秘密の地下室
「リッド様、お待ちください」
地下に続く階段の前に出ると、カペラがすっと手を出して制止した。
「どうしたの」
「秘密通路となれば罠が仕掛けられている可能性もございます。私が先頭を進みます故、リッド様達は後から付いてきてください」
確かに彼の言う通りだ。
わざわざ地下に隠すほどの秘密部屋となれば、ガレス達が行っていた不正の証拠など重要な情報が隠されているかもしれない。
侵入者に対する『罠』が設置されている可能性は十分に考えられる。
先頭を進む、そう告げたカペラの表情にはどこか覚悟のようなものもあった。
「わかった、お願いする。でも、無理は駄目だよ。エレンが君の帰りをまっているんだからね」
「勿論でございます」
彼は笑みを浮かべて火の付いた蝋燭立てを僕から受け取ると、視線を変えた。
「ダイナス様。恐れ入りますが、最後方に位置していただき万が一に備えていただけますか」
「了解だ、任されよう。では、リッド様、アモン様、ラファ様は我等の間に入っていただくようお願いします」
ダイナスの言葉に僕達が頷くと、カペラが深呼吸をして真剣な面持ちを浮かべた。
そして、蝋燭立てを前に出し道を照らしながら階段をゆっくりと下り始める。
地下に続く階段と通路は全て石造りで、通路は砂っぽい埃臭さと少しじめっとした湿気が漂っていた。
蝋燭しか灯りがない状況下、薄暗い中でも壁や足下を見れば造りがしっかりした印象を受ける。
横を歩くアモンがふいに手を伸ばして壁を触ろうとしたから、僕はさっとその手を掴んだ。
「止めた方いい。壁にも仕掛けがあるかもしれないよ」
「そ、そうだね。申し訳ない」
「いやいや、僕も気にはなってはいるんだ。罠の有無を確認したら、もっと灯り設置したいところだね」
アモンと僕の会話が壁に反響し、ちょっと響いて聞こえてきた。
こういう状況は、洞窟探検しているみたいで子供心を擽られる……子供だけに。
階段を下り、大人が二人並んで通れるぐらいの幅がある通路を警戒しながらゆっくりと進んでいくと、カペラの足が止まった。
「扉が見えました」
「え、本当?」
先頭を歩く彼の背後から顔を覗かせると、地下の造りや雰囲気に不釣り合いな印象を受ける絵や宝石で装飾された派手で赤い扉があった。
如何にも怪しげである。
「死人に鞭打つけど、ガレスってあんまり趣味が良くないのよねぇ」
「あはは、姉上は相変わらず手厳しいですね」
ラファが呆れ顔で肩を竦めると、アモンが苦笑しながら頬を掻いた。
二人の声が反響して聞こえるが、カペラは表情を緩めない。
彼は最後方のダイナスと視線を交えると小さく頷き、蝋燭の灯りを頼りに扉を調べ始めた。
「ここまで一方通行かつ罠は特にありませんでした。おそらく、この地下通路と扉の先にも罠がある可能性は低いでしょう。ですが、念には念を入れておきます」
「うん、ありがとう。カペラ」
時間にして数分程度だろう。
扉を調べ終えたらしく、カペラが扉に手を掛けた。
「では、開けます」
彼の言葉に皆が頷き、固唾を呑んで扉が開いていく様子を見守った。
だけど、開かれた扉の先は真っ暗で何も見えない。
再び、カペラが先頭を歩き始めて室内を照らした。
「何やらベッドがありますね」
「ベッド……?」
再びカペラの背後から前を覗けば、大きくて深い赤のベッドがぽつんと置いてあった。
でも、あの位置的に部屋の中央に置かれているんじゃないだろうか。
一体、何のためだろう。
それに地下通路にあった埃臭さとは別に、何やらすえたような匂いが少し鼻につく。
首を傾げていると、「ここに蝋燭台がありますね」とカペラが手に持つ蝋燭で火を付ける。
「カペラ殿。こっちにも蝋燭台があるぞ」
「承知しました」
ダイナスの呼びかけに答え、カペラが室内にある蝋燭に次々と灯りをつけていく。
やがて、部屋全体が蝋燭の灯りで照らされて部屋の全貌が明らかになった。
やっぱり、ベッドは室内の中央に置かれていたようだ。
でも、室内に置かれていた様々な拷問器具、壁に掛けられた怪しげな道具、数々の拘束台が目に飛び込んできて僕は顔が引きつった。
「こ、これは……」
「あ、あぁ……」
アモンも察したらしく、決まりの悪い顔を浮かべている。
それとなく見れば、カペラとダイナスも呆れ顔となっていた。
ラファだけは口元を手で押さえながら肩を震わせている。
間もなく、彼女が「あっはは」と噴き出して笑い始めた。
「ガレスったら可笑しいわ。わざわざ、こんなところにあれこれを運んで楽しんでいたのね。本当、趣味が悪いわぁ」
彼女はひとしきり笑うと、目元を人差し指で拭いながら僕とアモンを意味深に見つめてきた。
