王城内の部族長屋敷
「城壁も凄いけど、王都となると部族関係なしに獣人の人達が多いんだね」
「そりゃそうさ。王都ベスティアはズベーラの中心地に位置しているからね。各部族領で取れた商品がここに集まって、再び各部族領に運び込まれる。いわば商流の要でもあるからね。だからこそ、獣王はここを王都としているのさ」
「なるほど、ね」
事前の予備知識としては得ていたが、自身の目で見ると改めて王都がズベーラの要であることを実感する。
間近に迫ってくる城壁、宿屋、露店、行き交う人達、すれ違う馬車を見ていてふと違和感を覚えた。
「なんだろう。何だか建造物の色合いや服装が何処かで見たことあるような気がするんだけどな」
「それはおそらく、教国トーガ関係の資料ではありませんか」
ティンクの言葉に僕はハッとした。
「そう、それだよ。バルディアでトーガのことを習った時の資料。それに出てきた絵とよく似てるんだよ。でも、どうしてだろう」
首を傾げると、ティンクが「ふふ」と噴き出した。
「トーガとズベーラは、どちらの国にも建国に聖女ミスティナ・マーテルが関係しているという伝承がございます。それ故、一部の文化が少し似ている部分があるそうですよ」
「へぇ、そうなんだ」
ミスティナ教、か。
意外なところで繋がってくるもんだな。
僕が相槌を打つ横で、アモンが眉をぴくりとさせた。
「ティンク殿、リッド。今の伝承はズベーラでは厳禁だ。この場ではいいが、外ではしないようにね」
「え、どうして?」
聞き返すと、アモンは肩を竦めた。
「どうしてもなにもない。トーガとズベーラは未だ国境地点で小競り合いが絶えないし、トーガ側に捕まった獣人族は奴隷とされるんだ。その国が国教としている宗教がミスティナ教。その上、伝承を根拠にズベーラを属国することを正当化しようとしているからね。昔からある伝承だが、昨今ではあまり評判が良くないんだよ」
「そっか。それは危険な話題になりかねないね。気をつけるよ」
どんな世界でも国同士の領土問題は厄介だ。
特に、ちょっとしたことで武力衝突が起きやすいこの世界では尚更に気をつけないと、本当に戦争になりかねない。
この話題は封印しておこう。
僕が頷いたその時、「リッド兄様」とティスの明るい声が響いた。
「もうすぐ、門前に着きますよ」
「え、本当だ。あ、あれが門番の戦士かな」
獣人族の門番は簡素だがしっかりとした鎧とマントを羽織って帯剣している者、簡素な鎧で急所を護りつつ小手や足防具を着けている者の二通りがいた。
あれはどうして装備が違うのかな。
気になって見つめていると、アモンが咳払いをする。
「獣人族の戦士は、獣化して武器を扱う者と自らの爪や体術で戦う者の二通りにいるんだ。ズベーラでは様々な部族が戦士になるから、大まかに分けて二通りの装備が用意されているんだよ」
「へぇ、なるほどね」
言われてみれば、第二騎士団の子達も武器の扱いが得意な子と、自らの体術で戦う子の二通りに分かれている。
獣人国のズベーラともなれば、その辺りの工夫もしているんだな。
門を潜って王都内に入ると、都内はさらに活気に溢れていた。
その分、木炭車はより注目を浴びることになったけど。
部族長会議参列する各部族長の宿泊施設は、王城の敷地内に部族事に用意されているそうだ。
幸いにも王都の道路は多くの馬車が行き交えるよう四車線となっていたから、木炭車での移動にも支障はなかった。
ちなみに王城にある宿泊施設に向かう道中、僕が車窓から見ていて一番気になったのは猿人族が露店で販売していた様々な可愛らしくて綺麗な装飾品だ。
見た感じで素材が『海』で取れたものを使っているらしく、内陸にあるバルディアや帝国ではあまり見かけない物が多い。
文化が違うから設計思想も大きく違うらしく、形も見ていて面白い。
会議が終わって時間に余裕があればファラ、メル、母上を初めとする皆に是非ともお土産に買って帰りたいな。
特に各部族を象った『お面』の数々は、きっと父上に似合うこと間違いないはず。
僕から渡しても付けてくれないだろうけど、母上、メル、ファラからお願いすれば父上が付けてくれるかもしれない。
やがて、王城の敷地内へと続く門の前に木炭車が到着。
狐人族部族長であるアモンが車両から降りて、竜を模したような兜で顔を覆った全身鎧の戦士達に書類を見せて簡単な会話をする。
程なくして、確認が終わったらしい。
門がゆっくりと開き始めた。
アモンは車内に戻ってくると、僕を見て苦笑する。
「何か問題でもあった?」
