから聞いた『ローブ』という男のことだろう。
そして、あの男というのはローブの上に立つ者だろうが、そいつが全ての黒幕なのか。
それとも、更に上がいるのかはわからない。
少なからず、『男性』ということだけは確かなのだろう。
でも、それより薄気味悪いのが、『得体のしれない奴』とガレスが手記で評した人物である。
手記内容から察するに、セクメトスを除いた何処かの部族長を指しているんだろうが、一体誰なのだろうか。
それに、エルバが奴を倒すとなれば、実に皮肉な話』とはどういう意味だろう。
アモンに問い掛けてみたが、彼は心当たりがないとすぐに頭を振った。
『姉上なら、何か知っているかもしれない』
「そっか。ダイナス、悪いけど彼女を呼んできてくれる』
『畏まりました』
程なくして、執務室にラファがやってくる。
状況を説明したが、彼女も心当たりはないと肩を竦めた。
ラファ曰く、エルバ本人なら何か知っているかもしれないということだったが、奴は未だに何処かに潜伏していて行方不明。
事実上、確認は不可能だ。
間者を送り込んだ件は、ラファが暗部を任される前の話ということらしく、こちらも詳細不明。
仮にラファが任された後だとしても、各領地に間者は常に潜り込ませているそうで、この手記だけではどの領地が該当しているのかわからない。
その上、ガレスが個人的に間者を手配することもあったらしく、調べるにしてもそれなりの時間がかかるそうだ。
釈然としない状況下、部族長会議に出発する時間がさし迫る。
止むなく答えが出ないまま、城に向かう被牽引車に皆と乗り込んで現在に至っていた。
「リッド兄様。何やら、今度は難しい顔をされていますが大丈夫ですか」
「え、あ、ごめんごめん。ちょっと部族長会議のことを考えていてね」
心配顔のシトリーに声を掛けられ、僕は我に返った。
「そうでしたか。リッド兄様は乗り物に弱いので、もう酔われたのかと」
「心配してくれてありがとう。でも、短距離なら道がでこぼこしていない限り、すぐに酔うことはないから安心して」
ほっとする彼女に僕は微笑み掛ける。
ただ、綺麗に舗装された道でも長時間乗っていると酔ってしまうんだよな。
いずれ、何か根本的な解決方法を見つけたい。
程なく、城内へと続く門前で被牽引車が停車する。
車内から僕達が降り立つと、門がゆっくりと開き始めた。
「待っていたぞ」
聞き覚えのある声が聞こえた次の瞬間、城内から白くて小さな影が飛び出してきた。
またか、と咄嗟に身構えるが「何度も同じ手は通用しません」とティンクとカペラが僕の前に出た。
「残念。実は今回の狙いはそっちじゃないんだ」
白い影はそう言って、素早く別方向に跳躍する。
「な……⁉」
皆が目を瞬いたその時、「ひゃあぁああああ⁉」と悲鳴が轟いた。
見やれば、ヨハンがシトリーを抱きしめて首筋をすんすんとしていた。
「本当に良い香りがするな。ずっと会いたかったんだぞ」
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