「リッド、アモン。良ければ、私が『あれこれ』の使い方を全て教えてあげましょうか。二人とも、新しい世界が知れるかもしれないわよ」
「冗談でもそういうのは止めて」
「そうですよ、姉上」
ため息を吐いた僕とアモンが頭を振って即答するが、ラファはしたり顔で目を細めた。
「あら、二人ともこの部屋がどういう目的なのかわかるのね。意外とおませさんじゃない」
「な……⁉ そ、そういう問題じゃないでしょ」
顔の火照りを感じながら答えたその時、はっとする。
そして、彼女をジト目で睨んだ。
「ラファ。君、ひょっとしてこの秘密部屋の事。最初から全部知っていたんじゃないのか」
「いいえ。最初に言った通り、私が知っていたのは地下室の存在だけよ。流石にこんな風な使い方をガレスがしていたとは知らなかったわ。まぁ、知りたいとも思わないけど」
嘘つきめ、ほぼ確信犯だろうに。
ラファはグランドーク家の暗部を総括する立場だった。
この場所で何が行われていたのかなんて、知らないはずはない。
もし知り得なかったとしても、ある程度は察していたはずだ。
大方、僕とアモンを揶揄って反応を楽しもうという魂胆だったのだろう。
実際。目の前に立つ彼女は、とても面白可笑しそうにしている。
「リッド様、少々よろしいでしょうか」
「え、う、うん。どうしたの」
真顔のカペラに問い掛けられて慌てて返事をすると、彼は室内を見渡した。
「部屋の使用用途はともかく、ガレスがここを秘密部屋としていたのは間違いありません。何かしらの資料が隠されている可能性はまだあります故、私が少し調べてみます。リッド様とアモン様はダイナス殿と先にお戻りください」
「でも、それなら僕達も……」
手伝う、と言おうとしたところで「なりません」とカペラが口元を緩めた。
「この部屋は、リッド様とアモン様には刺激的すぎます。ここは、元暗部だった私にお任せ下さい」
「そうですな。カペラ殿にお任せして、我等は戻りましょう」
ダイナスは彼の言葉に頷くと、「失礼します」と白い歯を見せて僕とアモンをそれぞれ片腕で脇に抱きかかえた。
「わ……⁉」
「だ、ダイナス殿⁉」
「お二人とも、今だけはご無礼をお許し下さい。では、参りましょう。ラファ殿、貴殿も行きますぞ」
「あら、もう戻っちゃうの残念ねぇ」
目を瞬き困惑する僕とアモンだが、ダイナスは有無を言わさずに早足で歩き出す。
ラファも肩を竦めるが、ダイナスの後を追うように歩きはじめたようだ。
来る時と違って罠の有無も確認できているから移動が速い。
地下室の階段を上って部屋に戻ってくると、ダイナスはようやく僕達を降ろしてくれた。
「とんだ失礼をいたしましたな。申し訳ありません」
「ま、まぁ、あの場合はしょうがないよ。ね、アモン」
「そ、そうだな。姉上もいたし……」
一礼するダイナスに頭を上げてもらいながらアモンに目をやると、彼はラファに視線を向けた。
「あら、私がいたら何なのかしら。やっぱり、新しい世界が気になるの」
「違います。そうやって私達を揶揄い続けるではありませんか」
アモンが顔を赤らめて強い口調で言い返すと、ラファはおどけながら執務室の扉に向かって歩き出した。
「まぁ、いいわ。結構楽しめたもの。じゃあ、明日があるから私は部屋で休むわね」
彼女は僕達に微笑み、そのまま退室してしまった。
どっと疲れた感じがしてため息を吐いていると、「リッド様、少しよろしいでしょうか」とダイナスが切り出した。
「うん、どうしたの」
「あの部屋をカペラ殿一人で調べるのは大変でしょうから、私は戻って手伝おうと思います。お二人は部屋に戻って、明日に備えて下さい」
「わかった。多分、罠はないと思うけど気をつけてね。くれぐれも無理はしないように」
「承知しております。では、地下への出入り口はこのままでお願いいたします」
ダイナスは白い歯を見せて頷くと、再び地下室に続く階段を下りていった。
部屋内が僕とアモンとなり、しんとした静寂が訪れる。
僕は咳払いをしてからアモンの正面に立ち、彼の両肩に手を置くと真顔で凄んだ。
「……この地下室で見たもの。ティス、シトリー、ファラ達には内緒だよ。いや、母上やティンクを始めとする女性陣全員にね」
「こ、心得た」
僕とアモンは、今日地下室で見た物は心の奥深くに封印することを互いに約束。
そして、明日の部族長会議に向けて心身を休めるのであった。
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活動報告に各SSの紹介を載せております。
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