「いやいや、セクメトス殿がバルディア家の代表としてリッド・バルディア殿が来るから、くれぐれも失礼が無いようにって王城内に周知しているみたいだよ。大分期待されているらしい」
「そ、そうなんだね。まぁ、ほどほどに頑張るよ」
僕は頬を掻くと、車窓から外に見える全身鎧の戦士達を見やった。
「ところで、彼等は王都に入る前の戦士達とはまた雰囲気が違うんだね」
「あぁ、彼等は王城内専用の竜戦士と呼ばれる人達でね。各部族から選り優れた精鋭戦士達なんだ。彼等の全身鎧の作りは建国以来変わってないらしいよ。何でも、ミスティナ教に出てくる『天翔る竜』を模したとか何とか」
「やっぱり、ズベーラはミスティナ教と歴史上で何らかの繋がりがありそうだね」
トーガとズベーラは未だに国境地点で小競り合いが続いているが、こうして似た文化を持つ部分を目の当たりにできるというのは中々に面白いことだと思う。
伝承が残っていると言うことは、必ず何か元になるような出来事が歴史上にあったはず。
ここまで獣人族の文化にミスティナ教の痕跡が細かくても随所に絡んでいるなら、本当にズベーラ建国は聖女ミスティナ・マーテルが何かしら関与していた可能性はある。
大分昔の話になるだろうから確かめようはないが、いずれ考古学とかも発展していけば明らかになる日も来るかもしれない。
大分、先の話になりそうな気はするけど。
「私もそう思うけどね。でも、さっきも言った通りトーガとの関係が良くない昨今では、それは禁句だよ。リッド」
「うん、気をつけるよ」
木炭車が王城内に続く門を潜って少し移動すると、中々に豪勢な屋敷が見えてきた。
「あれが狐人族部族長専用の屋敷さ」
「へぇ、あれが……」
アモンがそう言って指差した屋敷は、日の光を金や銀の装飾が反射しているらしくきらきらと輝いていた。
少し遠目のここからでも目がちかちかする。
成金趣味というか、あまり落ち着いた雰囲気ではない。
「言っておくけど、屋敷の趣味は前任者のものだからね。私の趣味ではないよ」
「あ、そういうことね」
アモンの前任者、となると『ガレス・グランドーク』もしくは『エルバ・グランドーク』の趣味だろう。
「あれ、でも、王城の敷地内にある建物なんでしょ。部族長の趣味で改造してもいいの?」
「あぁ。王城内でも部族長達が過ごす専用屋敷の敷地内だけは、その部族の領地という考え方なんだ。リッド達が狐人族領で駐在している屋敷と同じさ」
「なるほど、ね」
アモンの答えで合点がいった。
部族長達が王城内で過ごす屋敷は、在外公館の役割もあるということだろう。
曰く、王城を中心にして囲むように各部族長達の屋敷が建造されているそうだ。
配置も王都と領地の位置を再現しているらしい。
三階立てで派手な外装をした屋敷に到着すると、狐人族の正装姿をした女性達が出迎えてくれた。
なお、狐人族の女性が着る正装姿は前世の記憶で言うところの『アオザイ』みたいな衣装だ。
木炭車に載せていた荷物を下ろし、それぞれに過ごす部屋を確認すると僕、アモン、カペラ、ダイナス、ラファは一階の執務室に集まった。
明日の部族長会議に向けた最終確認と打ち合わせのためだ。
話し合いがある程度まとまってきた時、ラファが「そういえば……」と何かを思い出したように呟いた。
「この執務室はガレスが一番使っていたんだけど、地下室があったような気がしたわね。何か資料が残っているかもしれないわよ」
「え⁉ そんな話は初耳ですよ、姉上」
「あら、ごめんなさい。今、ふと思い出したのよ」
アモンは目を見開くが、ラファはおどけるように肩を竦めた。
「ガレスが隠していた資料か。もし、そんなものがあるならとても興味があるね。ちょっと皆で入り口を探してみようか」
「畏まりました」
僕の言葉にカペラとダイナスが頷くと、皆で部屋を隅々まで調べてみた。
程なく、執務机の背後にある少し開けた場所から風が出ていることを発見。
その周囲を探ってみると、床が取り外せて地下に続く階段がお目見えした。
しかし、地下へと続く道は真っ暗で先が見えない。
異様な雰囲気に僕は息を呑んだ。
「この先にガレスと狐人族の秘密があるのか」
「どうする、リッド」
アモンの問い掛けに、僕は微笑んだ。
「勿論、行ってみよう」
僕は執務机の上に置いてあった蝋燭立てを手に取ると、魔法で火を付けた。
そして、下に続く階段の前に進んだ。
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